第2話

 多くの犬士が弓槍を手にもつ中で、ウズマは弓の代わりに背中に大太刀を背負った。


「俺を差し置いて隊長、しかも、弓も持たずに手ぶらとはな。」


 ベテランというより歳だけとった中年犬士チカラヲはウズマを鼻で笑った。

 幼名犬士の役目に成人した犬士がつくのは場違いなのだが、チカラヲはトラブルメーカーであり、犬士の落ちこぼれだった。


 彼もまた槍の代わりに金棒を担いでいるが、それは弓が下手なのを隠しているのだ。対するウズマは弓も扱えたが大太刀を第一に考えるように言っていた父の言葉を胸にしていた。


 では天と地ほど差がある。



「失礼ながら、大太刀に自信がありますもので。」


「大きくでたな。どの程度の実力かは知らんが、遠くから射かけられたらどうする?打ち合う代わりにその太刀を投げるのか?」チカラヲは嫌味を言った。


「矢を切ってご覧にいれます。」


 売り言葉に買い言葉だ。ウズマは言ってから、しまったと思った。悪癖の癇癪かんしゃくをおこしかけたのだ。


「矢を切るだと?」


 無謀な響きに、チカラヲは嘲笑った。


「大太刀で力を誇示したいのか?その若さで扱えるものとも思えん。それでよく犬士を名乗ろうとしているものだな。」


「かつての狼人おおかみびとは、太刀第一だったでは御座いませんか?」


 死んだ父ギントキから一番に授かったのが、剛力の剣術であり、大太刀の使い方であった。

 大太刀持ちとしてのプライドがあった。


 一方、チカラヲはまだ子供から大人へ名前改めをしていない若いウズマが、今回の役目の長になるのが気にくわなかった。

 フジに文句を言えない手前、難癖をつけてやろうというわけである。


「確かに太刀は第一の武器よ。武士もののふたるもの太刀は誰でも腰にく。しかし、」


 チカラヲは言いながらプッと吹いた。


「背中に長い太刀は扱いに困るよなあ!」


 ウズマは言われ続けて、また短気をおこしかけた。フジの抜擢に応えねばという思いだが、我慢には限界がある。


それがしは太刀には自信がある。何なら軽く立ち会ってみるか?チカラヲ殿」


 ウズマは、実力行使に出た。


「ほう?俺とやる気か?いいだろう、こいよ坊主」


 チカラヲが、鬼が持つような金棒を構えるとウズマは背中に結わえた太刀を正面に持ってきて引き抜いた。


 周囲の注目を浴びながら、チカラヲが先にしかけた。


 この若造をこらしめてやる。あわよくば、立ち会いと称して気絶させれば俺が長代理になれる。


 チカラヲはそう思った。


 寸前で止める気のない危険な金棒の一撃を、ウズマは毛先一つでかわすと、逆に大太刀を下から切り上げるようにチカラヲに見えるような形でピタリと突きつけた。


「…ふん」


 チカラヲは手でウズマが止めた剣を振り払うと、ウズマから目をそらした。


「まぁまぁ、修練は積んどるな。どうせすぐそこまでの警護だ。お前程度の腕前でもいいだろうさ。」


 圧倒的な実力差があったが、チカラヲはあくまでも嫉妬を隠さなかった。


 すぐそこ、といっても実際は屋敷を出てから、倉のある神社モノオサメまでそれなりに遠かった。

 火事を防ぐ意味でも都からやや外れた場所にあり、高床式の立派な倉の中には海洋貿易で得た宝物などが並んでいる。


 馬に乗れるのは犬士の長である犬豪からだ。

 全員徒歩での警護だった。


 白狐の民の世話役の、文官使用人の官服を着た狸人が二人、御輿の様に琵琶の入った箱を前後に担いで持ってきた。


「これより出発する!」


 大太刀をしまったウズマの号令に、ウズマと同じ年頃の幼名犬士達から小さなオウという掛け声があって、一行はモノオサメに出発した。

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