第6話 冬来たりなば
§1 イヌ老いやすく
「そんなに怒られましたか……」
イヌ爺の件を報告すると、シカ村長はため息をついた。
「子育てに失敗か…… こんないきさつがあったのですよ」
イヌ爺は都会の中学校に進学し、卒業して教職に就いた。やがて、同僚と結婚して、息子が生まれた。
息子が物心つくと、厳しくしつけ、教育した。息子は友達と遊ぶ機会も与えられなかった。学校は私立の名門校だった。「よく頑張っているから」と、夏休みに四国に遊びに来ることを許してくれた。
奥根来動物村の祖父母は優しかった。息子は友達もでき、夏休みを満喫していた。それも束の間、盆が過ぎると父親が連れ帰った。
何かにつけて、息子は父親と衝突するようになった。塾に行くのを嫌がり、父親からひどい暴力を受けたこともあった。
小学二年の夏、中学受験を翌年に控え、同級生はみんな予備校の夏期講習に通っていた。しかし、息子は街の野良たちと遊ぶのが楽しかった。泥んこになって夜遅く帰宅すると、ドアにカギが掛かっていた。息子はその足で祖父母のもとに身を寄せたのだった。
祖父母との幸せな生活は長く続かなかった。祖母が脳卒中で倒れ、体が不自由になった。祖父だけでは介護できないので、両親が離職して帰って来た。介護疲れからか、祖父は翌年この世を去り、追いかけるように祖母も息を引き取った。
以来、息子は最愛の祖父母の家を出て、一頭で暮らしている。四歳で家出し、もう六年が経過しようとしている。中高年の域に達していた。
§2 畑に野菜、学校に子供
「こんなところで何みとる?」
サル婆は息子の家からの帰り、幼なじみのイヌ爺をみつけた。
「ああ。あんたか。小学校に工事が入っとるようなんで、ちょっと見とったんや」
サル婆は爺の横に腰を降ろした。
「来年から、うちの孫が小学校に通うんや」
「あんたとこの息子は家出しとるんと違う?」
「それがな。帰って来たんや。嫁と孫を連れて」
「そりゃあ、よかったなあ。あんた、旦那が亡くなり、苦労して子育てしてきたからなあ」
イヌ爺、やけにしんみりしている。
「我々の卒業した学校に孫が入学するなんて、夢みたいな話や。学校は廃校になるし、この村もあと三、四年で消滅するんかなあと思うとったのに」
シカ爺は立ち上がった。
「ちょっと、学校、行ってみるわ」
「うちも一緒に行くわ」
校庭を歩いた。窓から教室を覗いてみた。小さな机と椅子が可愛かった。ここで大きくなった二頭だった。
「やっぱり畑には野菜、学校には生徒がおらんとなあ。荒れ放題にしとったのは、我々の責任や。どれ、最後のご奉公するか」
爺が精一杯、背伸びをした。
婆も背伸びをしていた。
イヌ爺は家に帰り、妻に今日のことを話した。
妻は黙って聞いていた。
「あれは、ああいう学校に通いたかったのだろうな」
妻は下を向いた。
イヌ爺が応接室で黙想していると、妻がドアを開けた。
「ちょっと、出かけてきます」
§3 冬を乗り切る
秋野菜の収穫が終わった。
雪が降る前に、春野菜類の種蒔きをしなければならない。爺婆たちは率先して畑に出た。
奥根来の冬は長くて、厳しい。その環境が野菜に独特の旨味を出させる。細々ながらも、野菜の出荷は続けられた。
山々が雪をかぶった。途中まで行く路線バスも不通になる日が多くなった。
ドクとモンキは奥根来行きはあきらめ、炬燵で酒を飲んでいる。ジキータは考えるところがあって、奥根来に飛んだ。
動物たちの住処を回ってみた。ほとんどがゴロゴロしていた。雪が積もってない日でも、外は寒い。仕方のないことだった。
ジキータはシカ村長に会った。
「今、回ってみますと、木や竹、かずらなどで作った日用品が目につきました。中には商品として売れるレベルのものもありました。そこで、提案なんですが」
村長は身を乗り出した。
「ええですなあ。『審査員はお客様! 第一回クラフトコンテスト』。開催時期は三月上旬がええと思います。さっそく地域振興課に企画書を作らせ、広報しましょう」
テーマは特に決めなかった。実用品、装飾品、おもちゃ、なんでもよかった。動物たちのアイディアに期待した。ほとんどは仕上げまでに手間暇がかかる。冬場の空いた時間を有効利用できる。奥根来村の隠れた産業に成長させたい――そんなさまざまな思いがこもっていた。
§4 AI猪口
その日、「
コンテストのコーナーには奥根来動物村の力作が並んだ。雪に閉ざされた冬の間、動物たちが精魂込めて制作したものだ。
評価は来場者の投票と、実際の売り上げを総合して決定した。収益を上げられるもの、売れなくても民芸品としての完成度が高いもの、いずれも大切だからだ。
よく売れたものは量産体制がとられる。制作者による木工教室を開き、一定レベルのものを商品として出荷する予定だ。上位入賞のうち、二、三のものは全国のデパートなどにも並ぶのではと、太鼓判を押す関係者もいた。
ちなみに好評だったのは、AI猪口。小学入学前の孫が考案し、爺に作らせたものだ。
仕組みは簡単だった。お猪口が唇から血中アルコール濃度を感知し、飲み過ぎを警告するというものだ。飲酒運転の取り締まりにヒントを得たらしい。度を過ごすと、お猪口が真っ二つに割れる。奥根来村特産のある木が原材料だ。ここからは村の機密になる。
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