第21話 デバッグモード
「……Whirlwind!」
軽く紡がれた言葉。
生み出される竜巻の如き旋風。
そして吹き飛ばされる一人の魔法士。
「リュート!」
風により彼方へふっとばされた親友の姿を目にして、ユイは目を見開きながらその名を叫ぶ。
すると、そのあまりに危険な魔法を操った青年は、悲しそうにその口を開いた。
「申し訳ない……と言っておきましょうか。まっとうにこの世界でその道を極めし彼を、この力で踏みにじるのは心が痛みますから。でも、これは世界の危機。ならば、わずかばかりの犠牲は許されたいな」
「キミは……許さないよ!」
言葉と同時に一人の男の赤髪が揺れ、そして彼の手にする剣が煌めく。
それはあまりに疾く、あまりに無駄がなく、この上なく流麗。
そしてそのまま剣は、吸い込まれるかのようにエミオルの首に向けて振るわれた。
「恐ろしいものです。肉体の限界値を捨てたことで、あなたがどれだけ異常なのかようやく理解ができる。こんな剣、受けられるものなどこの世界にはいませんよ」
「……それを受け止めたキミは一体何なのかな?」
わずかに頬を引きつらせ、アレックスは僅かないらだちを言葉に現す。
彼の視線の先、まさにエミオルの首筋へと振るった剣は、もはやピクリとも動かなくなっていた。
そう、軽々とエミオルの片手で受け止められる形で。
「そうですね。あなた方の言葉で言うなれば、神……というものに最も性質が近いでしょうか。もちろん厳密には異なりますが」
「神か。ならば、仕方ない。神を殺させてもら――」
「背後に回り込んでの不意打ち。残念ながら、あなたのやり口はわかっていますよ、調停者」
背後から背を貫かんと剣を突き出したユイは、驚愕の表情を浮かべながら、そのエミオルの言葉を聞く。
アレックスの剣撃で片がつくと彼は思ってはいた。
だが万が一は常に存在する。だからこそ、彼はまたたく間に修正者の背後に回り込み、一切の躊躇なくその背を狙ったのだ。
だが結果は同じだった。
二人の剣はあっさりと受け止められ、そしてそのまま放り投げられる。
激しく地面とぶつかり、体中を襲う痛みと埃。
それは一人の男にとって、遥か彼方に一度のみ経験したものであった。
「いつっ……久しい感覚……だね。しかしなるほど、これがキミの危惧していた修正者ってことか」
受け身こそ取ったものの、全身埃まみれとなったアレックスは、エミオルから視線を外すことなくそう口にする。
すると、隣で地面と接吻していた黒髪の男は、軽く下唇を噛みながら、ゆっくりとその体を起こす。
「ここまでは考えていなかった。いや、どんな引き出しを有しているかわからないから、完全に嵌めて終わらすつもりだったんだ。だけど……」
「そう卑下しなくていいさ、調停者。君はよくやった。いや、君のような害悪を褒めるつもりなど欠片もないが、それでも与えられた状況の中で最善を尽くしたことだけは評価してあげよう」
黒髪の男の言葉を引き取る形で、エミオルは薄ら笑いを浮かべながらそう告げる。
それに対しユイは、首を左右に振りながらため息混じりに言葉をこぼした。
「評価いただき光栄……と言っておくよ。で、どういうカラクリなのかな?」
「答える義務がボク達にあると?」
「ないよ。ただ気になるから聞いただけさ。わからないことがあるというものは、殊の外苦手でね」
「ふむ……まあいいか。ソースコードを弄ることができる箇所が、君たちとはちがうというだけのことさ。ボク達はこの世界の管理者だからね。だからこのように自分の存在を書き換えることもできるのサ……ジャーマランサ」
言葉と同時に、ユイの目の前の人間は……いや、人間の体を模したものが突然その姿を変え、そしてフィラメント公国の魔法を解き放つ。
「マジックコード……いや、間に合わないか!」
眼前で生み出された光景、それは完全にユイの想定の外であった。
だからこそ魔法の書き換えを断念した彼は、舌打ちをしながら迫りくる炎の槍を再び地面に転がりながらギリギリのところで回避する。
「ウヒッ。ウヒヒヒヒヒッ。無様だネ、実に無様ダ。だけど、そんな姿が実にお似合いだヨ、忌々しき調停者」
「ウイッラ・ミラホフ……まさか」
魔法公国の御三家の当主の一人にして、彼の国を戦争へと駆り立てた男。
そして最後は自らの手で切り裂いたはずの男。
その人物の姿をその目にして、アレックスは彼らしくもなく驚きの声を上げる。
すると、ウイッラの姿をしたその男は、自らの人差し指をしゃぶりながら、嬉しそうに笑いだした。
「ヒャヒャヒャ、久しぶりというべきかな。でも残念ながらこれはボクではないんだ。もはやボクはボクだけではなく、どんなボクにもなれル。君たちのおかげにして、君たちのせいサ。この世界の危機レベルを引き上げてくれたことで、デバッグモードが解除されたのだからね。というわけで、再開しよう。君たちへの虐殺を、轢殺を、爆殺を、斬殺を、刺殺を、……ウヒッ、ウヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ」
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