中継地点の町に到着
エステルとの会話に区切りがついてから、周囲の警戒を続けていたが、誰かが追ってくる気配はなかった。
彼女の発した炎の魔法は強烈だったので、男たちは戦意喪失したのだと思った。
治安の悪そうな一帯は脇道に逸れた先にあっただけで、街道に戻ってからは順調に馬車が進んでいる。
「そういえば、エステルのお姉さんはどんな人なんですか?」
何となくアデルではないような気はしているが、バラムに彼女以外のエルフがいるのなら、それはそれで関心があった。
こちらの質問を受けたエステルは、予想に反して複雑な表情を見せた。
「ごめんね。エルフの教えで身内のことはあんまり話さないようにって言われてる。だから、答えられないかな」
「なるほど、そういうことなら大丈夫です」
「古いしきたりもあるし、エルフは少数派だから。秘密主義なところはあると思うわ」
エドワルドも同じ荷台に乗っているのだが、静かに聞いていた彼がエステルの言葉に関心を示した。
「王都ではエルフとドワーフを見かけることはありますが、そんな風習があるとは。実際に話してみないと分からないものですな」
うんうんとエドワルドは頷いた。
「ほとんどのエルフは人族との交流に消極的なところがあるから、わたしたちのことをよく知らないのも当然だわ」
「エルフは長寿と聞きますから、長生きしている方の中には先の戦乱の記憶がある方もいるのでしょう」
「わたしは生まれてないけど、年長者のエルフはその時の影響で人族への警戒心が強いみたいよ。若い世代は戦乱を経験してない分だけ、オープンなところはあると思うかな」
エステルの言葉を耳にして、エルフが長寿命という話は本当なのだと知った。
この世界の標準的な寿命を考えれば、人間の中で戦乱を体験した者がいる可能性はゼロに等しい。
一方のエルフで体験した者がいるのなら、人間に脅威を感じたとしてもおかしいことではなかった。
まじめな話になった影響なのか、荷台の中は静かになっていた。
エステルとエドワルドは話した内容を咀嚼しているようにも見えた。
馬車は昼下がりの街道を規則的な速度で進んでいる。
地面から伝わる振動が一定のリズムを刻むように感じられた。
それから、馬車は進み続けて、遠くの方に夕日が見えるような時間になった。
ピートが馬に集中しているようでたずねていなかったが、今日の宿泊予定のことが気になり始めていた。
時間的に、そろそろ確認していてもよいのかもしれない。
「ピート、今日の寝泊まりはどうなる予定ですか?」
「もう少し行ったところに、ファルガという町があるので、そこの宿屋に泊まって頂こうと考えています」
「なるほど、分かりました」
バラムから離れていることもあり、初めて聞く町だった。
「ファルガが中継地点に当たるので、明日の朝に出れば、夕方か夜にはバラムへ到着予定です」
「そんなに早く着くんですか」
「前回の大岩が街道から撤去されたこともあり、スムーズに進んでいます」
ピートの話を聞きながら、大岩が道をふさいだところを通過した記憶がないことに気づく。
「あれ、もう通りすぎました?」
「はい。昼頃にマルク様がお休みの時でした」
「あっ、なるほど」
少し恥ずかしい気持ちになった。
昼食後にうとうとしている間に通りすぎていたのだ。
「ファルガはバラムよりも小さな町ですが、王都を出た行商人や旅人が立ち寄ることもあり、宿屋が充実しています。今夜はゆっくり休めるでしょう」
「それはいいですね」
ピートは前を向いていて表情は見えないが、にこやかに応対してくれている雰囲気だった。
馬車はさらに進んで夕暮れが迫る頃、前方に町が見えてきた。
日が落ちて暗くなってきたこともあり、入り口にはかがり火が置かれている。
「あちらがファルガの町です。皆さんを下ろしてから、馬車を停めてきます」
「分かりました」
ピートは入り口の手前で俺たちを下ろすと、町のどこかへ馬車を進めた。
俺たちは馬車を下りてから、三人で町の中に入った。
「街道沿いにしてはのどかな町ですな」
エドワルドがのんびりした様子で口を開いた。
彼の基準は王都がベースだと思うので、そこからすればほとんどの町はのどかな方に分類されるような気がした。
個人的には王都の喧騒に慣れつつあったこともあり、この町のように静かで落ちついた雰囲気に新鮮さを覚える感覚もあった。
俺たちは並んでファルガの町を歩き始めた。
馬車が入ることを見越したように道幅は広めで、通行人は住民と旅人がちらほらと目に入る感じだった。
「ピートが言った通り、行商人や旅人が立ち寄るみたいですね。馬車を手入れする道具とか、旅で必要な用品を扱う店が何軒かあります」
「わたしは食事のできる店が色々あるのが気になるかな」
「ピートと合流して、宿の部屋が確保できたら、食べに行きましょうか」
「うん、いいわね」
エステルの第一印象は微妙だったのだが、徐々に打ち解けた気がする。
彼女もこの町を訪れるのが初めてのようで、興味深そうに周囲を眺めている。
三人で歩いているとピートが歩いてくるのが見えた。
馬車は無事に停められたようだ。
「お待たせしました。まずは宿屋に寄りましょう」
ピートは俺たちを案内するように歩き出した。
俺とエドワルド、エステルの三人はそれについていくかたちで足を運んだ。
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