第9話 かるしうむがたりない

「ああ、ありがとうございます。あの怪物のおかげでこの五日間というもの、私たちは家の外に出ることもできずにおりました……」


 村人を代表して村長が俺たちに頭を下げ、安堵の涙を流す。なるほど、それでは卵の出荷が出来ないのも無理はない。

 学院食堂の支配人はどうも流通業者辺りから「ココッポラから卵が来ない」というレベルの話までしか聞いていなかったようだ。これで冒険者など雇っていたら、被害がえらいところまで拡大しかねなかった。

 

「あの怪物の遺骸は確認しておかないとまずそうだが、とりあえず解決みたいだな?」


 カイトスが晴れ晴れとした顔を向けてくる――だが俺にはもう一つ、釈然としない妙な感じがぬぐえなかった。いうなれば今見ている光景の中に、何らかの違和感の源が隠れているのだ。

 

 それが何なのかを考えるには、時間と気分の切り替えが必要だと思えた。

 

「殿下。俺はちょっと村の中を見廻ってきます。その間デネブ卿と二人で、今回の顛末についてよく連中から聞いといてください」


「ん……? ああ、そうだな。別の個体がいるかもしれんし、警戒は必要か……だがもし出くわしても無理しないでくれ、あの毒は危険すぎる」


「もちろんですよ」


 そう請け合ってその場を立ち去る。何か都合よく解釈してくれたようだが、彼女が俺の身を心配してくれるのはちょっと嬉しくもあった。

 

 

(ふむ……ここの鶏は「平飼い」なんだな)


 歩きながら周囲を観察する。ここでは日本の養鶏場のように大規模なケージに過密状態で飼うのではなく、昔の農家や小学校の飼育小屋よろしく、家ごとに小屋と囲いを設けてその中で鶏を遊ばせてある。

 雄鶏の比率は当然、ミロンヌよりはるかに高い。これなら生まれる卵は有精卵が多いに違いないが――

 

「んっ?」


 卵。そう、卵なのだ。

 

(五日前から村人が外に出てないとしたら、その日以降産んだ卵は、親鳥が温めてるはずだよな……?)


 そのはずだ。鶏の生態は熟知しているし、この世界の角鶏もその辺は日本の地鶏と大差ない。しかし、さっきから見てるこの村の風景では、雌鶏も雄鶏もひたすら餌を探して地面をつついていた……!

 

 手近な民家の庭へ駆け込み、鶏小屋を覗き込む。雌鶏が産卵するための浅い巣箱があり、そこに砂やわらが敷いてある。 

 だが、卵はない。そして、たまたま目の前にいた一羽の雌鶏の行動を見て、俺の違和感と疑念は確信に変わった。

 

(自分が産んだ卵の殻を食ってる……!)


 つまり、この鶏たちは石灰分カルシウム不足なのだ。コカトリスの襲来は、単なる偶発的なアクシデントなのではないか?

 俺は踵を返して、カイトスたちのところへ駆け戻った。

 


「この一件、多分まだ終わってないです。このまま帰ると、また食堂の卵が切れるかも」


 俺のかいつまんだ報告を聞いて、デネブの顔がすうっと青ざめた。そういえばこの調査行、こいつが主導権握ってたんだったっけ。

 

「そんなことは我慢ならない! そのカル何とかというのはよく分からないが……シュバルツ君は何か対策を?」


「それは、まず村人の話をよく聞いてからですが……」


 改めて村の全景を見渡す。山三つに囲まれて水には不自由しなそうな地形だ。つまり、この土地には雨水が流れ込む――二酸化炭素を含んだ弱酸性の水だ。自然に任せれば、この土地の土壌は酸性に傾き、土壌中のカルシウムは溶けて地下水へ流失することになる。


「村長。鶏のエサは何を与えています? この辺りの雑草や虫だけ? それとも穀物を?」


 村長は首を横に振った。

 

「それだけでは鶏がすぐ卵を食べだすので……カルカンヌから魚粉を取り寄せています。ところが、最近その入荷がぷっつり途絶えまして」


 むむ。これはどうも、背景が思った以上に大きくなってきたぞ。

 

 更に話を聞いてみると、重要なことがもう一つ分かった。土地の酸性化を防ぐには、鶏糞を通じて土壌にカルシウムが還元されることが望ましいのだ。だが、ココッポラ村では鶏糞を集めて肥料として売却していたという。

 

「なるほど。結構規模の大きな交易ルートの一部になってたということだな。しかし、そうなると――」 


 カイトスがため息とともに俺とデネブを見廻した。

 

「残念ながら、今回僕たちが手を出せるのはここまでだな」


「……そういうことになりますね」


 俺はうなずいたが、デネブは納得していないようだった。

 

「何でだ!? 魚粉の代わりになる物とかを運ばせるとか、色々できるだろ?」


「できるだろうが、それは僕たち学院生の立場でやる事じゃないよ。それはお役人や商人の仕事だし、僕たちは学院にいる間、そういうことに直接手出しをしてはいけないことになってるだろう」


「あ……」


 デネブが自分の考え及ばなさに気づいてしゅんとなった。

 

 学院には様々な出自の生徒がいるが、それゆえに所属している限りは互いの平等を心掛けるのが建前。ある程度の上下があるのは仕方ないとしても、行き過ぎは戒められる。 

 富裕な貴族の子弟がその財力や権力を好き放題に行使したら、ろくなことにならないのは歴史が証明している。学院で俺たちに与えられる訓戒の筆頭は「抑制を学ぶべし」だ。


「情報を持ち帰って、あとは支配人に任せよう。僕たちは卵不足の原因を突き止めて、ついでにコカトリスを退治するっていう武勲を立てた。一日の冒険としては充分だ」

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