第2話「良からぬ企み進行中(1)」

 酒場にて、アベルのパーティーが集まっていた。


「あ~あ、何でランクが上がらないんだ」


酒が入ると、大体この話になるので、皆うんざりしていて、

適当に、答えているが、今日はロアナが


「あの……やっぱり家事ができる人が必要じゃないでしょうか?」


するとアベルは、不機嫌になって、


「まさか、ライトを呼び戻せって言うんじゃないよな……」


と睨みつけてくる。


「いや、そうじゃないですけど……

でも、彼がいなくなってから、

私たち、止まってるような気がしませんか?」


この言葉を聞いて、みんな気まずそうにする。

他のみんなも感じているようである。


 ロアナは言う


「ライト君がいる頃は、前に進めているって、

感じがしたじゃないですか。

直ぐにでもAランクに成れるような気がした。」


だが、そうなってくると、

戦闘が出来ないライトが疎ましく感じてきた。

実際に、彼が足を引っ張った事もあった。

ただし、それはアベルの判断ミスで、本来なら戦闘に参加しないライトが、

戦闘に巻き込まれた為だが、その辺は棚上げにしている。


 とにかく、Aランクへの昇格に当たって、ライトが邪魔になると思うと、

憎たらしくなってきて、彼の追放には、みんな賛成で、

ロアナも、本気で、あのようにひどい事を言っている。


 しかし、彼を追い出して、何が変わったか、

これまで、彼がやって来たことをやらねばならなかったので、

多少不便になったがアベルたちは、これまで通りの活躍は出来た。

急に何も出来なくなると言う事は無い。ただ、何も変わらなくなってしまったのだ。

直ぐになれると思ったのに、未だにBランクのままだ。


 そうライトを追い出してから、停滞しているように、

みんな感じていた。その事はアベルもわかっていて、

でも、追い出した手前、それを認めたくなくて、ムキになったように


「じゃあ、なにか、ライトをまた呼び戻せってのか!」


と言って、机を叩いた。ロアナは、引き気味に、


「そうじゃないですよ。ただ、家事が出来て、

戦える人を仲間に入れたどうかって事で、冒険者ギルドも、

高ランクへの昇格には、そう言う家事のできる人を、

仲間に入れた方がいいって言ってるじゃないですか」


リサも、


「私もそれがいいと思う。彼と違って、家事も出来て戦える人はいるだろうから」


するとアベルは、不機嫌そうであるが、


「わかった……」


と言った。


 この場の雰囲気が、嫌なものになってしまったので、

それを吹き飛ばそうと、話題を変えようとダリルが、


「そういや、そのライトが仕えている『黒の勇者』の事だけど」

「何かわかったか?」


実はアベルはダリルに黒の勇者の事を、調べるように頼んでいた。

新参者で、短期間でAランクに成ったのが、気に入らなかったので、

弱みでも掴んでやろうと企んだせいであるが、

同時に、根本には、自分たちが追い出したライトが、

その後、自分たちよりも高ランクの冒険者と組んでいるのが、

気に食わないというのもある。

事実、同じような状況で有名な別の冒険者には、特に何も感じていない。


「全然だ、素性は判らないし、あの鎧の所為で、素顔さえ分からない」


黒の勇者は、普段から黒い鎧を身にまとい、

圧倒的な強さを持つので、そう呼ばれていて、

あくまでも、一介の冒険者で、魔王はおろか、魔族とも戦ったことは無い。


「分からないんじゃ意味ねえだろ」

「そうなんだが、あまりにも分からなさすぎるんだ。冒険者としての活躍以外の、

普段の生活とかな」

「どういうことだ?」

「奴は、普段生活はライトに任せっきりみたいなんだ。

ライトは奴の家に住み込んで家事全般を担当しているとか、それどころか

ギルドでの依頼探しや、客への応対とかも全部ライトがしてるらしい」


ここでリサが、


「それって、黒の勇者って、引きこもりって事ですか?」


と聞くと、ダリルは、


「そうなるわな、まあ奴が目覚ましい活躍をしてるから、

誰も、その事を指摘しないけどな。

もしかしたら鎧を纏っているのも、素顔を見られるのを、

恐れているからかもな」


アベルは、


「冒険者としての腕は、最強だが、普段生活は、人に頼りっぱなしってことか」


と言って意地の悪そうな笑みを浮かべた。


「奴の活動時期も、ライトを追放した時期と重なるから、

それまでは引きこもっていて、ライトと出会ったことで、

まともに動けるようになったって事だな」


とダリルは言った。


 すると、アベルは、ふと思いついたように、


「もし、ライトがいなくなったら、奴は何も出来なくなるんだよな」

「ああ、その可能性は高いな」


そして邪悪な笑みを浮かべると、


「なあ、生意気な新人に、少しお灸をすえるべきじゃないか?」


と言った。






 ある日の市場で、買い物をしている時


「こんにちは、ライト君」


と声を掛けられた。


「こんにちは、ルリちゃん」


声を掛けてきたのはルリちゃんことルリ・エイスベル。

青みがかった銀色の長い髪をしていて、赤い瞳をして、

おとなしそうな美少女。左手には僕のと似ている手甲を、

いつも着けている。


「夕食の買い物?」

「そうだけど、ルリちゃんも」

「うん」


ルリちゃんは、僕と同じく生活サポート専門の冒険者だ。

初めて、冒険者ギルドに来た時に、出会って、

お互い、よく同時期に追放されて、

ギルドにパーティーを斡旋してもらうときに、

一緒になることが多くて、それが切っ掛けで親しくなった。

分野も同じだから、家事の事でよく話したり、

互いの技術を磨き合ったり、

あと傷を舐め合うような関係かな。詳しい話はしたくないけど。


 ちなみに、僕がアベルさんの元を追放されて、

まもなく彼女も追放の憂き目にあって、

今は「黒の勇者」のライバルとして認識されている

「白の魔王」の従者となっている。

なお、「白の魔王」と言うのは魔王と言っても、魔族の王ではないし、

ましてや人類に敵対してるわけじゃない。

「黒の勇者」同様異名で、Aランクの冒険者、「黒の勇者」と同時期に現れて、

同じく圧倒的な力を持ち短期間でAランクになった。

身にまとっている鎧が白くて女性的な体格をしているがかなり厳つい、

特に兜が怖い。


 その見た目と、「黒の勇者」に同等の圧倒的な力を持ち、

荒々しい戦い方をするので、「魔王」と呼ばれるようになった。

なお皆はライバルと認識されているが、当人は競い合ってるつもりはない。


 さて、僕とルリちゃんは付き合ってるわけじゃないけど、

会うと、基本的に世間話をする。そしていつもの様に、

当たり障りのない話をする中、


「あのさ……」


と僕は、前々から気になっていた彼女の左手の手甲について聞こうとしたが、


「何?」


と屈託のない笑顔で返事をされると、この事に関して聞きづらくって、この日も、


「なんでもない」


と言って、話を聞けなかった。


 するとここで、


「ライト君を、見てる人いるよ」

「えっ?」

「ほらあそこ……」


僕は彼女の指さした方を見ようとすると、


「行っちゃった……」


誰かが去って行くのは見えた。直ぐに人ごみに消えたので

何者かは分からなかったけど、


「あの人、確か、ライト君の知り合いじゃなかったかな」

「知り合い?」

「前にいたパーティーの人で……」


彼女の話を聞いていいると、


「それダリルさんだ」


彼女は、アベルさんのパーティーの事は知ってるけど、

名前のを知っているのはアベルさんまでだ。


 ただ気になるのは、ダリルさんが僕を見ていた事だ。

見知った顔を見かけたから、見ていたのかもしれないけど、

だったら逃げる必要はあるのだろうか、

そもそもダリルさんは、斥候役で、情報収集もしてるから、

何かあるんじゃないかと、疑いを抱いた。

事実、ダリルさんを含めたアベルさんたちは良からぬことを、

企んでいたが、それを知るのは少し後の事だった。






 ダリルを除いたアベルたちは、活動拠点の宿にいたが、

少ししてダリルが返ってきた。


「どうだった?」

「市場で、いつも通りの買い物だった。

あと彼女と会ってたぜ」


付き合っているわけじゃないが、ダリルはルリの事を、

ライトの彼女と呼んでいる。ここでリサが


「だから、あの二人は付き合ってるわけじゃないのよ。

汚れたもの同士で仲いいだけよ」


ロアナは、


「お似合いの二人ですよね。昔は同情してましたけどね」


と二人を馬鹿にしたような言い方で言う。

ルリの話題が出ると、このようなやり取りをするのは、いつもの事。


 そしてダリルは


「とにかく、いつもどおり隙だらけって事だ」


ここで、ロアナは心配そうに、


「でも、いいのかなライト君を拉致しても、あとでバレたら……」


するとアベルは、


「拉致は、最終手段だ。最初は穏便に、昔のよしみで、

しばらく俺たちの仲間に入ってもらうのさ。

奴が立ち行かなくなったら、また追い出せばいい」


と言って邪悪な笑みを浮かべるアベル。良からぬ企みが進行しているようだった。

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