海辺の町への招待

 俺とエスカは長老の頼みを受けて、それぞれの役割をこなすことになった。


 焼肉に近い調理法については、エスカが解体した残りの豚肉を使いながら、簡単で再現しやすい料理を教えた。

 長老の要望ということもあってか、料理番のゴブリンは素直に覚えてくれた。


 ゴブリンに調理法を教えてからキャンプの中心に戻ると、解体の仕方を教え終えたエスカも戻ってきたところだった。


「そっちの望みは叶えたから、元いた場所に帰ってくれよ」


「うむっ、承知した。数日もあれば、撤収は完了するじゃろう」


 長老はハンクの呼びかけを受け入れた。

 これで、今回の件は解決するだろう。


 俺たちは荷物を撤収して、シルバーゴブリンのキャンプを後にした。

 

 帰り道はハンクに先導してもらいつつ、各々でホーリーライトを唱えた。

 もう、シルバーゴブリンは敵ではないので、夜の森を明るくしても危険ではない。


 野営地に到着すると篝火が立てられて、冒険者たちは警戒態勢だった。


「エスカ、無事だったのね」


 エリルはエスカに駆け寄ると、がっちりと抱きしめた。

 それに続いて、他の冒険者たちも集まった。


「……逃げてしまって、ごめんなさい」


 冒険者の一人が申し訳なさそうに頭を下げた。

 その言葉から、エスカと偵察をしていた冒険者だろう。


「ううん、わたしは大丈夫だから、気にしないで――」


「仲間を置いてくのは冒険者失格だ。二度とすんなよ」


 エスカは明るく振る舞っていたが、ハンクが真面目な様子で言った。

 

「は、はい。もうしません……」


「シルバーゴブリンを侮らなかった点は将来性がある。まあ、頑張れよ」


 ハンクは少年のように見える冒険者の頭をそっと撫でた。

 その冒険者は、無双のハンクと話せて光栄ですと言って、その場を離れた。


 冒険者を引退した俺が見ても、微笑ましい光景だった。

 そんなこともありながら、野営地の夜は更けていった。




 翌日。近くの沢で顔を洗い、朝食は冒険者たちに分けてもらった。

 森がすぐ側にあることもあり、すがすがしい朝だった。


 俺とハンクは乗ってきた馬で戻り、エスカはギルドの馬車で戻ることになった。

 冒険者たちに別れを告げて、二人で来た道を引き返した。


 野営地を離れてしばらくすると、目の前には広大な草原が広がっていた。

 来た時は必死で気づかなかったものの、大地に抱かれるように壮大な光景で、空の青と草原の緑のコントラストが美しい。


 俺たちの馬は草原の間を伸びる街道を走り続けた。

 馬を休ませながら移動するうちに、昼過ぎにはバラムの町に着いた。

 

 ギルドの係留場で職員に馬を返してから、ハンクと二人で俺の店に向かった。


「……あれっ、誰もいない」


 丸一日近く経過しているわけだが、アデルの姿はなかった。


「七色ブドウの仕分けは済んでるみたいだな」


 ハンクが示した容器を見ると、七色ブドウが色別に分けられて、余分な枝やゴミが取り除かれていた。 


「どこに行ったんですかね」


「おれもよく分からんが……」


 二人で探すうちに店の机の上に何かが置かれているのを発見した。


「これは……」


 普通の封筒のように見えるが、備えつけられた宝石から魔力の気配を感じる。


「こいつはコードだな。魔法を暗号化した鍵みたいなものだ」


 ハンクはそう言った後、封筒を手に取った。

 封筒の宝石はアデルの髪のような赤い輝きだったが、彼が触れてしばらくすると、その光が失われた。


「――よしっ、解錠成功」


「なんか、すごい仕組みですね」  


「高位の魔法使いが秘伝を守るのに使ったりするもんだ。アデルはおれに開けさせるつもりだったんだろうな」


 ハンクが封を開けると、中から一枚の便箋が出てきた。


「なになに……海鮮料理が食べたくなったので、ガルフールに行きます。よかったら、皆さんも来てください」


「この流れで、ずいぶん大胆な行動ですね」


「まだ、ワインの工程は残ってるよな」


 俺とハンクは互いの顔を見合わせて笑った。


 興味本位で封筒を手に取ると、思いのほか重みを感じた。

 その中身を机に広げてみたら、金貨が十枚ほど出てきた。


「さらっと大金を置いてきましたね」


「そうか、これが鍵をかけた理由か」

 

 俺は金貨にドキドキしたが、現金持たない派のハンクは興味なさげだった。


「おれは行ったことがあるから、ワイン作りを進めるぞ」


「一人で行くのもなんだし、エスカ辺りを誘いましょうかね」


「いいんじゃないか。海鮮が美味いから、何か土産を頼む」


 ハンクは親指を立てて、満面の笑みを浮かべていた。



 

 急遽決まったガルフール行きだが、店を連日閉めていたので、数日間は営業してから行くことにした。

 次の定休日が来るまでの間、ハンクは店の奥でワイン作りを進めていた。


 色々な準備が整った後、ガルフールへ行く日を迎えた。

 野営地からバラムに戻ったエスカには声をかけてあり、馬車乗り場で待ち合わせることになっている。


 出発前に店の様子を確認して、ワイン職人なりかけのハンクに挨拶を済ませると、その場を後にした。

 店を離れて少し歩いたところで、見覚えのある人影が道の向こうから歩いてきた。


 水色の長い髪と軽やかな身のこなし、携えた長槍――Bランク冒険者のフランだ。 


「あら、店主。お姉さまはどこですの?」


「もしかして、アデルに会いに」


「ギルドの休みができたところで、会いにきましたの」

 

「アデルはガルフールにいるみたいで、今から行きますけど、一緒に行きますか?」


「ええ、もちろん!」


「これから馬車に乗るので、ついてきてください」


 予定にはなかったものの、フランが合流した。

 俺は彼女と共に馬車乗り場へ向かった。

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