夜のファルガを歩く

 ピートに続いて夕暮れの町を歩いていると、彼が一軒の建物の前で立ち止まった。

 

「今晩はここに泊まろうと思います」


「ちょっぴり高そうな外観ですね」


 この町の宿屋のメインターゲットは行商人と旅人だと思うのだが、目の前の宿屋は二階建てで横幅が大きかった。

 高級とまではいかないものの、洗練された雰囲気は安宿にはとても見えない。


「ファルガの宿は価格競争があるようで、ここは質が高いのにお値打ちです」


「ほう、これが宿屋ですか。実は泊まるのは初めてです」


「王都がどこよりも栄えているから、他の町へ行く機会は少ないですか?」


「日帰りで近場に行くことはありましたが、たしかにそうですな」


 エドワルドは宿屋に泊まることを楽しみにしているようだ。


「では、中へ入りましょう」


 ピートを先頭にして、俺たちは宿屋の中に足を踏み入れた。

 中に入ると、建物の大きさに比例して広いロビーが印象的だった。

 いくつか長机と椅子が置かれており、そこで旅人風の男たちが話している。


「エステルも泊まりますよね」 

 

「もちろんよ。野営はもうやめておくわ」


「ピート、部屋は四人分で」


「かしこまりました」


 ピートが受付で部屋を頼むところだったので、念のために伝えておいた。

 彼のことなので、気を回してくれた可能性も高いような気もした。


 俺とエドワルド、エステルはピートに手続きを任せて、近くの椅子に腰かけた。

 改めて内装に目を向けると、行商人や旅人向けにしてはこだわりが感じられる。


 座った状態でピートを待っていると、受付を終えた彼がやってきた。

 その手にはそれぞれの部屋の鍵が握られていた。


「お待たせしました。各部屋の鍵です。どの部屋も二階にあります。それとこの宿は素泊まりのみですので、夕食は外で済ませてください」


 ピートは説明をしながら、それぞれに鍵を配った。

 部屋は番号ではなく、記号で分けられていた。


「ちなみに宿の料金は?」


「あらかじめ、どこかの宿屋に泊まることは分かっていたので、ブルーム様からお二人の宿代を預かっています。エステルさんは申し訳ありませんが、ご自身でご負担ください」


「それは大丈夫だけど、いくらなの?」


「一泊銀貨三枚です」


「まあ、そんなもんよね。はい、どうぞ」


 エステルは懐から銀貨を取り出すと、ピーターに手渡した。


「長旅だと思いますけど、路銀は足りそうですか?」


「……うーん、特に問題ないかな……」


「あっ、分かりました」


 エステルが言葉を濁したのを見て、しまったと思った。

 見ず知らずの他人がいる場所で所持金について話さない方がいい。 

 治安のいいバラムでさえ、周囲に一定の警戒心を持つことは必要だった。


「それより、夕食はどうするの? 四人で行く?」


「今日は疲れてしまったので、明日のために部屋で休みます」


 ピートが言いづらそうな様子で言った。


「俺は行こうと思いますけど」


「私も同じく。お腹が空いたので、すぐにでも出られます」


「うん、それじゃあ、三人ね」


 エステルは明るい声で言った。

 彼女のことは分からないことが多いものの、一緒に行動しようとしているのを見て、安心する気持ちだった。


「荷物を置いてから、ここに集合でいいですか?」


「わたしはそれでいいわよ」


「私も同じく」


「じゃあ、それでお願いします」


 俺たちは一時解散して、それぞれの部屋に向かった。


 ロビー近くの階段を上がり、廊下を歩いて部屋を探す。

 受け取った鍵と同じ記号の部屋を見つけてから、扉を解錠して中に入った。

 いわゆるシングルタイプの部屋で、ベッドが一つ壁際に置かれており、清潔感のある雰囲気だった。


 俺は荷物を適当な場所に置くと、部屋の様子を一通り確認した。

 その後、エドワルドとエステルとの待ち合わせのために部屋を出た。

  

 ロビーに戻るとエドワルドが待っていて、少しの時間差でエステルが来た。


「では、行きますか」


「美味しい料理が食べられるといいですな」


「どんな料理があるか楽しみー」


 俺たちは三人で宿屋から出た。

 外はだいぶ暗くなっており、あちらこちらで魔力灯が点灯していた。

 この町は民家の数に対して店の数が多いので、バラムとはまた違った雰囲気が感じられる。


「二人はどんなものが食べたいですか? 肉がいいとかさっぱりした料理がいいとか」


「私は何でもかまいません」


「ちょっと迷うわね。肉もいいけど、それ以外の料理もありかも」


 エドワルドとエステルの二人とも今日が初対面なのだが、以前から旅の仲間だったように話している。

 せっかく、ファルガの町を散策できるので、雰囲気がいいに越したことはなかった。


 夕食時に入ったこともあり、食事ができそうな店が繁盛しているのが見えた。

 お客の数が多いほど美味い可能性は高いはずだが、立地的に一見(いちげん)のお客が多いことを考えると、当てにしていいのか悩むところだ。


 三人で通りを歩いていると、町の入り口が見えてきた。

 通りはもう少し先で終わってしまう。


「ねえ、あそこはどう? そんなに混んでないけど、地元っぽい感じでよさそうじゃない?」


「はい、いいですね」


「俺もあそこでいいですよ」


「よしっ、決まりね」


 エステルが提案した店は窓や扉が開け放たれた開放的な店だった。

 中から照明の明かりと話し声が漏れてくる。


 俺たちは順番に店に入ると、空いた席の椅子に座った。

 すると、陽気な雰囲気の女が話しかけてきた。

 

「いらっしゃい! 店のメニューはこれね。注文が決まったら呼んでちょうだい」


「あっ、はい」


 俺はメニュー表を受け取ると、三人で見えるように真ん中に置いた。

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