真相解明に向けたマルクの奔走

「オークを殺すのが仕事か……」


 イリアの言葉が頭の中で響いていた。


 ギルドでも定期的に討伐依頼は出るが、モンスターを根絶やしにするような指示が出ることはない。

 基本的な考え方として、「対象のモンスターを討伐の後(のち)、安全かつ速やかに帰還すべし」というものだった。


 イリアの様子を見た限りでは明確な殺意が感じられた。

 モンスターに負の感情を持っているようには見えなかったので、言葉通り、「仕事」にしているということなのだろうか。


「――マルクさん、大丈夫ですか?」


「あ、ああっ、大丈夫」


 エスカは心配そうな顔でこちらを見ていた。

 

 伝えるつもりだった内容が、オークとイリアの出現で途切れてしまった。

 何となく気まずさを感じながら、俺はエスカと来た道を引き返した。

 

「温泉も入りましたし、美味しいご飯も食べれたので、あとは帰るだけですね」


 村の中ほどに戻ったところで、エスカが口を開いた。

 彼女の声音は自然なもので、俺への疑念がないことに後ろめたさを覚えた。

 

 このまま帰ることもできるのだが、イリアの件も含めて、何が起きているのかを知りたい気持ちがくずぶっていた。


「さっきのこと、気になりますよね」


「……まさか、エスカも?」


「マルクさんが何かを調べたい時の顔だったので、お供したいなと思ったり」


 エスカは好奇心に満ちたような表情だった。


「今の俺は冒険者でも……ましてや、ギルドの依頼でもないのに」


「遠慮しないでくださいよ。わたしに依頼の進め方を教えてくれたのはマルクさんじゃないですか」


 エスカは明るい表情をしていた。

 俺が伝えられずにいたことも察している気がするが、それでも信じようとしてくれているように感じられた。


「それじゃあ、調べるとするか」


「はいっ!」


 俺が踵を返すと、エスカもそれに続いた。

 二人で村内を歩いて、組合の建物の前に到着した。


 小規模な民家が大半を占める村にあって、この建物は目立つ大きさだったので、近くを通った時に場所を把握していた。

 温泉の経営で儲けているようで、先進的な外観の木造建築だった。


「……さて、来てみたものの、何から調べたものか」


「ママ、マルク氏、何しにエバンへ!?」


 途方に暮れかけたところで、見覚えのある顔がやってきた。


「あれっ、ジエルじゃないか」


「ひぃっ、久しぶりですね」


 元々、挙動不審なところがある男だが、今日は輪をかけてひどかった。


 ジエルは村長の一人息子という立場のため、村長の「男を見せろ」という根性論の犠牲となった結果、ギルドの冒険者とモンスターを追い払う役目を強制された。 

 そんな彼が気の毒で、ゴブリンやオークから何度か命を助けたことがある。


 恩を着せるのは好きではないが、彼なら言うことを聞いてくれそうだった。


「なあ、ギルドへの依頼は途切れたのに、温泉の開発が成功したのは何があったんだ?」


「な、何のことでしょうねえ。僕は何にも知らないなあ」


 ジエルは首を横にひねって、回答を拒否しようとしている。

 明らかに不審な動きだった。


「もしかして、命の恩人に嘘をつくのか? 村長の後継者たる者が」


「そ、それは…………ちょっとこちらに」


「エスカ、少し待っていて」


「はい」


 ジエルはおどおどした様子で、組合の中へと案内した。

 受付には女が座っていたが、そこを素通りして、応接室と書かれた部屋に入った。


「そ、そちらへどうぞ」


 彼は着席を促した後、本人も腰を下ろした。

 

「失礼します」


 ドアがノックされた後、受付の女がお茶を持ってきた。

 彼女は慣れた手つきでカップを置くと、すぐに部屋を出た。


「さて、続きを聞かせてもらおうか」


「もうっ、僕から聞いたなんて言わないでくださいよ」


 ジエルは泣き出しそうな声で言った。


「ああっ、分かったから」


「頼みますよう」


 ジエルは何かを覚悟するような表情を見せた後、話を始めた。


「マルクさんたちが撤退した後、モンスターがどうにもならないから、温泉の候補地を放棄しようという話になったんです」


「そこまでは知っている。続きは」


「それでも、お父さん……村長は温泉の出る量が多いから諦めきれなくて、遠方の親せきからお金を借りて、用心棒を雇ったんです」


「なるほど、それがイリアだったというわけか。彼女はどういった経緯で?」


 ジエルは、こちらがイリアのことを知らないと思っていたようで、彼女の名前が出ると目を白黒させた。


「……あ、あの少女は隣国ベルンの暗殺機構の剣士です。村長が金策に奔走したおかげで、雇われた彼女がモンスターを片っぱしから斬り捨てたわけです」


「ちょっと待った。暗殺機構だって? 実在するのか」


 その存在は噂でしか耳にしたことがなかった。 

 かつて、戦乱の続いた時代の負の遺産と聞いている。

   

「あそこに頼むと法外な報酬が必要みたいで……村長の伝手(つて)だと」


 ふと、ジエルの怯えようが普通ではないことに気づいた。

 

 ――彼は何をそこまで不安に感じている?


 その瞳の向こうに何があるのかを理解した瞬間、背中に冷たいものが走った。


「――ジエルさん。暗殺機構の話はしないでほしいかな」


 音も気配もなく、イリアが室内で佇んでいた。


「ぼ、ぼっ、僕は悪くないです」


 ジエルはテーブルの上で頭を抱えて、がたがたと震えていた。


 咄嗟に身構えたものの、武器のない状況では圧倒的に不利だった。

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