入浴中にリリアと鉢合わせる

 部屋の中に入ると、アンが話していた通りに脱衣所があった。

 通常は複数の人数が同時に入れるようになっているようで、十人分ぐらいの服や荷物を置く場所が設けられている。


 貸し切りというのは少々気を遣うなと思いつつ、おずおずと服を脱ぎ始めた。

 

 俺は裸になったところで、大浴場の入り口に近づいた。

 木製のしっかりした扉を開くと白い湯気が流れてきた。

 脱衣所が空だったこともあり、浴室には人影が見当たらなかった。


 俺は湯船の手前でしゃがみこみ、手桶でお湯をすくってかけ湯をした。

 肌に触れるお湯はちょうどいい温かさで入りやすそうだ。


 適当に身体を流した後、湯船に足を入れて少しずつお湯に浸った。

 

「うん、これはいいな」


 温泉ではないと思うが、浸かっていると疲れが取れるような感じがした。

 それに広い湯船にいるのが自分だけというのはいい気分だった。

 

 風呂の中でくつろいでいると、脱衣所の方で人の出入りする気配がした。

 アンは貸し切りだと話していたが、誰かが入ってきたのだろうか。


 ピタピタと足音が近づいてきても、遠目には相手の姿がよく見えなかった。

 湯気が浮かんでいるので、向こうからは湯船の様子は見えないかもしれない。

 城の関係者をまじまじと見るわけもにいかず、途中で視線を外した。


 その人物が手桶で身体を流し始めたところで、ぼやけた姿が明らかになった。


「……あれ、リリア?」


「おやっ、マルク殿ですか。誰もいないと思って、これは失礼しました」


 リリアは驚いた様子でこちらを見た。

 貸し切りと聞いていた俺は彼女以上に驚いていた。


「ええと、俺が出ましょうかね……」


「いいえ、お気遣いなく」


「いやいや、気を遣いますよ」


 リリアは平気そうだったが、こちらは心中穏やかではなかった。

 若い男女が二人きりで風呂に入るというのはどうなんだろう。

 

「私は気にしませんよ?」


「ええっ、そうなんですか」


「旅の仲間であるマルク殿に裸を見られても、何とも思いません」


 リリアは強がりを言っているようには見えなかった。

 本人の同意があるとはいえ凝視するわけにもいかず、さりげなく視線を逸らす。

 ちらりと見えた白くなめらかな肌の刺激は強く、できる限り考えないようにした。

 

「では、私も入りますね」


 二人で話していると、リリアが湯船に浸かった。

 彼女がしゃがんだことで、肩から下のラインが見えづらくなって安心した。

 誰に言い訳するでもないが、見ないようにしても横目に入る距離感だった。


 少し落ちついたところで、リリアに確認しておきたいことに気づいた。

 俺は勇気を出して、恐る恐る口を開いた。


「……ここは女性用ではないですよね?」


「ふふっ、大丈夫ですよ。大浴場は一つしかないので、男女兼用です」


 リリアがおかしそうに笑った。

 何だか恥ずかしい気持ちだった。

 

「アンに貸し切りにしてもらったんですけど、ここを使う人は少ないんですかね」


「この時間帯に入る人はほとんどいないと思います。一緒に入浴したのはマルク殿が初めてです。今日もそうですが、私は剣の修練を終えてから汗を流すために入っています。ちなみに、今回は伝達が入れ違いになってしまったようです」


「なるほど……城の警護もあるのに、鍛錬を怠らないんですね」


「はい。腕が鈍ることは避けたいですから」


 リリアの言葉はまっすぐで力強かった。

 剣技にストイックなことが強さの理由の一つなのだろう。


 風呂に入ったまま自然に会話をしているが、リリアと入浴していることが気にならないわけではなかった。

 なるべく、彼女の方を見ないようにして、目線を逸らしている。


 リリアに何と返そうか考えていると、身体が火照っていることに気づいた。

 そろそろ湯船を出て、全身を洗うとしよう。


 俺は立ち上がって、洗い場に向かおうとした。

 すると、急に立ちくらみを起こしたように視界が揺らいだ。


「――おっと」


「あっ、マルク殿!」


 足元がおぼつかない状態になったところで、リリアが素早い動作で支えてくれた。


「あ、ありがとうございます」


「いえ、あちらに椅子があるので、まずは座りましょう」


 湯船の外に木製の長椅子があった。

 リリアに支えられて、ゆっくりとそこに移動する。


「すみません。助けてもらっちゃって」


「遠慮しないでください。困った時はお互い様です」


 リリアは優しげな声で言った。

 やはり、彼女は人間ができていると思った。


「さあ、ゆっくり座ってください」


「はい」


 俺が椅子に腰かけると、隣にリリアも腰を下ろして身体を支えてくれた。

 立ちくらみが軽くなったところで、彼女の柔らかな肌に意識が向いた。

 

「……あっ、そろそろ大丈夫です」


「そうですか。無理をなさらないでくださいね」


 リリアはゆっくりと身体を離した。

 何となく名残り惜しい気がしたが、彼女の善意に下心を持つようなことはしたくなかった。


「裸かと思ったら、湯浴み着を着ていたんですね」


 俺はそう発言してから、微妙なことを言ってしまったと気づいた。

 湯にのぼせた影響で、頭の回転がおかしなことになっていた。


「人の出入りが少ないとはいえ、誰が入っているか分かりませんから」


「俺は男だからいいですけど、女性はそうですよね」


 こちらが笑みを浮かべると、リリアも微笑みを返してくれた。

 俺になら裸を見られても問題ないと話していたが、社交辞令かもしれないので、それは忘れることにしておいた。

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