エマノン
星
第1話
あなたが私のアパートに泊まりに来るのが常だった。
あなたはインターホンを鳴らさない。必ず私のアパートのドアを二回ノックして私に到着を知らせる。
私がアパートのドアを開けるとあなたは疲れているとも感情を押し殺しているとも、または何も考えておらず中身は機械なのではないかとも読み取れる無表情に近い微妙な顔をしながら、なるべく軽く「うす」とか「ちっす」のような挨拶をする。
同じ部活の同輩に向けるような挨拶。無表情のような顔のまま。
自分たちが軽やかで爽やかな付き合いであることを声だけで表現する。
私も同じく部活の同輩であるような軽やかで爽やかな挨拶を返すが、私は学生時代に部活に入っていたことがないので本当のところ私の挨拶の発声が正しいのかはわからないし、それであなたが正しいやり方を教えてくれたり指摘してくれるわけではない。
アパートの部屋へ通すとあなたはまず部屋へ荷物を置いて、それから1日の仕事でのストレスと身体的疲労を癒すため(または私の部屋へ来るという大仕事を一つ片付けたための区切りとして)ポケットから煙草を取り出し、換気扇の下へと向かう。
私は当然のように付いていき、そしてあなたと私は揃って煙草を吸う。
あなたはショートピースを吸っており、私はメビウスの三ミリを吸っている。
以前までは長年アメリカンスピリットを愛飲していたのだが、去年の夏、姉妹会社の工場があるベトナムへ一週間出張した際に現地でメビウスしか手に入らず、滞在中はそればかりを吸っていた。
帰国後コンビニでアメリカンスピリットを購入して吸ってみたら驚くほど不味く感じ、それ以来メビウスしか吸えなくなっている。
あなたがなぜショートピースを吸っているのかという理由を、私は聞いたことがない。いつでも質問できると思っていて、質問せずにここまでやってきた。
あなたがいつから、そしてなぜ煙草を吸っているのかも知らない。
出会ったときに「煙草を吸っているのが意外だと言われる」というお互いの共通点を発見していた。
ショートピースの、くすんだ黄金とネイビーのシックな組み合わせはあなたによく似合っていた。
私はタバコを吸いながら、小学生が家に帰ってきて今日学校であったことを母親に話すように、あなたに話したいことを聞いてもらったり、抱きついてまとわりついたりする。あなたはどんな話でも相槌を打ち、笑い、よく聞いてくれる。
煙草を吸い終えると寝室へ戻る。私は肺活量が多いのか先に吸い終わることが多く、大抵あなたが吸い終わるのを待ってから一緒に寝室へ戻る(いつか知り合いの年下の男性が「女性の方が煙草を吸い終えるのが早い」と言っていた)。
私のベッドに二人並んで腰をかけ、小さな木製のスツールをテーブルがわりにして二人でビールを開ける。ビールはあなたに買ってきてもらったもので、私が家で用意していることはない。(私のアパートには冷蔵庫がない。)
そして明日には何を話したかも忘れているような、その日思いついた他愛のない戯言を披露し、それでお互いを笑わせ合ったりする。
ユーチューブでコントやモノマネを見ることもある。私が面白いと思った動画を見せることもあるし、あなたが昔から好きな落語や漫才のネタを教えてくれたりすることもある。
『スーパマリオ64』でプレイヤーが1UPキノコからひたすら逃げ続ける動画を見せられたこともあった。
そのほかにも、私は専ら、自分が興味深いと思ったことを一方的に話す。
最近は、ウィキペディアで「陰謀論」の項目を開くとその中から「陰謀論の一覧」という別項目を見ることができるという話をした。
世界の様々な陰謀論が一覧化されており、「世界秩序再構築に関する陰謀説」、「社会制度に関する陰謀論」、「文化に関する陰謀論」、「明らかとなっている陰謀」など、全十三項目に振り分けられた陰謀を観覧することができるのだ。
陰謀などという検証が行われているのかどうかもわからないままに人々に伝播されているだけのことを真面目にリスト化している人物がいるという事実がまず珍妙に思えた。その人物の風情を二人で想像し、何の仕事をしているのかはわからないが平日は陰謀論についてネットの海を漁り本を読み、休日にまとめて記事を書いて更新しているのではないかということで二人の意見が一致した。きっとその人物は、パソコンの前で何時間も記事を書いているに違いない。
また、類似する項目に「都市伝説一覧」というものがある。こちらは陰謀論とは違い、対象者の知識不足により普通ならあり得ないことが事実として語り継がれているもののことを指すのだという。「東京ディズニーランドに関する都市伝説」という別記事までも存在する。
私はその記事がディープなのかはたまたライトなのかの判断がつかないことをあなたに伝え、あなたはそのわからない角度で切り込むことを「斜め上」というのだと教えてくれた。
記事には載っていなかったが、私はあなたに「ディズニーランドで万引きをするとその一日マークされ、退園と同時に警備員に声をかけられて捕まる」という昔どこかで(それこそ都市伝説的に)聞いたことがある説を披露した。
東京ディズニーランドは独自の法で定められた夢の国であり、そもそも園内では万引きを含む犯罪などいっさい存在しない、そのため園を一歩出た千葉県舞浜氏の路上で逮捕される、という論法だ。あなたは笑っていたが、ありえそうだ、と言った。
あなたは逆に「風呂に入った際に背中を泡で洗わずにシャワーだけで流しておくと風邪をひかない」という私が知らない説(または自論)を展開した。
そのような話は聞いたことがないしネットで調べても出てこないと反論するとあなたはこう言った。
「グーグルがなんでも知っていると思うな。ネットには載っていないことも、この世にはまだまだ存在するんだ」
私が面白いと思うものはあなたも大抵面白がる。あなたが面白いと思う話は、私も面白い。
それが私たち二人の付き合い方だった。
エマノン 星 @McDsUSSR1st
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