第20話 枷
「どうした……殺さないのか!」
既に膝は地面に突き、疲労は全身を覆い、そして彼女はもはや太刀を振るうことは叶わぬ。
だがそれでも、殺意と闘志だけは萎えることはない。
だからこそ彼女は、目の前の黒髪の男に向かい、残された体力を罵声へと変える。
一方、帝国の鎧を身にまとっていた男は、勝負は決したとばかりに答えることはない。
彼の視線はどこか寂しげで、そして哀れみを込めたものとなっていた。
「くそ、くそ、くそ、これ以上、この私を愚弄するつもりか?」
「……別に愚弄なんてしないさ。先ほども言った通り、君の剣の技量は私よりも上だったことは事実さ。だから敬意は払う」
「ならばなぜ私は膝を突き、貴様が私を見下ろしているのだ!」
それはもはや悲鳴に近い叫び声だった。
もちろん彼女も理解している。
自らが彼に及んでいないという事実は。
だが既に勝負を決しながら生殺しのように、ただ観察されているだけの現状を彼女は受け入れることができなかった。
「今代の巫女。勘違いしてほしくないけど、おそらく正規の訓練で手合わせすれば、私は君に及ばない。でもここは戦場なんだ。だとしたら、剣の使い手ではなく、兵士が勝つ。ただそれだけのことさ。もっとも世の中にはそんなものさえ超越してしまう化物も存在するけどね、例えばそこにいる彼とか、うちの母親とかね」
「やはり、やはり母と私は貴様たちに劣るというのか。我が国を弄んだ貴様たち親子に!」
「君の国のことは母さんに言ってくれるかな。正直、私は何もしていないし、言われても困るのが正直でね」
それは正直なユイの感想だった。
彼自身、多少見聞きはしたものの、東方自体に興味もなければ、当然東方へ足を踏み入れたこともない。
それ故に、敵視されることは許容しえても、責任を求められることには困惑を覚える他なかった。
しかしながら、そんなユイの発言を咲夜は詭弁としか捉えることができない。
なぜならば、彼の発言を受け入れることは、自らの歩みを根本から否定することと成るのだから。
「貴様の……貴様の存在自体が東方に混乱をもたらすのだ。本来は消え去らねばならなかったはずの先代の剣の巫女、そんな彼女が勝手に産んだ貴様の存在がな」
「だからそんな言われ方をしてもさ、私が選んで、子共として産んでもらったわけじゃないからね。もっとも全ての人は生まれた時から罪を背負う。そう解釈するのだったら別に構わないけど」
「話をごまかすな!」
「いやごまかしてるつもりなんてないのだけど」
もはや会話とならぬことは明らかだった。
だから彼の中に存在したわずかばかりの感傷と別れを告げ、ユイは覚悟を決めると小さくため息を吐き出す。
一方、咲夜はわずかばかり戻った体力を振り絞り、ゆっくりと、ゆっくりと立ち上がる。
「とにかく、貴様の、貴様の首はいただく。そして必ず東方へそれを持って帰る」
「……済まないがここで死ぬつもりはないんだ。そして雪切も渡さない。あんな無茶苦茶な人だったけど、これは唯一残してくれた形見だからね。そして……」
そこまで口にしたところで、ユイは言葉を止めた。そしてそのまま目の前のふらつく少女へと歩み寄る。
「奪い取るつもりなら同時に奪われる覚悟も持って欲しいかな」
言葉と同時に捻り上げられる腕。
奪われる太刀。
「貴様! 返せ!!!」
「すまないけど少し借りさせてもらうよ。大丈夫、必要がなくなれば返すからさ」
それだけを告げると、ユイは暴れる少女の首筋に手刀を落とす。
そして彼女の意識を刈った彼は、その視線をボロボロに成り果てた一人の青年へと向け直した。
「終局です、修正者さん。本当にありがとうございます。あなた方がわざわざここまで連れてきて下さったおかげで、この世界の鍵はすべて私たちの手に収まりました。もう世界は巻き戻させません。申し訳ありませんが、諦めて下さい」
「ふふふ、ははは。してやられた。いや、見事なまでにしてやられたよ調停者。まさかここまで完璧にしてのけるとはね」
アレックスとリュートによって全身を痛めつけられ、既に満身創痍となっていたエミオルは突然狂ったかのように笑い出す。
「褒められたということでいいでしょうか。つまり諦めて頂けると?」
「ああ、諦めるさ。世界改変の鍵はお前たちの手に収まった。そう、これは直接的に世界の危機を意味する。ならば許される。まっとうに、そう、この世界の規則と法則に沿ってお前たちと対峙することの必要性は今を持って失われた」
その言葉とともに、傷ついたエミオルは不敵な笑みを浮かべる。
そして訝しげな表情を浮かべるユイたちに向かい、彼は小さくとあるコードをつぶやいた。
「Universal Code……access. Limit code release」
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