君の中の『空』と『僕』

永遠

君へ

「全身で風を感じながら青空を自由に羽ばたきたいな」

「気持ち良さそうじゃない?」

「だから私」

「来世は鳥になりたいの」



「来世は鳥になりたい」それが君の口癖だった。


 

授業中、君はよく窓の外を見ていた。時々飛んでくる鳥はカラスばかりで、向こう側には住宅街が広がっているだけ。何の面白味もない景色の一体どこに魅力を感じているのか僕には分からなかった。


「大きな翼の生えた人が窓から私を攫ってくれないかなあ。」

「教室に居るみんなは呆然とこっちを見ていて、私は迎えを待っていたかのように手を取るの!」

「素敵だと思わない?」

想像上の話なのはわかっているけれど、攫われた君はもう二度と戻ってこないような気がしたんだ。

「思わない」

気づいた頃には口に出ていた。

いつもの僕なら何も言わなかったはずなのに、その時は思ったことを素直に口に出してしまった。

失言だった。

君は真っ黒な瞳に空だけを映しながら

「珍しいね」

と言った。

君の中の『僕』という存在が消えそうで怖かった。



教室に2人だけの毎朝。僕は本を読んでいて、君は空を見上げている。

でも今日は少し違った。

僕は本を読んでいて、君は真っ黒な瞳に『僕』を映していた。

「私、飛ぼうと思うの。」

本を読む手を思わず止めてしまった。

君は続けて言った。

「見に来てよ、私が飛ぶ瞬間を。」


いつかはこの時が来るのを分かっていた。

____________

以前の君は常に虚としていて、生ける屍同然だった。全てがどうでもよかったんだろう。

生きる理由がなかった君は、死ぬ理由もなかった。

そんな君が、死ぬ理由を見つけたあの日を僕は今も覚えている。

たまたま君が朝早くに学校に来たんだ。2人だけの教室。相変わらず虚ろとしていた君はふと窓の外に目をやった。その瞬間、今まで何も映さなかった君の真っ黒な瞳に眩しいほどの青空が映った。たったそれだけのこと、

あの時、君の瞳に映った『空』は君にとって死ぬ理由として、あの時、教室に居た「僕」は君という人間が空を求め、鳥に憧れ、飛ぶ、最後で最初の一歩を見届けるだけの存在(『僕』)として、空っぽだった君の中に現れたんだ。

____________


君は僕に「見に来てよ」と言ったままどこかへ行ってしまった。

遠のいていく君の足音がただ、ただ、響いていた。

段々と騒がしくなる教室、廊下を走る足音。朝のHRが始まり、君だけが居ない教室。僕は黙って席を立ち、教室を出た。


君の行き先には心当たりがある。飛ぶのに相応しい空に近い場所。


(やっぱりここに居た)

君は相変わらず空を見ていた。

「遅かったね、来ないかと思ったよ」

本音を言うと来たくなかった。

『僕』の役目は君を見届けることだと分かっていても、僕にそんな覚悟はない。

でも、どうせ飛ぶのなら「僕」が見届けたい。

僕は君へ初めての問いかけをした。

「本当に、飛ぶんだよね?」

「そうだよ。待っている間、ずっと飛びたくてうずうずしてたんだから!!」

今まで見たことがないほど瞳を輝かせてせて話す君を見たら、僕には止められないと思った。

「ちゃんと見ててよ」

君は両手を広げて淵に立った。

君を止めることは出来ない。でも、君に何か伝えられるのはこれで最後だから、『僕』を壊さないように「僕」の気持ちを……

「鳥になったら!君が…鳥になったら……」

(僕に会いに来て)

続きは言えなかった。これは「僕」のエゴで、自由に羽ばたこうとしている君を縛り付けてしまうものだから。

僕が言葉に詰まっている間に君は僕の心を見透かして言った。

「気が向いたらね」そして君は飛び立った。

幸せそうな顔をして。


君が飛び立ってから僕は君のいない日常を送っている。

君がいなくなったこと以外に変わったことがあるとすれば、よく窓の外を見るようになったことぐらいだ。

君が「気が向いたら」と言ってくれたから僕はずっと待っているよ。


君に会ったら言いたい事がたくさんあるんだ。

君が『僕』に話しかけるたび「僕」がどんな気持ちでいたか。君が飛ぶと言った時、僕がどれだけ葛藤したか。君の望む『僕』でいようとするたび、「僕」の胸が張り裂けそうだったことを君は知る由もないだろう。


次に会う、願いが叶った君の中に『僕』はもういないから、今度は「僕」のままで君に接したい。


そしてこれだけは絶対に言うんだ。

「僕は君の生きる理由になりたかった。」

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君の中の『空』と『僕』 永遠 @riria_fumi

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