第27話 終焉

 迷宮に静寂が戻っていた。

 玄室の床いっぱいに明滅していた五芒星・六芒星の魔方陣は消え去り、画面には光蘚ヒカリゴケが描く線画の迷宮が再び浮かび上がっていた。

 世界もまた静まり返っていた。

 一〇〇万を超える視聴者リスナーが、繰り広げられた想像を絶する死闘に魂を抜かれ、ただ静けさの戻った映像を見つめていた。


 カメラには殊勲の騎士が映っていた。

 剣も盾も投げ出して、玄室の真ん真ん中にドカッと座り込んでいる。

 崩れ気味の胡座あぐらに、両手は膝の上。

 ガックリと頭を垂れて、もう聖女も世界もどうでもいいってぐらいに、


『ぜぇーぜぇー!』


 ……していた。

 

「……倒した……あいつを…… “闇王ダークロード” を……」


 茫然自失していた僕の口が、時間を取り戻した。

 シンクロニティが起こり、世界が一斉に動き出す。


『88888』

『888888888』

『88888888888888888888888888888888888888888888888888888888』

『8888888888888888888888888888888888888888888888888888888888888888888888888888888888』

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チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪――

 

 コメント欄を埋め尽くす拍手の弾幕。

 嵐のように連続する、いいね、スパチャの通知。


 見事な闘いだったからじゃない。

 素晴らしい勝利だったからじゃない。

 ただただ生き残った、過酷な現実から生還を果たした、自分と同じ人々への称賛。共感。歓喜。感動。

 それは感情ではなく、すべての人間の原初的な本能。

 魂の震え。


《――ああ、無事だったのね。でも今のあなたはとてもとても楽しくなさそうだわ。まってて、すぐにわたしが癒してあげる。天使の “神癒ゴッド・ヒール” は聖女の “神癒” より、もっとずっと気持ちがいいのよ》


 ポンッ! とポップコーンが弾けるように、いきなり六枚の翼を持つ緑衣の天使が(使!) “運命の騎士” の隣りにテレポートした。

 精根尽き果てた様子の騎士に、実に親密な様子で抱きつく。

 そして、カメラに映り込む、


 ズンズンズンズンズンズンズンズンズンズンッッッ!!!

 

 と肩をいからせ、がに股でふたりに近づいていく、エバさんの背中。


《ちょおっと、さん! どさくさに紛れて何やってるんですか!》


 むんずと天使の襟首えりくびをつかんで騎士から引き離す、エバ……さん。


《きゃっ! ――まあ、どうしたの、ライスライト? あなたもとてもとても楽しくなさそうだわ》


《ええ、誰かさんのお陰でとてもとても楽しくありませんですことですわ!》


《まあ、とっても怖い顔! とてもとても楽しくないのね? でもどうして――はっ! これは嫉妬! 嫉妬ね! あなたはわたしにジェラシーを感じているのね、ライスライト!》


 パムッ! と可愛らしく手を合わせると、天使……熾天使ガブリエル(!?)は、無垢で無邪気な顔を輝かせた。


《人のさんに纏わり付いておきながら、何を抜かしちゃってるんですか!》


「へっ……?」


 旦……那……?


『旦那?』

『だんな?』

『ダンナ?』

『DANNA?』

『diner?』


「なっ……!』


『『『『『『『『『なんだってーーーーーーーーっっっっ!!?』』』』』』』』』


 唐突に明かされた衝撃の事実に、僕が、コメ覧が、視聴者が、世界が騒然となる!


《ああ、熊がわざとボカしたのに、自分で言ってしまったクマ……》

 

 スピーカーから熊さんの、ナッシング……といった感じの呟きが漏れる。


《そうクマ。あの “運命の騎士” は、エバの旦那クマ。さらにいうとガブリエルは、その旦那の守護天使クマよ。だからエバは危なくなると旦那を呼んで、旦那が危なくなるとガブリエルが高いところから降りてくるクマ。そうして最後はいつもああして収拾が付かなくなるクマ。とてもとても業が深いクマよ……》


『『『『『『『『『なんだってーーーーーーーーっっっっ!!?』』』』』』』』』


『エバさん、既婚者だった!』

『エバさん、旦那持ち……』

『終わった……俺の新しい推しが……』

『短い夢だった……』

『嗚呼……エバさん……』

『嗚呼……』

『OMG!!!』

『Oh...EVA...Oh』

『つーか旦那、愛人いるのかよ!』

『死ね旦那!』

『社長死ね!』

『クズ社長死ね!』

『旦那、なんか疲れ切った大型犬みてーだな……戦ってたときの覇気がまるでない』

『だいたい天使が愛人ってなに? そういうのってありなわけ?』

『それだよ、それ! あのガブリエルって本当になのか!?』

熾天使セラフガブリエル。 大天使アークエンジェル。告知天使。天使長ミカエルについで有名な天使』

『本物?』

『ちゃんと翼は六枚あるぞ』

『Seraph,Knight's Girlfriend?』

『天使を愛人とか社長、いろいろとまずくね?』

『おおいにマズいね。バチカンから刺客送られるぞ』

バチカン法王庁特務局第13課イスカリオテのことか!』

『運命の騎士 vs アレクサンド・アンデルセンだと!?』

『なにそれ、激アツ!』

『それじゃワンチャン、エバさん vs アーカードもあるかも!』

『なにそれ、胸アツ!』

『アーカードを解呪ディスペルするエバさん! エモすぎ!』

『エェェェイメェェンッ!!』

『若本キタ━(・∀・)━!!!!』


 コメント覧は湧きに湧き立ち、カメラは回り続け、聖女と天使と、ふたりに挟まれなされるがままにされている聖銀の騎士をうつし続ける。


「……エバさん……結婚してたんだ……」





 騎士は還り、天使も再び天に昇った。

 迷宮に残ったは、息絶えた少女戦士に祈りを捧げる聖女迷宮保険員、唯ひとり。

 

『そんな奴、ほっとけよ』

『助ける価値なし』

『エバさんだって殺されかけただろ』

『まずは地上に戻って、ガンさんたちから先に助けるのが筋じゃね?』

『正論。まずは地上に戻ってガンさんたちを助けよう』

『でも死体を引きずって還るんじゃ、エバさんの負担になる』

『やっぱり置いていけよ』

『そもそも本当に生き返らせられるのかよ』

『契約結んでんだから関係ないだろうが。どんな理由があろうと生き返らせるのが、迷宮保険じゃねえのか?』

『……このままそっとしておいてあげなよ。生き返らせたって辛いだけだよ』

『確かに。世界中にDQNを晒しちまったんだ。この先まともな人生なんて無理だ。このまま死なせてやるのが思いやりかも』

『勝手いうなよ! レ・ミリアがそういったのか!?』

『はぁ? じゃあ生き返らせてくれってレ・ミリアが言ったのかよ!』

『そういう契約だろうが!』

『だからそれはレ・ミリアの化けの皮が剥がれる前の話だろうが!』


《……レ・ミリアがエバに危害を加えた時点で、契約は無効になってるクマ。だからエバがあの女を生き返らせる義務はないクマ》


 熊さんの言葉に、コメントが止まる。

 決めるのは僕たち視聴者じゃない。

 エバさんが立ち上がった。

 華奢な身体のどこにこれだけの力があるのか、両手にレ・ミリアを抱えて。


《死者の気持ちは聖職者にもわかりません。ですがわたしはこの方を助けます》


 エバさんはレ・ミリアを玄室の中央に静々と運ぶ。

 遺体を下ろすと水袋の水をすべて使って顔や手を清める。

 丹念に、丁寧に、血や汗を拭い続ける。

 作業が終わったとき、お腹の上で手を合わせたレ・ミリアの顔は穏やかで、まるで眠っているようだった。

 

《あの時レ・ミリアさんが “棘の指輪” を使ってくれなければ、わたしは “闇王ダークロード” に殺されていました。彼女は命の恩人です。でも、それだけが理由ではありません》


 エバさんの唇が呟いた気がした。


“死ぬことが救いだなんて思いたくないから……”


《これより “魂還の儀式” を執り行います》


 世界は奇跡を目撃した。



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ご視聴、ありがとうございました

エバさんが大活躍する本編はこちら

https://kakuyomu.jp/works/16816410413873474742

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実はエバさん、リアルでダンジョン配信をしてるんです!

エバさんの生の声を聞いてみよう!

https://www.youtube.com/watch?v=k3lqu11-r5U&list=PLLeb4pSfGM47QCStZp5KocWQbnbE8b9Jj

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