異世界ひよこ鑑定士~俺のスキルとあいつのXXXは国を揺るがす絶対秘密

冴吹稔

ルームメイトの秘密

第1話 バレずに通せる筈もなし

「いいか、君! 部屋の半分、このカーテンからこっちは僕の領分だ。ここはいわば神聖にして不可侵のわが封土、踏み越えたなら命はないもの、と思ってもらおう!」


 腰の剣帯からすらりと抜いた、黄金で飾られた豪奢な剣をこちらに突きつけて、我が同室者ルームメイト、バランセン公爵令息カイトス・シャマリーはその色白の細面を冷たく引き締めた。

 言っちゃなんだが、拒絶の意思をあらわにしたその顔がまた、透き通るような肌に浮かんだ血の色と相まってゾクリとするほど美しい。

 

「わ、分かった。分かったからいきなりそんなに凄まないでくれ――ください」


 言いかけたセリフが身分の差に対してかなり配慮の足りないものであったことに気づいて、俺は慌てて言い直した。

 

「……ふん。無礼な物言いだが、まあ下級貴族なりに身の程は分かってるらしいな。あと、僕が『外せ』と言ったら速やかに部屋を出ろ。その際は許可があるまで戻ってはならん」


 何でそこまで、と言いかけて言葉を飲み込む。公爵家の長子ともなれば、いろいろと気ぜわしいこともあるんだろう。分からないわけじゃない。だが、これから三年間この調子で暮らすとなると――

 

(これは、寮監に早めの部屋替えを願い出るべきかもしれないなぁ)


 ミロンヌ男爵家のしがない三男坊たる俺、シュバルツ・コールサックの王立学院での一日目は、まずはそんな風に一段落ついた。こいつはなかなか、前途多難というやつだ。


 カイトスはその後で部屋を詳しく検分し、出入り口がカーテンを隔てた俺のベッドの側にしかないことに気づいて、さらに不機嫌になった。

 部屋替えを提案してみたが、日当たりや内装の点でこの部屋は寮内で最も快適なのだ、と全く相手にされない。これはいずれこっちが折れて出ていくしかないか――そう思ったのだったが。

 


 学院での生活も三日目、そろそろ校内の施設の所在や、食堂での注文や席の確保のやり方なども飲み込めてきた、その夜。


 ――う、うーん。

 

 何やら妙な気配に目を覚ますと、カーテンの向こう側から苦しげなうめきが上がっていた。

 

(何だ……悪夢にでもうなされているのかな?)


 そう思ってもう一度毛布にもぐりこむ。だが、うめきは止む様子がなく、いつまでも続いている。さすがに心配になってベッドから抜け出し、綴れ織りの厚布越しに声をかけた。

 

「おおい、腹でも壊したのか? いい痛み止めがあるんだけど、使うなら分けてやるからさ……おい、カイトスったら」


 返事すらないのにしびれを切らし、俺はカーテンをめくった。

 

「入るぞ?」

 

 カイトスのパーテーションに踏み込む。ベッドの上でぐったりと横になった彼は、青ざめた顔色でときおり首を左右に捻っていた。


(参ったな、熱病か何かだったら寮全体ヤバいぞ……)


 体温を大まかにでも測ろうと、彼の額に手を伸ばす。触れた途端に頭の片隅でピクリと、ちょうど鳥肌が立つ感触を鼻毛一本にまとめたような独特の感覚が起きた。

 

「こ、これは」


 故郷のミロンヌ城で、生まれたてのひよこを触った時に感じたのと同じものだ。ということは――

 

 額に他人の掌が当てられているのに気が付いたか、カイトスはぱちりとまぶたを開くと、満面に怒りをにじませながら俺の手首をつかんだ。

 

「何のつもりだ、貴様……入るなと言っただろうが……」


 だが震える声はごまかしようもなくか細く、高い。何だこの、ベッタベタなトラブル展開は。  

 

「カイトス。君は……女なんだな? 『月のもの』って奴だろう、その痛みは」


「なっ」


 冷や汗を浮かべた顔がさらに青ざめ、怒りと絶望が入り混じった視線が向けられた。

 

「なぜ、それを……」


 衣装掛けに引っ掛けられた剣帯に視線を走らせ、身を起そうとする。おお、怖い怖い――体が動いてたら俺を斬るつもり満々なのだろう。

 

「止せ。こんなところで刃物沙汰を起こして見ろ、いくらでも、相応の処分は免れないぞ」


「お前……どこまでもそんな無礼な言葉遣いでよくも……」


 言いかけたところで頭が枕の上に落ちた。よほど症状が重いらしい。


「くそっ……僕の秘密……なぜ分かった。なぜだ!?」


 さて、どう説明すればいいのだろう。

 

 普通に話して受け入れてもらえるはずはないのだ。

 俺が21世紀の地球に存在した極東の島国、日本国からこの世界へやってきた転生者で、前世の職業に紐づけられた固有スキル「雌雄鑑別」を保有する元「ひよこ鑑定士」である、などという、ろくでもない事実を。

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