第1話「そのクレープは甘くなくて」
先輩にフラれてから数ヶ月が経った。私は今だに先輩への気持ちを引きずっている。
友達も励ましてくれるが、まったくと言っていいほどに上の空だった。
勉学すらもなかなか思うようにはいかない。
うちの高校は結構な進学校だし、もう少しみしめないとやばいとは思いつつも、それでもどうにもならないこの気持ちを拭い去ることができずにいた。
そんな、ある日の放課後。
先生に頼まれごとをされて帰るのが遅くなってしまった私は、一人廊下を歩いていた。
夕日が差し込んできていて、フラれた日のことを思い出してしまう。
帰り道でもあるとはいえ、フラれた空き教室の前を通らなければならないのも憂鬱だった。
先輩はもう三年生だ。受験もあるし、私が重荷になってしまったのかもしれない。
そう思うと、まだよりを戻すチャンスがあるのではないかと期待してしまう。
「……ダメダメ」
甘い希望を脳内から払拭しようと首をあえて激しくふる。と、ちょうどそんなタイミングだった。空き教室から先輩の声が聞こえてきたのは。
「本当だって」
たったそれだけが聞こえただけで、私は足を止めてしまった。
聞かなければ良かったのに、私は足を止めてしまった。
「あいつ医大目指しててさぁ」
先輩が私の話をしているのは、すぐにわかった。
「あいつの家、でっかい病院やってんだよ。で、あいつも医者になるんだってさ」
「まじかよ。え? じゃあなんでフッたのよ?」
「それがな? あいつ勉強に追いつけてないのよ。大病院の娘で将来は医者だなんて逆玉じゃん……と、最初は思ったんだけどなぁ」
「なるなる」
私はその場から動くことができなかった。聞き間違いかと思った。そうだと思いたかった。でも、現実であると突き付けるように先輩は続けた。
「うち、爺ちゃんしかいないからさ、金ないわけよ。だからまあ、あてが外れたならもういいかなって。ほかに良い娘、見つけるわ」
「おう、それがいいよ」
涙が頬をつたっていた。
ああ、本当に好きだったんだ。
そう、実感するとともに、その気持ちが自分の一方通行だったのだという事実に愕然とする。
私は、走り出していた。
今、先輩には見つかりたくない。
本気で大好きで、それで泣いてるなんて、絶対知られたくない。
今までの先輩との日々が、思い起こされては消えていく。
先輩の笑顔。先輩の喜ぶ顔。先輩の恥ずかしそうな顔。
「……大好きって。そう……っ」
大好きって言ってくれた。
その声を思い出して、私はただ走る。
悔しさと虚しさと愚かさを感じて、ただ、どうにか無理やりにでもこの気持ちを捨て去りたいとでも言うようにひた走る。
上履きのまま下駄箱を飛び出し、校門をくぐる。
それでも私の足は止まらなかった。
……どれだけ走っただろうか。
私は足を止めていた。疲れ果て、足は痛く体はじんわりと熱を帯びてくる。
「ばかやろぉーっ!」
気持ちのままに叫び、そして決めた。
「……絶対に、絶対にっ」
医者になってやる。
「なってやるからなぁーっ!」
自分への決意と、初恋への別れを込めて。
私は空へと叫んだのだ。
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