異世界で天才美少女と相談屋を開いた俺が、とんでもない事態に陥る話!〜あと神も倒します〜

おみゅりこ。

白髪の少女

 残雪が道端で名残惜しそうに佇む季節……。

 そんな頃だろうか、俺たちが出会ったのは。アテのない旅路の終焉に、その山小屋はあった。……もう5年、落日と夜明けを見送った。

 まあ、まずは自己紹介をしよう。俺は、元の世界で仕事もせず、夢も持たず、親の財産で時間を無為にしてきた。やり場のない焦燥感、根拠のない自信、漠然とした将来。

 それらが自身の暗い過去、何より勇気のなさに依拠しているのは、もっぱら自覚はあった。培われた無力感はとっくにしつこい根を張り、身動きを妨げた。

 自分は、ここに居るに値する人間ではない。どこか知らない遠くの場所へ行きたいと切望した。そうすれば、このつまらないシガラミから逃れられる。


 気がつくと俺は、この世界に来ていた。死んだような目で夕刻に起き抜け、体を起こしたかと思えば、知らぬ土地の風が頬を撫でた。

 最初は妙な夢だな、最近見たアニメの影響か、などと逡巡していたが、つまずいて転び、血を流す頃にようやく、異変を察知した。

 現代人としての物分かりもあり、異世界に相当する場所に来たのだなと、1人で納得した。

 既に俺は、言葉を発する能力も、成人男性としての十分な体力も持ち合わせていなかった。

 そんなボロ切れのような自分に、行き交う人々は侮蔑の表情を投げかけてきた。冷や汗と、頭が締め付けられる感覚に俺は支配された。


 まず、言葉が理解できる事に安堵はした。そしてすぐに、自分が無一文な事に気が付き、思った。

「腹……減ったな……」

 こんな時、どうすればいいのか。社会経験のひとつもない自分は、何の解決案も浮かばなかった。それにしても、笑える程弱々しい声だ。……死ぬのか? 俺は。


 日が落ち、薄暗さが辺りを覆う。先程より通行人が増え、連なった屋台からは香ばしい匂いやらが漂ってきた。誘われるように俺は、屋台を覗く。

 そこでは中年の女性が手際よく野菜と肉を鉄板の上で炒めていた。視線に気がついた彼女は、俺に座るようにしぐさで促した。

 所在なさげにまごつき、所持金がない事を伝えようとテーブルに手をつくと料理が出てきてしまった。

 ……俺はソレを平らげながら、都合のよい想像をしていた。この世界は犯罪に寛容だとか、親切なおばさんが今回は奢ってあげると言い出すとか。

 しかしながら、俺は胸ぐらを掴まれ冷たい目線と軽蔑とを浴びせられた。彼女は手で追い払う動作をし、仕事に戻った。


 腹は膨れたが、どうすれば。もう都合のよい出来事があるなど考えず、宿の周りをウロウロしていた。

 仕方なく野宿をした。路地裏にワラの様な物が敷いてある場所を見つけ、おずおずと寝そべった。


 眠りにつく前に考えていた。元の世界に嫌気がさしていたから、こんな所に来てしまったのか。……立ち向かう事もせず、日々を浪費していただけの癖に。

 神が存在したとして、そんな自分を変えるように仕向けてきたのか。答えの出ない命題。ただ俺は沈黙し、眠り朝を迎えた。

 




 その後の日々は特に語る所はない。誰にでもできる小さな仕事をこなし、腹を満たして寝た。

 元の世界よりか、少しはハツラツとしていたかもしれない。それも最初だけで、結局は虚しさだけが身体にまとわりついた。


 1年間金を貯め、俺は旅に出た。自分が納得できる場所。そんなモノは存在しないと半ば自覚しつつも、足を動かした。

 そして5年が経つ。いくつかの小国を巡り、村を眺め、少しは知見を深めようと努めた。決定的な出来事もなく、全ては流れるように過ぎ去った。

 正直、もうどうでもよくなっていた。どこの世界だろうと、俺は日陰者。何が起きても、感慨も湧かず、成し遂げられず、見つけられず。


 誰にも理解されないと思うが、聞いてくれ。

 もういっそ、誰かを殺して、自分も死のう。……そんな恐ろしい考えがよぎった。結果は罪の意識か、あるいはちっぽけな高揚感か。そんな事を知りたいが為に、俺は決意した。誰がどう見ても間違った決意を。


 その瞬間、胸が高鳴った。そうだ、簡単な事だったじゃないか。他人の人生を終わらせる。存在を証明できる。


 そうして俺は、ナイフを握りしめ、目についた山小屋に早足で向かった。早く結果が知りたい、その一心で。

 無防備なその小屋に押し入ると、1人の少女が居た。彼女は真っ直ぐにこちらに視線を向け、そして……


 ——冷めた安堵の表情を浮かべた。






「殺してくれるの?」


「……そのつもりで来た」


 俺は震えていた。予想に反した展開に力が抜け、手に持っていたソレを床に落とした。自分を戒め、精一杯の気力で質問した。知りたかったのだ、自分と同じ目をした彼女の、死に向かう理由を。

「私はどうでもいい。何が起きても」

 ……そうか、やはりそうか。同類なのだ、俺もお前も。急に乾いた笑いが込み上げてきた。そうだ、居るんだよ、仲間が。

 きっと俺は、気味の悪い爛々とした目付きをしていたに違いない。彼女の正面に胡座をかいて座り、訥々と会話を始めた。


「どうしてそんなに……死にたいんだ」

「教えない」

「最後に話すくらいいいだろ」

「イヤ」


 会話にならなかった。前置きはいいからさっさと殺してくれと言わんばかりに突っぱねた。終始澄ました冷笑をこちらに向け、じりじりと近寄って来た。

 俺は、人にこんなに関心を持ったのは初めてだなと、関係のない事を考えていた。

「できないんなら、帰って」

 そう言うと立ち上がり、夕飯の支度を始めた。……ああ、いつものルーティンなんだなと思った。


 奇妙な事に、食事を共にすることになった。俺は最初の1年と、5年間の旅の話をしていた。今にして思えば、必死に彼女を慰めようとしていたのかもしれない。ロクな経験が無かったと話を終え、わずかな静寂の後に彼女はようやく口を開いた。


「——君、名前は?」

「ジロウだ。お前は?」


 彼女はミストと名乗った。その白髪に相応しい、綺麗な名前だと感じた。

 一緒に片付けをしている彼女の横顔を見やると、楽しみな出来事を心待ちにしている子供のような表情をしていた。


 ——この時の小さな違和感を、俺はもっと気にするべきだった。その後の彼女の言動も……。


「死にたがってた割に、嬉しそうだな」

「やりたい事が見つかったの。ジロウのお陰ね」

「おお、何なんだ、それは」

「明日教えてあげる。今日はもう寝ましょ」


 彼女は寝付く前に何回も、ふふっと笑っていた。気になって仕方なかったが、疲れも手伝って俺は深い眠りに落ちた。


 朝の澄んだ空気を吸い、出発した。

 目的地は……俺が最初に居たあの国だった。全く気が進まなかったが、元気よく歩き出した彼女を見ている内に、どうでもよくなった。

「なあ聞かせてくれよ。お前のやりたい事」

「一緒にお店をやりたいの。いいでしょ?」

 ? 意味がわからない。が、俺は話しを続けた。

「どんな店だ? だいたい俺たちにそんな立派なコトが……」

「大丈夫大丈夫! 私絶対うまくいく自信があるのっ! 町のどこかでね? 相談屋さんをしようかなって!」

 ますますよくわからない。昨日まで死にたがってた2人が相談屋? 更に疑問をぶつけた。

「……相談を聞いて、それからどうするんだ?」

「ジロウが解決する! 5年も旅したアナタなら楽勝でしょ!」

「そりゃあ旅はしたぞ!? でも俺は何の専門的な知識もないし、口下手だしよ!?」彼女につられて俺も声が大きくなっていった。

「ハイしのごの言わずに歩くっ! もう少しで休憩場所があるから!」


 30分程進むと、小さな甘味処のような店が見えてきた。俺たちはクリームパイを注文した。

「そういやお前、えらい金を持ってるよな」

 「ああコレ………親のお金……です」

 俺は大口を開けて笑った。やっぱりコイツは同類だった!あんまり根掘り葉掘りするのは可哀想なので、この話は打ち切った。

  ミストが追加で注文したハチミツパイを食べていると、見知らぬ女が近づいてきた。


「あーっ! やっぱりミストだ! 珍しいじゃんこんな所で!」


 彼女は旅の商人フェリスと名乗った。いかにも大胆で活気のある人物だと思った。

「なになに? ミスト。あんたもスミに置けないねぇ」酔ったおっさんのような事を口走り始めた。

「そんなんじゃないけどね。ただの仕事のパートナー」彼女の中で勝手にコトが進んでいた。

「へー! ちょっと野暮ったいけどいい男じゃん!」余計なお世話だ。フェリスはジャムパイを注文しに行った。


「知り合いですか?」何故か敬語になっちゃう俺。

「あの山小屋を手配してくれたの。親のお金をたんまり渡してね」これはミスト流のジョークなのだろうか。取り敢えず受け流した。


「いやー! やっぱりしこたま歩いた後の! このパイがねぇ!」勝手に同席したフェリスが勝手に喋り出した。

「フェリスさんは、どこに向かってるんですか?」適当な会話をする事にした。

「ああ、今回はサントルニにね! 大変なんだよこの大荷物! 私もそろそろ馬車が——」


 一通り騒いだ後、応援してる! と親指を立て、彼女は去って行った。目的地は同じだったが、少し間をあける事にした。


 ただただ歩いた。サントルニまでの道のりは遠い。流石のミストも少し疲れてきたようだ。

「そういや、この辺に村があったハズだ」

俺は旅に出た頃の記憶を辿った。確かこの坂を登った先に……。目論見通りにその山間部の村はあった。

「今日はここで寝ましょ。もう限界」


 彼女と出会ってから気が付いたのだが、俺はどうやら旅が好きらしい。孤独という幕を払えば、こんなにも景色が変わって見える。


 宿に着いて荷物をおろすと、ミストは近くの湯浴び場に出ていった。俺は村を見回っていた。どこにでもある、小さな村。響き渡る虫の声に、日本の秋を重ねた。


 部屋で待っていると彼女が戻ってきた。

「……寒いっ! 寒すぎる!」本当に寒そうだったが、それよりも楽しそうだった。2人で食堂に向かった。


「旅をしていて思ったんだが、この世界には教会がやたらとあるな」

「……そうね」普通の雑談のつもりだったが、一瞬答えに窮していた気がした。

「何の神様なんだ?」

「色々よ。色々あるけど、元を辿れば一緒だと思うわ」

「ああ、同一の神を色んな宗派が別の解釈をしてる、って感じか」

「まあ、そんな所じゃないかしら」


 この話はこれで終わった。ミストの過去には、意図的に触れないように気を使った。俺だって暗い過去の事を聞かれるのは嫌だからな。


「魔法は見たこと、あるよな?」雑談を続ける事にした。

「そりゃね。大体が一芸止まりだけど。さっきのフェリスだって荷物を軽くする魔法を使えるわ」

「旅をしていて見たのは、確かに女の人が多かったな」

 「感情と結びついているからね、魔力は。ジロウはそんな性格だから魔法はムリそう」


 俺は少し嬉しかった。つまらないジョークを言える関係になれたことが。食事を終え、部屋に引き上げた。——そして今更冷静になった。


(……ていうか俺女の子と同じ部屋で寝てるじゃん!?)


 ……マズイ。1度意識し始めた俺は、全てを意識した。

コイツは、多分俺よりかは年下だ。腰まで垂れたその白髪と、華奢な身体。暗さと明るさを両立したミステリアスな雰囲気。……色々と経験の浅い俺は明らかに挙動不審になっていた。

「いやぁ! ではそろそろ! 寝るりんちょ! しましょうか……ねぇ!?」

「……うん、お前なんかアレだわ。何かアレだけどおやすみ」ミストはシーツを被りそっぽを向いた。

俺は心の中でナイフを持ち出し、自分をズタズタにした。そして寝た。


 日が昇り、村の広場が騒がしいので目が覚めた。ミストも起き出し、大きなあくびをした。

「なんだこの声?」「さぁ?」


 オークが1人居た。俺の評価が正しければ、オークは日本でいうイノシシやクマみたいな扱いだった。

何やら訴えているが、皆逃げ出していった。

 すると俺たちの部屋の窓に張り付き、声をかけてきた! デカい……初めて近くで見たが、推定2.5メートルはあるだろうか。

「道に迷ったのだ! オレの集落はイッタイどこに行ったんだ!?」集落が動くワケないだろ……(?)

「ほらジロウ、困ってるでしょ。相談の練習だと思って聞いてあげたら?」部屋のすみっこからミストが提案してきた。元々死ぬ気だ、俺は腹を括った。

「よ、よし! 一緒に探してやろう! だから痛くしないでくれ!」

「何をダヨ……」オークにツッコまれた。


 彼はギガスと名乗った。集落で酪農ときこりをしているらしい。イメージ程暴力的でなく、話しのわかるヤツだった。

 村を出て、しばらく歩いているとギガスがモジモジしていた。……何だ?

「実はオレ……! 道に迷ったワケではないノダ! いや、迷ってはいるのダガ、物理的なイミでなく……」

「どういう意味だ? 詳しく聞かせてくれ」

「オレはもうイヤなのだ! 部族の伝統やらナンヤラがなァ!この間だってオレが! 大切に育てていた家畜のイッピキが! 儀式と称して晩飯と化した!」


 ひとしきり彼の悩みを聞いた。心優しい人物だと思った。自然を愛し、無駄な森林伐採に心を痛め、人間とも仲良くしたいと。そしてその考えが異端だと、集落を追い出された。

「アタマを冷やして帰ってこいと言われた……だがオレはもう……」

「答えが出てんならいいじゃないか。ミスト、一緒に行ってもいいよな?」


「——アナタは神を信じる?」突拍子のない事を彼女は言い出した。しかし、その顔は真剣だった。


「少なくともオレは、信じない。オークは古来ヨリ、猛き勇者を崇めてキタ。神トハ、弱い心の持ち主が生みダシタ幻想に過ぎない」

「そう。それなら、一緒に行きましょ。辛い事もあるだろうけど、馴染めるといいわね」

「恩にキル! 麗しきオナゴよ!!」ミストはまんざらでもない顔をした。賑やかになった所で、俺たちは村を後にした。


 山間部を抜け、草原を通り、再び山を越える。3日が過ぎる頃、ようやく海に面した国、サントルニが見えてきた。

「ジロウの故郷だね」「違うって……」

 聞くのを忘れていたが、ミストに質問した。

「そういや、何でわざわざこの国に来たんだ?」

「私が産まれた所だから」


 そういうモノか。自分の産まれた国で、商売を成功させる。まあ普通の感情なのだろうかと、納得した。ギガスも初めて見たという人だかりに大いに興奮していた。


「さて、まずは家の手配ね」休む間もなく不動産屋に向かった。ミストは繁華街の近くの一軒家を指定し、即決した。

「悪いな、金で世話になってばかりで」

「気にしないで、これから稼ぐし」彼女はやっぱり、自信満々だった。

「ギガス、お前はどうするんだ?」

「オレも仕事を探す。オマエたちの仕事もうまくいくといいな」……俺はギガスに拳を差し出し、彼は応じた。


 別行動を開始し、都会は比較的オークに寛容だと感じ、安堵していると俺たちの家に着いた。…そして俺は再び冷静さを取り戻した。

(……ちょっと待て!? 流れでノコノコ来てしまったがミストとずっと暮らすのか!? それは色々とマズイのでは!?)

「いやはやぁ、全く、いい家ですなぁ! ねぇミストさん!?」

「変な気を起こすなよ。まずは店の事を考えるぞ」

「はい……」なんかカッコよく見えてきた。

 ミストは手際よく髪をとかし、しっかりとひとつ結びにした。いわゆるポニーテールだ。その眼は本腰を入れたソレで、俺も気を引き締めた。


 皮肉なモノで、彼女が店を構えると決心した場所は、丁度俺がこの世界に来た地点とそう離れていなく、当時の心境を思い出した。

 都合よく現れたフェリスを捕まえ、出店に関する知識を授かった。全てが順調に運んだ。私も困ったら相談に行くよと言い残し、忙しそうに町中に消えていった。


 家に戻り、明日の予定などを2人で話し合っていた。俺はずっと抱いていた疑問をぶつけた。

「今更すぎるけど、やっぱりちゃんとした理由を知りたい。相談屋をする理由を」

「私はただ、人の本音を知りたいだけ」

 えらくあっさりな答えが返ってきた。短い付き合いだから仕方ないが、ミストがどんな人間か全く掴めていない。

「時間はかかると思うけど、きっと私のやりたい事を理解してもらえると思う。それまでちゃんと付き合ってくれるよね?」

「まあ、他に目的もないしな。ついていくよ」


「全部終わったら一緒に死んでくれるよね」


 ……


 …………


 ……わからない。コイツは一体……同類だと思っていたが、違う。せっかく……仲良くなれたのに……どうして……。

 

「その時に……考えるよ……」


「楽しみだね、死ぬの」



————————————————————————



 俺は迷っていた。この先に待ち受ける結末を思うと、思考が停止する。それと同時に、他にやりたい事が見つけられない事実を自嘲した。どこまでも主体性のないつまらない人間だ…。

 この頃の俺は、ミストの魔法についての話を思い出していた。感情が魔力に関わる……じゃあ、魔法が使えるという事は、感情をしっかり持った人間の証明になるのではないかと。それがどういう意味であれ。


 ミストは相変わらず楽しそうだった。店が完成するまで約1ヶ月。その間俺たちは自由に過ごした。

 彼女の産まれた国にも関わらず、顔見知りが全然居ない事に、同類としての実感を再び催した。

「お前、本当に上機嫌だな」

「うん! お店が繁盛すること考えたら、もうたまらなくって!」

 問題を先送りにする。怠け者として生きてきた俺の悪い癖。だから今は、彼女の活気に同調するコトにした。訪れるであろう死から目を背ける為。


「ジャーン! 見て見て! お揃いの歯磨きセット買っちゃった!」


 お前は……何をどうしたいんだ。死ぬんだろ? お前は。それとも、アレはタチの悪いジョークで、俺を振り回して楽しんでいるのか?


「ここはね、私のお気に入りの夕日の丘」


 あるいは、逃れられぬ難病を患い、最期の時間を堪能しているのか?


「今日は一緒に寝る? やたら寒いし!」


 もうわからない。いや、最初っからだが。コイツの言う事をどこまで真に受ければいいのか。



————————————————————————



 店は完成した。ギガスには、1ヶ月間店の宣伝をしてもらった。彼いわく、そこそこの手応えがあったらしい。

 緊張しながら座っていると、ついに店の扉が開かれた。俺は用心棒兼、解決役。今は黙って見守る。


「よく来てくれました。天才美少女相談室へ」


 !?


 ……な、なんだこの台詞!? 一瞬吹き出しそうになったが、根性で耐えた。

「私の有り余る才能で、あなたの悩みを的確に聞き取り、やがて解決に導きましょう(ジロウが)。」

 ……明らかに戸惑う老年の女性客は、相談を開始した。

「財布をねぇ、さっき店を出た後、なくしちまったみたいで……探してくんないかねぇ」

「どこの店ですか?」

「そこの商店街のアクセサリー屋だよ。ホラ、今着けてるネックレスを買ったのさ、確かにねぇ」

 ミストはその後の行動、財布の特徴などを聞き、俺に探してくるように頼んできた。


 店を出て商店街を歩いていると、特徴と一致した財布を腰にぶら下げた男の子を発見した。勇気を出して質問すると、オドオドとはっきりしない返事をした。

俺は半ばムリヤリ店に連行した。


「コレはボクのだよ……」

「変だねぇ、こんなにソックリなのに。ボクちゃんを疑うワケじゃないけど、見せてごらん? 銀色の鈴が入ってるかもしれないから」

 老女は、証言の鈴を発見すると静かに笑った。男の子はもう泣き出しそうになっていた。ミストがパン!と手を叩いた。


「ほらボク? おばあちゃんに言うコトは?」

「……ごめんなさい。……妹がお腹をすかせてて、それで盗みました……」

「そうかい。じゃあ、やる事は決まったね」老女は礼をし、代金を支払い男の子と出ていった。


「素直でいい子だったな。きっとあんな子が、沢山居るんだろうな。」

「そうね、素直さがイチバン大切よ」

 微妙な会話の食い違いを感じたが、俺たちは清々しい気持ちで最初の仕事を終えた。ほんの少しだけ、自信が湧いてきた。


 何人もの客が来たが、その殆どが日常の小さな悩みだった。きっと、俺たちに実績が足りないからそうなるのだろう。それでも俺は真剣に解決に努めた。今日だけで1週間は食べていける利益を得た。


「こ、これが商売……」目の前に集められた金を見て、俺は震えていた。今までの単純労働とは比較にならない。

「しかも必要なのは身体ひとつだけ。さ、今日はお祝いのお酒を飲みに行きましょ」店を閉め、2人で酒場に向かった。


「じゃあ、乾杯です」「しけた乾杯すんな! ホラ! もっと盛り上げて!」

「か、カンパーイ!!」声が裏返ったが、なんとか乾杯を終えた。ミストが一気に飲み干した! 俺もソレに続いた!


「「だっ……はぁぁぁあ!!」」


「ミストお前、酒飲めるんだな」

「飲めないッ! でも飲むの!」

 俺は6年間ずっと憧れていたデカい肉を注文した! ミストも何でも食えッ、と寛容だった!


「こんな味か! こんな味だったのか……!ウメェ!!」想像を超えた味。人生で稀に遭遇する出来事! 最高の気分だ!

「私はこのミルフィーユマウンテンデカ肉にするぞ! 店員さーん!!」ローストビーフを重ねたような大皿が出てきた! コイツもウマそうだ!

「ジロウも食えッ! 酒も追加だ!」人生でイチバン楽しい時間だった!


「なぁミスト! もう死ぬなんて言わないよな!?」


「何を言っているんだ! 始まったばかりなんだよ! 私の『復讐』は!!」


 酔いのせいで会話も噛み合わない。しかし俺は、その言葉を聞き逃がさなかった。この事を、もっと追求しておけばよかったんだ。楽しさと、酔いと、悪い癖とが合わさり、どうでもよくなった。

 ミストは行動不能になり、俺がおぶって帰るハメになった。背中からは、初めて会った時のような笑い声が時折聞こえた。

 家に着き、ミストをベッドにおろした。既に寝息を立てており、俺もすぐに寝た。いい1日だったと、心の中で感謝した。



————————————————————————



「うわぁ……頭やっばぁ……」「……」


 甲斐もなく飲み過ぎた俺たちは、当然の結果に見舞われていた。ちょっと喋ったら吐きそうだ……。

 店は3時間後には開店……ミストは水を一気飲みし、なんとか気を取り戻そうとしていた。

「ジロウ、行けるか……?」「行きます……」


 満身創痍で家を出ると、クワと編み帽子を装着したギガスが歩いていた。

「よォ! オフタリさん! オハヨウ!」

「……どうしたんだ?その格好」

 話しを聞くと、近くの山の老人の家で畑を手伝っているらしい。彼もしっかりやってるようで安心した。

「いい感じだな、ギガス……」

「応援してるぞ……」

「大丈夫かお前ラ……汗」


 ともあれ、店に着く頃には平常心を取り戻していた。最初の客は若い夫人だった。

「夫が浮気をしているかもしれないんです。調査して下さい」あまりにキッパリとした言い方だった。恐らくある程度のメドは立っているのだろう。

 俺は探偵まがいの事をやらされると思っていたが、ミストが意外な事を言い出した。

「旦那さんをここに連れて来て下さい。必ず解決します」彼女は彼女で、妙にキッパリしていた。


 他の数人の客の相手を終える頃、夫人が旦那を連れて戻ってきた。

「妻に引っ張られて来たが……なんだこの店は」ミストが手を叩く。

「単刀直入に言います。奥様からアナタに、浮気の疑いが出ています」

「……そうだが? それが何か?」


 何だこの返事は!? 開き直っているのか!?


「ハァア!? アンタ人を舐めてんの!?」夫人も当然の反応をした。

「とはいえ、事実だしなぁ。隠していた事は謝るよ」

「謝るって……大体相手は誰よ!?」

「勤め先の同期だが。日常の不和に辟易し、浮気に至った」

「……もういい。……離婚よ」

 夫人はみっともない所を見せたと謝り、代金を支払い出ていった。


「とんでもない野郎でしたね」流石の俺も呆れた。それと店の中ではミストに敬語を使う事にした。

「あんなモノよ、人間は。」彼女も冷めた態度で言い放った。


 俺たちの店は、これの繰り返しだった。さっきみたいなトラブルもあるが、大体の相談は解決した。金も十分に溜まり、ミストもご満悦だった。

 

 3ヶ月が経つ頃、フェリスが店に来た。

「ヤッホー♪ ご両人。しっかりやっとるかね!」

「当たり前よ。天才美少女だもの」

 最近思うんだが、ミストって結構アホ…?

「実際評判よ? カッコイイ男も居るってね!」

「本当か!?」

「まあ、そこは嘘なんだけど、真面目に対応してくれるいい店だって。」俺はカウンターの下で拳を握った!

「でさ! 知り合いから又聞きしたんだけど、貴族の人も来てみたいってさ! 言ってた!」

「ど、どんな悩みなんだろうな……貴族って」

「さぁねえ、どこの国の貴族も面白くなさそうな顔してるのは確かね。生きてて楽しいんだか」

「ああ、今度来たらよろしく言っとくよ。フェリスという旅の商人が……」

「ハイハイ! 今のナシ! ……ミスト、ちょっと……」

 フェリスはミストを連れて店の奥に消えた。



————————————————————————



「ミスト……あなたは本当に変わったと思う。気を悪くしないでね? 最初に出会った頃は、ずっと暗い顔をしてたよね?」

「……それが?」

「ほっとけないって気持ちもあったけど、仕事としてお金を受け取り、あの山小屋を手配したわ」

「今する話なの? それは」

「私は明日、仕入れの旅に出る。だからこんなことしてんの。……あのお金は、本当に両親がのこしたモノなの?」

「間違いない事実よ」

「私はさ、気持ちのいいお金以外受け取りたくなかったの。でもね、生活もあって……」

「嘘はついてないわ。誓って」

「……ならいんだけどさ、孤児院にも行かず、養子にもなってない大金を持った子供……どう考えてもおかしいよね?」

「事情があるの、人には」

「……あなたはどこで産まれて、どこから来たの? 小さな子供が山小屋で1人で暮らしたい。そこにどんな理由があるの? ゴメンね? 私の好奇心に付き合わせて」

「ここで産まれた。ウソじゃないわ。理由は自由がよかった。……これでいいでしょ?」

「……もし、もしなんだけどさ、あなた、あの時の教会の——」


「帰って」


「待ってよ……まだ話が——」


「帰って!! フェリスにはあんなことしたくない!! だから帰って!!」

「……わかった。……いつかまた、この国に来るよ。……最後に握手。ね?」

「……ごめんね……元気でね……フェリス……」



————————————————————————



 俺は気を使って店の外で待っていた。あの雰囲気からして、何か重要な話を持ち掛けたのだろう。

しばらくしたら、フェリスが俯きながら出てきた。俺の肩に手を置き、小声で言った。


「……あの子の事、ちゃんと守ってやるんだぞ……」


 それじゃ、と少しの笑顔を見せ、旅に出た。ミストは……やっぱり深刻な問題を抱えているんだろう。分かってはいる。分かってはいるのだが……。

 店に入ると当然、先程の話に触れて欲しくない様子をかもしていた。

「……今日の晩御飯、どうします?」見当違いの話題を振るしか俺にはできなかった。

「適当にパンとかでいいわ」

 分かりました、と返事をし、顧客の予約リストに目を通していた。空気が重かった。


 翌日、いつものように仕事に向かう。ミストは昨日よりかは元気になっていたが、今までのような無邪気な笑顔を見せてない。今日も頑張ろうな、と事務的な会話をした。


 最初の客は俺にとってあまりに以外だった。とはいえ、ある程度予測はしていたのだが……。

「最近ウチの屋台に客が来なくってねぇ。何か名案を頼むよ」

 俺がタダ食いした屋台のおばさんだった。少し目を逸らしてやり過ごそうとした。ミストが手を叩いた。

「まず、あなたの自己分析からお願いするわ」

「そうだねぇ、やっぱり材料費ケチっちゃ駄目だね!味が落ちちまう!」

「そうですね。基本は大事です」


 なんというか、スゴく当たり前だろ……と思うような問答が続いた。わざわざこの店で相談するまでもないような。

「ありがとよ! 一通り話したらスッキリしたよ! ……ところで」俺に視線を向けてくる。マズイ——。

「アタシの目が確かなら、アンタ、いつかの食い逃げボーヤだね」

「はい……その節は……」

「いいんだよ! かしこまらなくたって! アタシゃずっと謝りたかったんだ」

「でも俺が悪いんです……どう考えても」

「あの頃はね、今よりずっと景気が悪かったんだ。それでついアンタに強く当たっちまってね。自分で言うのもなんだが、アタシゃ元々気立てのイイ女なのさ!」


 おばさんは広い心で許してくれた。俺は近い内に食べに行きますと言い、礼をした。心のつっかえが取れた気持ちになった。

「よっ、食い逃げボーヤ」ミストがからかってきた。俺は、いやぁお恥ずかしいなどと、よく分からない返事をした。

 ミストも少しは、いつもの調子を取り戻したようだ。今日は滞りなく他の依頼もこなし、通常通りに店を閉めた。



————————————————————————



「綺麗な夕日だな」「そうね、ほんとに」


 日本でいうと、秋のような心地よさ。俺はもう、彼女の過去や死にたい願望など全て忘れて、ずっと一緒に居たいと考え始めていた。ミスト…お前はどうなんだ?何故全てが順調なのに、そんなに死にたいんだ?

 今の関係が壊れるのを恐れ、何も聞けない。教会の背に佇む夕日を、ただうっとりと見ていた。静かな風が、彼女の細い髪をなびかせた。黄昏の空気の中、彼女が口を開く。


「前に変な気を起こすなと言ったが、起こしていいぞ」

「……は?」

「ジロウが望むならね。ただ、子どもは期待するなよ。いずれ私とお前は死ぬんだろ?」

「……なぁミスト。お前やっぱり、重い病気か何かで……」

「いや? 健康そのものだけど。で、どうする?」

「どうってお前……」俺の中で何かが弾けた。


「——もう分かんねェんだよ! お前が! 言ってる事めちゃくちゃだし! 口調もコロコロ変わるし! どうして欲しいんだよ俺に!?」

「私に聞くな。自分で考えろ。最初に殺そうとした時みたいにな」

「じゃあ言うぞ!? 俺はとっくにお前を殺す気なんてないし俺も死にたくない!! ずっと一緒に居たい!! これでいいか!?」

「気が変わるのは結構だが、私は目標を達成するまで絶対に止まらないぞ? で、ついて来るのか?」


「……ひとつだけ教えてくれ。俺のお陰でやりたい事が見つかったって言ったよな? あれは——」

「ああ、お前が長々と旅の話をしてきたから相談屋さんを思いついたんだ。」


 やりとりの裏で俺は、ある意味での冷静さを発揮していた。ミストは何かを隠している。そして、その内容を聞き出すのは絶対に不可能だと悟った。

 コイツは……悪い事はしてないよな? ただ人の悩みを聞いて解決する。でも俺と出会う前は恐らく死にたがってた。何故実行に移さなかったのか。自分と同じで、勇気が足りなくて出来なかった。今はそう思う事にした。


「……わかったよ。店は続ける、でも死なせない。これでいいな?」

「それでいいぞ。で、変な気は起こすのか?」

「いやぁ、もっとお互いを知ってからですねぇ……」


 何となくいつもの空気が戻ってきた。ミストは夕日が沈みきるのを名残惜しそうに見つめ、振り返って歩き出した。その背中には、普段の無邪気さや自信が無く、抱きしめたら折れてしまいそうな、そんな頼りなさを感じた。


「なぁミスト。今日の晩御飯はスパイスライスにするか!」


「お前ソレ好きだな。私も好きだけど。」

 彼女は言葉を続けた。

「お前はお前のままでいろよ。」

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