機械屋、魔王城修理します。

水森めい

機械屋、魔王に喚ばれる。

 機械屋であるディードには凄腕の自負があった。

 

 機械を見ればどの機構がどのような仕組みで動くのか理解できたし、中を開けてみればたちまち直すことができる。若くして工房を持つほどの手腕であった。

 

 彼の住む街は機械屋の集う、世界の技術の中枢を担う街だ。この世界の機械は魔法にはやや劣るものの、その手軽さから需要は高い。魔法使いでなくとも使える便利さは、庶民には人気が高いのだ。その機械の玄人ばかりが集まる街でディードの名前は轟いていたのだ。

 

 だがその名声が良い方向ばかりとは限らない。何しろ、天才肌の彼の仕事ぶりを他者が真似できないのだ。新たな職人が弟子入りしてきても、教えることができなかった。

 寧ろ研鑽を重ねることを避けていると思い込み、なぜ出来ないと叱咤することもしばしばだった。

 その所為か、まず結婚の約束を交わしていた幼馴染に逃げられた。世話になった工房の親方の娘であった為、その親方からの信用を失った。

 更に同じ工房で働く同僚が軒並み他所へ移って行った。口を揃えて「あんたとはやっていけない」と言って。

 

 それでもディードは凄腕の自負により、態度を軟化させなかった。「俺についてこれないお前たちが悪い」とまで思っていたのだ。

 

 だがとある朝状況は一変した。彼の住んでいる街に魔王の遣いが現れたのだ。

 真っ赤な髪をした遣いは街の広場に降り立ち、一人の機械屋を所望した。

 

『この街で一番腕の良い機械屋を寄越せ』

 

 皆は一斉にディードを推した。

 彼がもう少し周囲と潤滑な関係を築いていたならば、周囲の同業者に庇われることもあっただろう。もしくは、同情的な視線くらいは向けられていたかもしれない。

 だが向けられたのは厄介払いしたい者たちのそれでしかなかったのだ。

 

 かくして、ディードは魔王城へと連行されたのである。


 

          *


 

「……冗談じゃねえ」

 

 まず口をついたのは悪態だった。

 皆が自分を指名した瞬間、視界が白く染まったかと思えば禍々しい場所にいたのだ。

 魔物が闊歩し、壁は一様にとぐろを巻いたような彫刻が施されている。天井は高く、空を飛んでいる生き物までいる始末だ。屋内なのか、そうでないかすら感覚で掴めない。

 思わず、幻覚を振り払うように頭を振った。だがやはり、周囲の景色は変わらない。つまりこれは現実なのだ。

 先ほど起きた出来事を反芻してみると、周囲の半ば嘲る表情がありありと浮かぶ。奥歯を噛み締め、拳を握り、憎しみを込めて呪いの言葉を吐いた。

 

「あいつら……! 恩も忘れやがって!」

 

「仇で返されるならば、そも恩とは思われていなかったということだ」

 

 突然、ディードの頭上から声が降ってくる。見上げれば、美丈夫の大男が超然と自分を見下ろしていた。

 美しい黒い角が側頭部から二本生えている。浅黒い肌には、魔物特有の紋様が入っていた。ゆったりと玉座の肘掛けに頬杖をつき、足を組んでいる。怠惰にも見える姿勢にも関わらず、王者の風格が漂っていた。

 こちらを見ているそれが誰であるのか思い至った瞬間。

 

「ま、おう」

 

 腰が少し抜けた。

 魔王と言えば、今まさに世界を蹂躙せんとする魔物たちの王だ。子供だって知っている。

 

「正に、朕は魔の王である。其方をここに呼んだのも朕だ」

 

 魔王は超然とした態度を崩さないまま、ディードを見下ろしている。頭ひとつ分以上は上にあるその顔は、魔物らしからぬ確かな知性があった。

 上位の魔物ほど人の言葉を解し、人と変わらないかそれ以上の知性を持つと言われているのは知っていたが、本当だったのか。

 機械ばかりにかまけてそのほかの知識に自信のないディードだったが、噂だけは聞いていた。ああ、もっと別の勉強もしておけばよかった。ぼんやりと頭の隅でそんなことを考える。

 

「控えよ! 陛下の御前であるぞ、人間風情が!」

 

 声と同時に、視界が磨かれた床だけになる。鈍い痛みと共に、後頭部に鋭い爪が食い込む感触があった。皮膚は破れてはいないだろうが、痛い。

 

「いでててて、何しやがる!」

 

「挨拶ひとつ出来ぬとは、不心得者が!」

 

「よい、ルーフス」

 

 魔王が一度声を上げると、手が離れた。

 後ろを振り向くと、眉を不満そうに寄せた赤い瞳の男がいた。大きな鉤爪を持ち、真っ赤な赤い髪が目を惹く。額に鎮座する大きな一本のツノが、人間ではないことを示していた。

 その姿には見覚えがある。侮蔑するような視線にも覚えがあった。街に現れた魔物だ。

 

「陛下。人間風情に情けなぞ要りませぬぞ。

 彼奴等はすぐにつけ上がります」

 

「良いと言っているのだ」

 

 冷たい魔王の声音に、今度こそ赤い魔物は口を閉じる。その表情は不満そうではあるものの、魔王を嘲るようなものはなかった。

 そのやりとりをディードはつかまれた後頭部をさすりながら見る。

 自分に向けられた侮蔑は、人間そのものに対するものなのだのと、何となく察した。この魔物は、人間が心底嫌いなのだろう。

 赤い魔物――ルーフスは頭を垂れて謝辞を述べた。それを鷹揚に頷いて受け止める魔王。人間の方の王に会ったことはないが、王族と家臣のやりとりというものはこういうものなのかもしれない。

 魔王はぼんやりと眺めるディードに視線を戻す。慌てて居住まいを正した彼に魔王は朗々とした声で話しかけた。

 

「朕が何故其方をここへ呼んだかわかるか?」

 

「わかんねえ……いや、わかりません」

 

 崩した口調で答えようとして視線を感じ、言い直す。それで良い、というような空気が背後から漂っていた。

  

「朕の城に、三月みつきもすれば勇者が来る。

 それに備えて其方には、城の絡繰の修理をしてもらう」

 

「は?」

 

 何を言っているのか。

 何故、それを人間に頼む?

 そもそも、引き受けて自分に何の得がある?

 そんなディードの心を読んだかのように、魔王はすう、と目を細めて口を開いた。

 

「勇者が朕を倒せば、其方らも生きてはいけぬのだ」

 

 魔王の言葉に、ディードはただただ唖然とする他なかった。

 

「それは……何故ですか」

 

 胃が引き絞られるような思いをしながら、ディードはようやく疑問を口にした。魔王の死と、機械屋の死。そこに何の関連がある。

 

「その問い、尤もだ」

 

 足を組み直し、魔王は話し始めた。

 

「其方ら機械屋が機械を作るには、魔物由来の素材が必要なことは知っておるな」

 

 黙って頷く。それは、機械屋としての基本的な知識だ。

 冒険者や傭兵から素材を買取り、加工して機械を作る。

 素材は魔物の体毛から体液から様々だ。一説によれば、魔物が強ければ強いほど良い素材になるらしい。

 言ってしまえば、魔物がいなければ商売は成り立たないのだ。

 

「その魔物達は、朕の魔力によって生かされておる。

 即ち、朕が死ねば彼等も死ぬのだ。

 数多の小さな魔物、意思を持たぬ魔木や魔石に至るまで、全て消滅する」

 

 単純な話よ、と魔王が簡潔に締める。

 さも、当たり前の事象を子供に教えるが如く話しているが、それはとんでもない事実だ。

 魔物からの素材で飯の種を賄っている冒険者、それを買う機械屋は言わずもがな。魔木や魔石は魔法を使う者たちの必需品だ。

 この世界の魔法は、人間の僅かな魔力を着火剤にし、魔石の燃料で魔木を燃やすことで発動する。無ければ、魔法は使えない。

 魔法も機械もなくなれば、人間は地を這うしか生きる術がない。それらに頼り切ったツケが跳ね返ってくるのだ。

 

「知らねえ……そんなことは知らなかった!」

 

「さもありなん。これは恐らく、人間の王が秘匿している事項だろうからな」

 

「は?」


 その日、二度目の間の抜けた声が口から漏れる。

 何故隠すことがあるのか、ディードには理解が及ばなかった。そもそも、何故王は勇者を派遣したのか。魔王の死による損害を知っていれば、和平を持ちかける方が得なはずだ。

 ディードの表情で察したのか、魔王は口の端に僅かな笑みを浮かべる。その笑みにはルーフスと同じような人間に対する侮蔑が含まれていた。

 笑みを浮かべたまま、魔王は言葉を続ける。

 

「公表せぬ理由なぞ明白よ。

 彼奴等の頭には領土の拡大しかないのであろう……その先に何が待っているのか、理解しようともせず」

 

 ぞわ、と。ディードの背筋に恐怖が走る。絶対的な王者の侮蔑とは、自分の死に繋がりかねないことを肌で感じた。

 

「大方人間どもは、魔王城周辺の土地に秘密があるとでも思っているのでしょう。陛下のお言葉を信じず、隠匿のための嘘だと思っている」

 

 ルーフスが口を挟む。振り返ったディードの眼に映った彼の表情は、お前も同類だと言わんばかりの軽蔑が見てとれた。

 その言葉を、魔王は逡巡するでもなく肯定する。

 

「であろうな。でなければ、我々の進軍を捏造して勇者を寄越すなぞ、愚鈍の極みだ」

 

 そしてディードに再び視線を戻し、本題に入った。

 

「そこで其方に先程の命を出したのだ。勇者の襲撃に備える為にな。

 この城には様々な絡繰があるが、長らく作動させておらぬ故、殆どが錆び付いて動かぬ。魔界はここ百年ほど争いなぞなかったからな」

 

 ディードを喚んだ理由はそこらしい。正確には、街一番の機械屋に依頼を出した、ということだろうが。

 ちら、と背後を確認する。そして、もう一度魔王を見上げる。断られることなど、微塵も考えていない顔だ。ここで断れば、ディードの次に優秀な者がまた連れてこられるだけだろう。もちろん、ディードの命はない。

 だが命云々よりもディードを動かしたのは、だ。

 自分の腕前は疑っていない。だが、仕方なく仕事を依頼されるのではなく、純粋にディードへの以来というのは久方ぶりだった。

 

「……その依頼、引き受けます」

 

「うむ。三月みつき以内に全てを完了せよ」

 

 ディードは黙って、頭を垂れた。


 

         *


 

「貴様の寝床はここだ」

 

 ルーフスに案内されたのは、簡素な部屋だった。藁で作られたベッドにシーツ、書き物をする机と椅子。だがそこそこの日当たりはよく、不潔ではない。

 

「……てっきり、牢屋にでも入れられると思ったが」

 

「望むならそうしてやろうか」

 

 ぎろりと睨まれて、肩をすくめる。黙って首を横に振る。

 出会って半日も経っていないが、何となくこの赤い魔物の性格がわかってきた。

 生真面目で忠誠が厚く、冗談が通じない。人間は嫌いだが、すぐに殺そうとはしない。

 もし殺すなら、魔王の前で既に殺されているだろう。床に叩きつけられはしたものの、ディードには怪我すらなかった。

 

「いや、十分だ。

 で、俺はどこから手をつければいい。道具はあるのか? 素材は?」

 

 仕事をするならば、手抜きは許されない。修理が必要な場所を確認すること、必要なものがあれば揃えること。それは仕事を遂行する上での最低条件だ。

 たがその性急さはルーフスに不快感を持たせたらしい。眉間の皺がくっきりと深く刻まれた。

 

「貴様、図に乗るなよ?

 魔王様直々のご命令があるから優遇してやっているのだ。でなければ無礼な物言いをした時点で竜の餌にしている」

 

「そりゃあ……笑えねえ」

 

 これ以上口を開くと、何をされるかわからない。後は諾々と従うのみだ。

 

「貴様が直すの入り口側からだ。

 そこから順に、玉座の間までの絡繰を直してもらう」

 

 まずは城門か。守りの要だ、妥当なところだろう。頷き、話を聞く。

 

「道具や素材は、貴様の工房から部下の魔物に運ばせている。間も無く届くだろう」

 

「それは……助かる」

 

 意外な待遇だ。部屋にしろ何にしろ、魔物が人間に対する細やかな気遣いをするとは思わなかった。

 

「人間風情とはいえ、陛下の客人だ。

 他の魔物にも手を出さぬよう厳命してある」

 

「……感謝する。これから三ヶ月、よろしく頼む」

 

 必要とされる事もそうだが、ここまで気遣いをされる事も久方ぶりだ。ディードの口から、感謝の言葉が溢れる。

 ルーフスはそれに鼻を鳴らし、荷物を運ぶ魔物たちに指示を飛ばし始めた。

 それを後ろから眺めながら、ディードは独り言ちる。

 

「さて、やってやるさ。

 魔王城だろうがなんだろうが、直してやる」

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