栗と指輪が戦利品
老人が指輪を外そうとすると案外簡単に取れた。
強制的につけさせる力が付与されていても、外せなくなるわけではないようだ。
「まったくもう、寿命が縮むかと思ったわい。ほれ、これは返すぞ」
「ふふっ、ごめんなさい。そんなに驚くとは思わなかったわ」
アデルは銀の指輪を受け取ると荷物の中に収めた。
これまで行動を共にする機会があったものの、出番がなかっただけで携帯していたのかもしれない。
冷静に考えると、「装着を拒否できず、嘘が見破られる」というのはとんでもない魔道具なのではないか。
「ややこしいことになるといけないので、ギルドには話を通しておきます。こちらが約束を守る以上、地元の人に危害は加えないと誓ってください」
「退去させられるようなことにならん限りは、何もするつもりはないぞ」
老人はそう言った後、アデルの方をちらりと見た。
嘘をついているわけではないと思うが、真実の指輪を恐れているように見えた。
「そういう意図はなかったんですけど、彼女の圧が大きいみたいなので信じます」
「指輪がなくとも魔法が使えるエルフと争う気はないんだがのう」
老人はぼそりと言った。
アデルとエステルの二人を見るだけでも、強力な魔法を使いこなしている。
たしかに敵に回すには脅威であるのだろう。
「そういえば、赤髪のエルフ殿は栗がどうのと言っておったな」
「栗がある場所は珍しいから、採って帰るつもりよ」
「ふん、ちょっと待っておれ」
老人は何かを思いついたように、再びどこかへ向かった。
アデルと二人で座ったまま待っていると、そこそこ大きさのある布袋を手にして戻ってきた。
「昨日、栗の木が集まる場所を見つけて取りすぎてしまってな」
老人が布袋を開くと中には立派な栗が入っていた。
すでにいがは取り除かれている。
「へえ、いい栗ね。もらっていこうかしら」
「何だか色々とすいません」
「お近づきの印というやつじゃ」
老人は穏やかな表情で布袋を差し出した。
この期に及んで敵意は感じられず、素直に受け取っておいた。
「それじゃあ、そろそろ帰りましょうか。日が暮れると足元が不安ですし」
「そうね、そうしましょう」
俺とアデルは椅子から立ち上がって、玄関のあった方へと向かった。
「気をつけて帰るんじゃな。たまにモンスターも出るからのう」
「ギルドには話を通しておくので、安心してください」
俺たちは老人に見送られながら外に出た。
周囲を木々に囲まれていることもあって、辺りは少し暗くなっていた。
時間帯を考えれば、すでに日は傾いているのだろう。
二人で来た道を引き返して、街道まで戻った。
街道に出る頃、空の様子で夕方に差しかかろうとしているのが分かった。
周辺を移動中の農民や冒険者が通りすぎていく。
「……これでよかったんでしょうか」
俺は隣を歩くアデルに問いかけた。
老人とのやりとりで切り替えきれない部分があった。
「ギルドのこと? あのおじいさんが冒険者とぶつからないだけマシだと思うけれど」
「あそこに居座ったとしても、その方がいいというのは同意します」
あの老人は魔法に長けている上に陣地を確保しているので、バラムの冒険者では苦戦することが予想される。
かつての仲間もいる以上、交戦状態になることは避けたい。
「少ない労力で栗と指輪が手に入ったのだから問題ないわよ。私は真実の指輪の効果が試せたし」
アデルは表情を変えないまま言った。
流してしまいそうなところだが、後ろの部分が引っかかった。
「あれ、初めてだったんですか?」
「エルフ同士で試したことはあるわよ。人に使うのはさっきが初めてね」
「ああー、なるほど」
マシと言っていいのか分からないが、まったくの初めてというわけではないようだ。
「さあ、栗はどうやって食べようかしら。焼き栗もいいけれど、あなたの知り合いが調理できるのよね」
「はい、青果店にそういうのが得意な人がいて」
「それじゃあ、帰り道に寄っていくわよ」
アデルの提案で次の目的地が決まった。
俺たちは会話を続けながら、街道をバラム方面へと進んだ。
町に着いた頃、夕日が町を覆うように照らしていた。
目的の店は市場の方にあるので、二人で町の中を移動した。
栗を調理してもらうために青果店に到着すると、市場で夕食の買い出しをする人々が行きかっていた。
店の中の方でも何人かが買い物をしているところだった。
青果店の店主はミルザという名前で、露店ではなく店舗を持って営業している。
「やあ、ミルザ。ちょっとお願いがあるんだけど」
俺は店の中に入って、野菜の整理をしている彼女に声をかけた。
「こんにちは、マルク。どんなご用かしら」
「忙しい時間がすぎてからでいいんだけど、この栗を調理してもらえないかな?」
老人から受け取った布袋を開いた。
ミルザはこちらに近づいて中を覗きこんだ。
「立派な栗ね。そちらのお客人と食べるの?」
ミルザはアデルの方を見て言った。
アデルは俺とミルザの近くに歩み寄った。
「はじめまして、マルクの友人のアデルよ。よろしく」
「とても美しい方ね。あたしはミルザと言います」
ミルザは青果店の女店主にしては穏やかな雰囲気なのだ。
アデルとも気が合いそうな感じがする。
「それでこの栗の話ね。お菓子にするのがおすすめなんだけど、時間がかかってしまうから……出来上がったものを持って帰るのはどう?」
「えっ、もらえるの?」
「その代わり、この栗を少し分けてもらいたいわ」
ありがたい申し出だった。
ミルザの調理したものは何でも美味しいので、食べられるなら歓迎できる。
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