バイキングっぽい朝食と食材の到着

 一人前にしてはなかなかのボリュームだった。

 数種類のパン、何枚かの皿に分けられたサラダ、目玉焼きやベーコンなど。

 栄養バランスを考えてあるのか、フルーツも盛りだくさんだった。


 俺は既視感を覚えて、皿の配置などをよく確認した。

 最後に手元に置かれた空の白い皿に視線が向く。

 これはもしかして、あれなのではないか。


「この皿に取り分けて、食べればいいんですか?」


「はい、その通りです」


「……なるほど、一人バイキングってところか」


「あのう、バイキングとは何でしょう?」


 この世界の食糧供給は安定しているとはいえ、飽食の極みであるような食べ放題という概念は浸透していない。

 そのため、アンはバイキングという言葉の意味を知るはずもないだろう。


「ああっ、大した意味はないので、気にしないでもらえると」


「承知しました」


「それじゃあ、いただきます」


「はい、どうぞ」


 俺は取り皿に料理を乗せ始めた。

 まずはパンを一つ、それからサラダを少々。

 そこそこ空腹だったので、ベーコンエッグもしっかり追加する。

 こうして、朝食プレートが完成した。


 テーブルに置かれたナイフとフォークに手に取り、サラダから食べ始める。

 うっすらとドレッシングがかかっており、食べやすい味だった。


 続いて、パンをちぎってかじる。

 焼きたてだったようで、指先と口の中に残っていた熱が伝わった。

 香ばしさとふっくらした柔らかさが両立されていて、美味しいパンだった。


 ベーコンエッグを口に運ぶと、こちらも調理したばかりのようで温かかった。

 冷めて固くなっていないのはありがたかった。


 最後にいくつかフルーツを食べた後、食事の手を止めた。

 この後は焼肉の準備があるので、腹八分で切り上げておこう。 


「ごちそうさまでした」


「お口に合いましたでしょうか」


「はい、もちろん」


「それはよかったです」


 アンは笑みを見せた後、片づけを始めた。

 他の作業と同じように手慣れた動きだった。


「一旦、部屋に戻ります」


「承知しました」


 俺は食事を終えて食堂を出ると客間に向かった。

 廊下を歩いて部屋の前に着いたところで誰かが立っていた。


「おはよう、マルク」


「おはようございます。何か用事でしたか?」


 それはブルームだった。

 彼の様子から何か用件があることを察した。


「おぬし宛てに荷物が届いておってな。どこに運べばいいのか確認に来たのだ」


「もしかして、市場からの食材ですか」  


「うむ、そうだ」


 客間に運んでもらっても自分で運び直さないといけないので、焼肉を調理する場所に持っていってもらった方がよさそうだ。


「これから、焼肉の準備をしたいんですけど、食材を外庭までお願いしてもいいですか?」


「それは問題ない。荷物は城の者に運ばせておく。準備をするつもりなら使ってもらう予定の場所に案内しよう」


 ブルームはそう言うと、廊下を歩き始めた。

 俺はそれについて歩いていく。


 今朝、カタリナを見に行った時とは別のところから外庭に出た。

 そこは庭園風の広い場所だった。


「ここなら問題ないだろう。植えてある木まで離れているから、燃え移る心配もない」


「それにしても、立派な庭ですね」


「ほぼ毎日、庭師が手入れしている。今は暗殺機構の影響で難しいが、以前は王様自ら剪定や草むしりをされることもあった」


「へえ、王様がやられたんですね」


 俺は素直に感心していた。

 ランス王国が平和を保ち続けているのは、王様の影響もあるのだろうか。

 実際に会ったことはないので、どんな人柄なのかは想像の域を出ない。


 二人で立ち話をしていると、一人の兵士が近くを通りがかった。

 ブルームはその兵士に近づいていった。


「荷物をここに運ぶように伝えてくる」


「はい」


 彼が手短に用件を伝えると、兵士は一礼して離れていった。


「これで問題ないだろう」


「ありがとうございます」


 食材がどこに届いているのか分からなかったので、非常に助かった。


 俺はどの辺りで焼肉をするか決めるために外庭を歩き出した。

 少し検討した後、候補の場所が決まった。


 そこは外庭の一角にテーブルと椅子が置かれた場所だった。

 近くに噴水があり、眺めがいいところが決め手になった。


「あそこでどうですかね? 近くにテーブルもあるし」


「判断はおぬしに任せるが、いいのではないか」


「それじゃあ、決定にします」


 それから、どんなふうに提供しようかと考え始めたところで、今度は別の兵士がやってきた。

 兵士の傍らには、見覚えのある鍛冶職人がいた。


「マルク様、失礼します。こちらの職人が用件があるそうです」


「おう、頼まれたやつが完成したぜ」


「あっ、どうも」


 鉄板と焼き台だけなら運べる重さのようで、鍛冶職人は布にくるんだ状態で背中に担いでいた。

 彼が地面に下ろして布をほどくと、ピカピカの鉄板と焼き台が出てきた。


「肉を焼くのに使うらしいから、仕上げの後に何回も洗ってある。まずは確認してみてくれ」


「ありがとうございます。見せてもらいますね」


 鉄板の表面は滑らかで、希望通りの厚みだった。

 焼き台も火を入れたいところに、上手い具合に空洞が空いている。


「いやー、完璧ですね。王都の職人はすごい」


「ははっ、王都の鍛冶は歴史が違うからな」

   

 鍛冶職人は誇らしげな態度を見せた。

 強がりではなく、自然ににじみ出るもののように感じられた。


「ブルーム、道具の請求も城宛てでよかったですか?」

 

「うむ、それでいい」


「そういうわけなので、支払いは城の方からもらってください」


「よしっ、分かった。それじゃあな」


 鍛冶職人は上機嫌な様子で去っていった。

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