敵の増援と思いもよらない助っ人

 俺は他者を圧倒するような剣技は持ち合わせていない。

 Cランク冒険者になるのに非凡な才能など必要なかった。


 ――しかし、この侵入者には剣技が通じそうな手応えがあった。

 

 間合いを見極めながら、前方の相手と対峙する。

 緊迫した空気に包まれることで、ここが城の庭園だということを忘れそうになる。


 侵入者は言葉を発しないが、こちらを侮っているような雰囲気で一発浴びせた程度で調子に乗るなと言いたげな様子だった。

 一人目と同じように顔を布で覆っていても、それぐらいのことは読み取れた。


 カタリナを狙わないでくれたら、戦わずに済むのだが……。

 そんなふうに思うのは俺だけのようで、侵入者は再び攻めてきた。

 たしかに速い――速いが、少しずつ目が慣れてきてもいた。


「はっ、いけるか」


 かなりの速度で攻撃してきたが、どうにか反応することができた。

 侵入者の勢いが引いたところで、カウンター気味に攻撃を返す。

 敵もさるもので、今度の反撃は回避されてしまった。


「そう簡単にはいかないか」


 ここまで素早く動けば持久力に欠ける可能性もあるかもしれない。

 どうにか耐えて、長期戦に持ちこんだ方がいいだろうか。


「……いや、ブルームの治療を急がないと」 

 

 今度はこちらから間合いを詰めて、先にプレッシャーをかけた。

 侵入者は驚いたようで、少しの間だけ動きが遅れた。


 俺はその隙を見逃さず、相手に連続攻撃を仕かけた。

 勢いで追いつめられたのも束の間、侵入者は軽い身のこなしで後ろに飛びのいた。

 こちらが優勢だったのに、一瞬で間合いを広げられてしまった。


 次に打つ手を考えていると、これまでの侵入者と同じような身なりの者が一人、二人と現れた。

 兵士とブルームが動けない状況で、一対三の数的不利が生じていた。

 一人を相手にするだけでも手一杯だったのに、これ以上は厳しい。


「何とか、応援が来るまで時間を稼がないと」


 ここが城の敷地内である以上、助けが来る可能性を信じていた。

 しかし、それまでに全滅を回避できるかは難しいと言わざるを得なかった。


 三人の侵入者たちは圧倒的優位を信じて疑わないようで、ゆっくりとした足取りで接近していた。

 ブルームや彼らの仲間を制している兵士には見向きもせず、明確にカタリナを狙っているように見えた。


「……俺が倒されるようなら、走って逃げてください」


「な、何を言っておる。皆を置き去りにして逃げることなどできぬ」


 カタリナは震えるような声で言った。

 まだ若い彼女がこんな状況に置かれるのは好ましいはずがない。


 気づけばランス王国の平和を乱した者たちに対する怒りがこみ上げていた。

 俺は両手で握っていた剣を左手に持ち替えて、右手を前方に広げた。

 

「――ファイア・ボール」


 魔力を集中させた火球が侵入者たちに直撃した。

 彼らの服が焼けたようで、ところどころが破れていた。

 三人の顔が露出されたが、怯んだようには見えなかった。


「……まだ、攻めてくるのか」


 魔法を放つには距離を縮められすぎたので、両手で剣を構えた。


 するとこちらへ、一人の侵入者が突進してきた。

 ナイフでの攻撃を剣で受けて、反撃を繰り出す。


 しかし、動きが読まれているようで、かわされてしまった。

 モンスター相手ならば通じた剣技も、実戦慣れした人間には通用しないのか。  


 くじけそうな心を奮い立たせて、剣を握る手に力をこめる。

 この状況でカタリナを守れる者は自分しかいない。

 魔法も読まれている以上、接近戦を続ける以外に選択肢はなかった。


 全身が総毛だつような緊張感の中、ふいにどこからか笛の音が聞こえた。

 三人の侵入者は互いに顔を見合わせると、何かを急ぐように全員で距離を詰めてきた。


「――ここまでか」


 俺は捨て身の思いで剣を構えた。

 確実に危険が迫ると分かっていても、逃げることはできなかった。

 時間の流れが不思議なほどにゆっくりと感じられた。

 

 その刹那、どこからか雷撃が飛んできて、三人の侵入者を吹き飛ばした。


「えっ、何が……」


 突然の出来事に思考が追いつかなかった。

 三人は地面を転がって、身動きが取れないようになっている。


「――この世界でカルマン以外にきな臭い国があるなんて驚いた」


 その人物は俺とカタリナの間に立っていた。

 背中をこちらに向けていて、短い白髪に庶民風の服装。

 声の雰囲気から男であることは明白だった。


「……あの、ありがとうございます」


「どういたしまして。通りがかっただけですが、なかなか大変そうで」


 男はこちらに背を向けたまま、カタリナに近づいていった。

 それが危険人物であれば、力ずくで止めなければならないだろう。

 しかし、彼からは敵意が感じられず、とても止められるとは思えなかった。


「師匠ー!」


 カタリナは幼子のように男にしがみつく。

 まるで実の親子のように親しげな様子だった。


「やあ、久しぶり」


「もしかして、我らを助けに?」


「いや、通りがかっただけ。干渉しすぎるのは良くないからね。すぐに立ち去るよ」


 会話の内容から謎の男はカタリナの魔法の師匠だと思われた。

 先ほどの一撃を見る限り、かなりの腕前であることが分かる。


「もう少しいてほしいのじゃ」 


「カタリナ、大臣として国に貢献すると言っていたよね。だったら、勇気を持って。君なら大丈夫」


「ううっ、師匠ー」


 カタリナは涙ぐんでいた。

 二人には深い師弟関係があるのだと思った。


「……あっ、ブルームの治療を急がないと」


「負傷していた人なら、回復魔法で治療済みです」


 男はこちらを振り向いて言った。

 その顔を見た瞬間、まるで時間が停止したかのような錯覚を覚えた。


「――えっ、日本人……」


「あれ、君はどうして……」


 俺は男と顔を見合わせたまま、身動きが取れなかった。

 なぜ、こんなところに日本人がいるのだろう。

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