故郷のバラムに到着

 馬車は規則的なペースで街道を進んで、進行方向の左右には畑の広がる景色が続いた。

 こうした農作地帯があるからこそ、各地の野菜が充足しているのだと実感した。

 その後も馬車の外を眺めたり、誰かと話したりして、移動時間を充実させることができた。


 そうこうするうちに、昼休みの時間になった。

 ピートが小さな農村の近くで馬車を停めた。

 のどかで人の気配はまばらな場所だった。


「皆さん、ちょうどこの辺りの前後には食事ができる場所がないので、代わりに食べられるものを用意しました」


 ピートは御者台でがさごそして紙袋を取り出した。


「ファルガのパン屋で買ったものです」


 彼はそう言った後、こちらにやってきて一人に一つずつパンを手渡した。

 これが今日の昼食になった。


 パンを食べ終えて、ピートが馬を休ませた後、再びバラムに向けて出発した。 

 馬車の外を流れる景色は変化し続けていて、見ていて飽きない面白さがあった。

 エドワルドとエステルは、食後であることや移動続きということもあって、眠そうにも疲れているようにも見える状態だった。


 外の様子を眺めたままでいると、途中から何となく周囲の景色を見たことがあるような気がした。

 やがて、王都へ行く時に通ったのと同じ道を通過していることに気づいた。


「もしかして、前に通ったところを進行中ですか?」


「部分的に往路と異なる経路をたどる時もありましたが、少し前から共通の経路をたどっています」  


 ピートの答えで状況を理解した。

 たしかに途中途中で見覚えのない場所もあった。


「この様子だとバラムは近いですね」


「もう少ししたら到着するわけですが、久しぶりの故郷はどんなお気持ちですか?」


「うーん、どうでしょう。自分の店がどんな状況か気になるのと、仲間たちには会いたいかなと」


 どちらも自分にとって大事で、何度も頭の中をよぎったことだった。

 ピートに問われたことで重要性を再認識させられた。


 二人で会話をしていると、ふいに馬車の揺れが大きくなった。


「おっと、びっくりした」


「お話の途中ですみません。馬を操るのに集中します」


「もちろん、そっちに集中してください」


 ピートの存在は頼みの綱であるため、馬の方に意識を傾けてもらう方がいい。

 御者台から荷台の方に注意を戻したところで、エドワルドとエステルが驚いた様子で目を白黒させていた。


「何ごとかと思ったら、馬車の揺れでしたか」


「眠気も吹っ飛ぶような衝撃だよ」

 

 少なくともエステルは眠かったことが分かった。

 まだぼんやりした様子で眠そうな顔をしている。

 

「ピートと話したんですけど、もう少しでバラムに着くそうです。エステルはともかく、エドワルドとはそこまでになりますね」


「私との別れを惜しんでくださるとはありがたい」


「王都を訪れることがあれば、また話しましょう」


「そうですな、是非とも」


 エドワルドが右手を差し出したので、彼の手を握った。

 訓練に励んだ者特有の分厚い手だった。


 エドワルドとの挨拶を済ませた後、馬車の外を見慣れた景色が続いた。

 バラムへ馬車が近づくほどに色々な感情がこみ上げた。


 昼食後に移動を再開して、馬車に乗り続けるうちに夕方になろうとしていた。

 日が傾いた空の下、街道の先の方にバラムの町が見えてきた。


「マルク様! バラムが見えてきましたよ」


「はい、そうですね!」


 ピートが元気な声で呼びかけてきた。

 久しぶりに帰ることを祝福してくれる姿勢はうれしかった。


 馬車は街道を進み続けると、バラムの町に差しかかった。

 この町に王都のような関門はないので、今回もそのまま入ることができた。

 続けて馬車乗り場へ通じる道に入り、ピートは指定の位置で馬車を停めた。

 荷台から下りたところで、ピートが近づいてきた。


「長旅、お疲れ様でした。バラムの町に到着しました」


「お疲れ様です。順調な旅路でしたね」


 ピートとの挨拶が終わると、近くにいたエドワルドが口を開いた。

  

「私はピートと共に町の宿屋に一泊して帰ります。マルク殿はお店のことや友人たちとの再会があるでしょうから、ここで見送らせて頂きます」


「エドワルドなら大丈夫だと思いますけど、帰りも気をつけて」

 

 兵士式の礼儀かは分からないが、エドワルドが深々と頭を下げたので、それに合わせてこちらも頭を下げた。

 

「ではマルク殿、お達者で」


「はい、ありがとうございました」


 俺は別れを惜しむ気持ちを感じながら、馬車乗り場を後にした。


 旅の荷物を担ぎながら、バラムの町を歩く。

 慣れ親しんだはずの景色が新鮮に映るのが不思議だった。


「……ところで、エステルは目的地が一緒なのかな」


 ピートとエドワルドと別れた時、エステルも二人と別れを済ませて、俺について歩いてきた。


「実は姉さんの情報があんまりなくて、料理店をやってるマルクと一緒なら、何かヒントが見つかりそうと思って」


 エステルは無邪気な様子で言った。

 アデルが彼女の探す相手なら店に行けば見つかりそうだが、ここまでの情報ではその可能性は薄そうな感じだった。


「迷惑とかではないので、来てもらっていいですよ」


「やった、ありがとう」


「どういたしまして」  

 

 二人でバラムの町を歩きながら、俺の店に向かった。

 だいぶ空けてしまったが、はたしてどんなふうになっているだろう。

 期待と不安が入り混じり、自然と歩くペースが速くなっていた。

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