来客用の食事

 椅子に腰かけてしばらくすると、メイドのような格好の女がやってきた。

 年齢は十代後半から二十代前半ぐらいに見える。

 おそらく、城内で食事や身の回りの世話を担当しているのだろう。


「マルク様、失礼します。お食事の準備ができましたので、ご案内に参りました」


「あっ、ありがとうございます。すぐに行きます」


 俺が椅子から立ち上がると、彼女はゆっくりと歩き出した。

 後ろに続いて足を運び、食事を取るための場所に向かう。


 メイドのような女はスムーズな動きで廊下を進んでいた。

 歩き慣れているようで足取りに迷いが見られない。


 滞在用に用意された部屋から少し歩いた先に食堂があった。

 彼女はそこへと入るように案内した。


「お好きな席へどうぞ。間もなく、料理をお持ちします」


「はい、お願いします」


 彼女は洗練された動作でお辞儀をして、どこかへ立ち去った。

 本物のメイドがいるとしたら、こんな感じなのだろうと思った。


「それにしても好きな席か、このテーブルは長いな……」


 来客が多い時もあるようで、横長のテーブルに椅子が十脚ほど置かれていた。 

 一人で端に座るのも寂しい気がして、真ん中の席に腰かけた。


 椅子に座って待っていると、先ほどの女が料理を運んできた。

 彼女は大きなトレーを両手で持っており、その上に料理が何皿か乗っている。


「順番に料理を置かせて頂きますね」


「ええ、どうぞ」


 彼女はトレーをテーブルの上に置くと、俺の正面に料理を並べ始めた。

 見た目は若そうに見えるが、給仕歴は長いようで、手慣れた動きをしている。


「本日の料理ですが、こちらが前菜のサラダ。続いて主菜の鶏肉のソテー。デザートはサツマイモのタルトです。パンのおかわりは可能ですので、必要な時はお声がけください」


「どれも美味しそうですね」


「ありがとうございます。普段はスープも出るのですが、諸事情で……」


 女はどこか言い淀むような様子だった。

 スープ自体は材料も調理工程も複雑ではないはずだが、それ以外に理由があるとすれば……。


「もしかして、暗殺機構のことが関係してますか?」


「はっ、お客様は近況をご存じなのですね」


「マルクと呼んでください。ええまあ、だいたいのことはブルームさんから聞きました」


「お客様を呼び捨てにはできないので、マルク様とお呼びします。状況をご存じであれば、隠し立てするのは非礼にあたりますね」


 女は恐縮したような表情を見せた。

 そこまで深刻なことではないので、彼女をフォローしておきたい。


「全然、大丈夫ですから。よかったら、スープの件を聞かせてください」


「はい、かしこまりました。他の料理に比べて毒物の混入が容易なため、王族の方々を筆頭に兵士の食事にもスープは出さないことになりました」


 女は戸惑いの浮かぶ顔を見せた。

 そんなところに影響があったのは意外だが、誰も見ていないところでスープに毒を入れたとしても判別しにくいはずだ。


「毒見をするにしても、飲んだ人が無事で済むわけではないですからね」


「はい、そうなのです。最初は毒見の話も出たのですが、王様が誰かを犠牲にするやり方は禁ずるとおっしゃいました」


 平和な時代が続くと、王政が腐敗する可能性もありそうだが、ランスの王様はまともな人のようだ。

   

「あっ、長話を失礼しました。料理が冷めてしまうので、お召し上がりください」


「いやいや、いいですよ。俺が聞きたかっただけなので」


「マルク様はお優しいのですね。わたくしは室内に控えておりますので、何かご用の際はお呼びください」


 女は柔らかな笑みを浮かべた後、一礼して部屋の隅に移動した。

 俺と彼女しか部屋にいないので、食べるのに少しは気を遣うが、食事を始めるとしよう。


 俺はテーブルに置かれたフォークを手に取り、サラダを食べ始めた。


 新鮮な野菜が使われており、みずみずしい食感が口の中に広がる。

 ドレッシングは色んな素材を混ぜているようで、複雑な味わいだった。

 オリーブオイルのような油をベースにして、何かの酢と香辛料を組み合わせているように感じた。


 市場を歩いて空腹になったようで、わりとすぐにサラダを食べ終わった。

 テーブルに置かれたロールパンをちぎって、いくつか口に運んだ。

 パンは焼きたてで、なかなかの味だった。


 続いて、鶏肉のソテーに手を伸ばす。

 皿を目の前に引いて、じっと眺めてみた。

 きれいな焼き目と飴色のソースが食欲をそそる。 


 今度はフォークとナイフの両方を手に取った。

 早速、ナイフを入れてみると、身に弾力があった。

 このソテーにはむね肉が使われているようだ。


 切り分けたうちの一つをフォークに刺して、ゆっくりと口に運ぶ。

 焼き加減が絶妙で、固すぎないのに火はしっかり通っていた。

 噛めば噛むほどにソースと肉汁の旨味を感じる。


 ジェイクはバラムにいるわけだが、それ以外の料理人も腕利きのようだ。

 このソテーは簡単に真似できないような料理だと感じた。


 ソテーとパンを交互に食べていると、だいぶお腹が膨れてきた。

 食べ終わる頃には、デザートのタイミングになっていた。


 俺はソテーの皿を横に動かして、デザートの皿を手前に引き寄せた。

 デザートのサツマイモのタルトはホールサイズで作られたようで、切り分けられたうちの一つが皿に乗っている。 

 

 他の料理の味を考えたら、このタルトもさぞかし美味しいのだろう。

 俺はデザート用の小ぶりのフォークを手に取り、タルトを食べ始めた。


「……おやっ」


 予想外の味がして、思わず声が漏れた。

 肩すかしを食らうように、甘さがずいぶん控えめだった。


「何かございましたか?」


「いえ、何でもありません。ご心配なく」


「承知しました」


 室内に控えていた女が近づいてきたが、すぐに戻っていった。


 サツマイモのタルトだけはオチ担当のような味だった。

 全体的なクオリティは悪くないのだが、使われているイモが甘くないようで、タルト自体の甘さも控えめすぎる。

 とはいえ、食べているうちにこれはこれでありかもと思い始めて、気づけば完食していた。

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