ジェイクの腕前

 翌朝。開店準備のために店に向かうと、すでにジェイクがいた。


「おはようございます。約束の時間より早いですね。もう少しゆっくりでも大丈夫ですよ」


「弟子にしてもらった以上、これぐらいの時間に来るのは当然じゃないのか」


「うちは堅苦しい店ではないので、そんなに気合いを入れなくても大丈夫ですよ」


「なるほど、そういうものなのか」


 ジェイクはどちらかというと強面(こわもて)な雰囲気だが、素直なところがあるように感じられた。


「とりあえず、店の周りを掃除するので、手伝ってもらってもいいですか」


「承知した」


 そういうつもりはないものの、師弟関係みたいな雰囲気になっている気がした。

 なるべく、気楽にやれたらいいのだが、彼の好きにさせることにしよう。


 俺は店の中からほうきを持ってくると、ジェイクに手渡した。


「落ち葉を掃き集めて、一つの場所に寄せておいてください」


「分かった。任せてくれ」


 ジェイクはほうきを手にすると、素早い動きで掃除を始めた。


 ひとまず、彼に掃き掃除は任せて、俺は別のことをするとしよう。

 

 お客が食事をするテーブル周りにも落ち葉があったので、それを拾いながら、焼き台の状態を確認する。

 まだまだ使えそうな雰囲気だが、それなりに使用感が出ている気がした。


 他に汚れやゴミがないかを確かめた後、ジェイクの様子を見に戻った。


「……だいたいこんなところか」


「す、すごい。この短時間でここまで」


 ジェイクは意外に人間ができているようで、店の前だけでなく、通りのゴミも掃き集めたようだった。

 ゴミや落ち葉をゴミ箱に捨ててから、ジェイクに声をかけた。


「それじゃあ、仕込みに入りましょうか」


 屋外から店内の調理場へと二人で向かう。 

 ジェイクは「仕込み」という言葉に反応したのか、唐突に目が輝いた気がした。

 

「今日はうちで出すことが多い、牛のロース肉を出そうと思います。これは市場の精肉店から仕入れたものです」


 簡易冷蔵庫から肉の塊を取り出して、まな板の上に乗せる。

 牛のバラ肉を使うこともあるが、一番多いのはロース肉だった。


「なかなかいい肉だ。脂肪と赤みのバランスが取れている」


「この町の近くにある牧場の肉牛みたいですよ」


「調理法が簡素な分、肉の質に味が左右されるということか」


 ジェイクはじっくりと理解するように何度か頷いた。


 肉の状態を見せた後、切り出す作業に入った。

 包丁を手に取り、肉に刃を乗せる。 


「――ちょっと待った。包丁の切れ味が落ちているようだ。砥石を貸してくれ」


「おおっ、気づきませんでした。これを使ってください」


 俺は砥石と包丁をジェイクに差し出した。

 ジェイクは包丁を色んな角度から眺めた後、磨き作業に入った。


「肉を切ることが多いと肉の脂で切れ味が落ちやすい。なるべく、定期的に研いだ方がいいだろう」


「いやー、そこまで気にしてなかったです」


 ジェイクは職人のように手慣れた動作で作業を進めている。

 集中しているようなので、口を出さずに待つことにした。

 

 静かな調理場に包丁を磨く音が響く。

 何もしないでいるのは手持ち無沙汰だったので、壺に入ったタレの様子を確かめたり、今日のメニューを考えたりして、包丁が仕上がるのを待った。


「――よしっ、できた」


 しばらくして、ジェイクが声を上げた。

 

「お疲れ様でした」


「切れ味がどうか確認してくれ」


 その手に握られた包丁は同じものとは思えないほど、刃が輝いていた。

 ジェイクは偉そうにすることはなく、確信と落ちつきを感じさせる態度だった。


「では、早速」


 俺は磨き終わった包丁を受け取り、切ろうとしていた肉に刃を添えた。

 いつものように切ろうすると、あっさりと刃が通った。


「これはすごい。研いだだけでこんなに変わるんですね」


「その包丁は元々の切れ味がいいみたいだから、しっかり研げば相当切れるはずだ」


 ジェイクの意見を聞いて、改めて自分の包丁を確かめる。

 開店祝いに冒険者仲間から受け取ったものだが、たしかに最初の頃は鋭い切れ味に驚いた記憶があった。


「そういえば、王都はバラムよりも食文化が発展していそうですけど、肉料理はどんなものがありますか?」


「基本的には、そこまで大きく違わない。串焼きや丸焼き、それ以外は煮込みぐらいだ」


「肉を切ることはあんまりなかったですか?」


 俺はジェイクの技術に興味が湧いていた。


「魚を捌くことの方が多かったが、肉を切ることもあった」


「俺は切り方が我流なので、ジェイクのやり方を見せてもらっても?」


「ああっ、分かった。大きさは焼肉を想定したものでいいか」


「ええ、それで」


 話が終わると、俺はジェイクに包丁を手渡した。

 彼は真剣な表情で肉を切り始めた。


 ジェイクの動きから迷いを感じることはなく、彼の自信と集中力に驚かされた。

 包丁の切れ味がよいこともあり、次々に肉を切り分けていく。


 ジェイクの技術がどれほどのものか知りたかったが、想像以上に優れた腕前を持っていることが分かった。

 彼の手が止まると、等間隔で長方形に切られた牛肉が並んでいた。 


「うーん、やりますね」


「見習いの頃を含めて包丁を握る時間は長かったから、この程度なら難しくはない」


 ジェイクは淡々とした表情で言った。


「これなら、店で出しても問題ないので、今日はこれでいきましょうか」


「いきなりいいのか?」


「俺が切るよりも上手なので、全然いいと思いますよ」


 今日は定番のタレを出そうと思っていたので、ちょうどいい肉の大きさだった。

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