王都からの訪問者

 仕込みはすでに完了しているので、鉄板と焼き台の準備を進めていく。

 鉄板に汚れや洗い残しがないかを確認して、サスペンド・フレイムを焼き台の中に点火した。


「燃料の仕組みが謎だったが、そういうことだったのか」


「冒険者や魔法使いでなければ、日常的に魔法を使うことは少ないですよね」


「その通りで、料理人が魔法を学ぶことはない。少なくとも、オレの周りではほとんどいなかった」


 ジェイクに流れを説明しながら、一つずつ準備を完了させる。

 開店当初はテーブルは二つだったが、途中で増設したので現在は三つある。

 俺が作業していると、ジェイクは真剣な眼差しで学ぼうとしていた。

 

 三席分の準備を終える頃、昼時に差しかかった。

 通りには昼休みに入ったと思われる人が歩き、先ほどより活気が増している。


「こんちはー。今日は開いてる?」


 バラムの町中にある工房で働く職人がやってきた。

 彼は常連の一人だった。


「いらっしゃいませ。開いてますよ。ちょくちょく休業してしまって、すみません」


「そんなこと気にしなくていいから、なるべく長く続けてよ。焼肉は楽しみの一つだから」


「いやー、ありがとうございます。こちらの席へどうぞ」


「はいはい」


 職人の男は案内した席に腰を下ろした。


「今日はロース肉と野菜をタレで食べる感じですけど」


「オッケー、それを持ってきてちょうだい」


「はい、少々お待ちください」


 俺は調理場に戻ると、すでに切り分けてある肉と野菜を皿に乗せた。


「何か手伝うことは?」


「食器とタレをお願いします」


「承知した」


 ジェイクは細かい指示をしなくても、やるべきことを理解しているようだった。

 俺がお客の席に食材の乗った皿を運ぶと、必要なものを持ってきてくれた。


「おおー、来たねー。……あれ、今日の肉はどうしたの?」


「問題ないと思いますけど、何かありましたか?」 


「いや、肉の切り方がいつもと違うなって。測りで均等に揃えたみたいに同じ大きさだよ」


「あぁ、なるほど」


 俺はお客の言葉に納得した。

 念のため、説明しておいた方がいいだろう。


「彼はうちで見習いを始めたところで、その肉は彼が切りました。王都の料理人だったそうで、技術がすごいんですよ」


「おっ、そういうことか」


「何か至らぬ点があれば言ってほしい」


「……うん。分かった」


 ジェイクはお客に声をかけたのだが、強面なことが影響したように見えた。

 そこまで会話は弾まなかった。


 ひとしきり会話が済んだ後、そのお客は肉と野菜を鉄板に乗せ始めた。

 すでに鉄板に熱が通っているので、肉の焼ける音と匂いが周囲に広がる。


「だいたいこんな感じで少しずつ、席が埋まります。三つともテーブルが埋まった時に新しいお客が来た時は待ってもらうか、日を改めてもらっています」


「ふむっ、そういったかたちを取っているのか」


「もう一つテーブルを増やしてもいいんですけど、手が回らない時が出てきそうで」  


 そんな感じでジェイクと話していると、立派な身なりの男がやってきた。


「いらっしゃいませ」


「ジェイク! 本当にこんなところまで来ていたのか」


 新しいお客かと思いきや、男はジェイクに声をかけた。


「……マルク、あの人は城の関係者だ」


「もしかして、君を探しに来たってこと?」


「おそらく、そうだな」


 ジェイクは戸惑いの色を浮かべていたが、男の方へと近づいていった。


「ブルーム殿。心配させないために書き置きをしただけで、探してもらうようなつもりはなかった」


「おいおい、そんなことを言わないでくれないか。大臣がそなたの料理を待ちわびているというのに」


「オレの代わりはいくらでもいるはず。王都には腕利きの料理人がたくさんいる」


 二人の様子から、部外者には分からない複雑な事情があるようだ。

 ただ、ここで言っておかなければならないことが一つだけあった。


「食事中の方がいるので、言い合いがしたいなら、よそでお願いします」


 せっかく来てくれたお客に、迷惑はかけたくなかった。

 俺の言葉にブルームと呼ばれた男は苛立ちを露わにした。


「貴様は何だ? 関係ない者は引っこんでおれ」


「彼はオレの師匠だ。無礼な真似はやめて頂きたい」


 ブルームが俺に絡んできそうなところで、ジェイクがそれを阻んだ。

 

 少しの間、緊迫した空気を感じたが、ブルームが沈黙を破るように口を開いた。


「……突然現れて、興奮してしまったことを詫びたい」


「はぁっ……」


 急変した彼の振る舞いに戸惑いを感じた。

 先ほどまでの偉そうな態度は見る影もない。


「そこの男性が食べている料理。あれは何と?」


「焼肉です。熱した鉄板に肉を乗せて焼く料理」


「ほう、ヤキニク」


 ブルームは食事中のお客を観察するように見た。

 職人の男はブルームの視線に気づくと、こっち見んなと言わんばかりに手を大きく払った。


「これは失礼。それにしても、興味深い料理だ」


「よかったら、食べてみますか?」


「よいのか」


「ええ、全然かまいません。ただ、お口に合ったら、支払いをお願いします」


「うむっ、いいだろう」


 ブルームは行儀よく席に腰を下ろすと、背筋をまっすぐに伸ばしてこちらを見た。


「それでは、早速出してくれたまえ」


「はい、少々お待ちを。ジェイクも手伝ってください」


「承知した」


 急な出来事だが、ジェイクを探しにきた男に焼肉を振る舞うことになった。

 彼の口に合うことを願うばかりだ。

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