第7話 発言権
「おや、思ったより人気が多いね」
レムリアック独立領の中心地であるアモキサート市。
クラリスの首都であるエルトブールからこの地へとたどり着いたアレックスは、街の光景を目にして思わず感嘆の声を上げた。
一方、そんな彼の発言を受けて、この街の領主は思わず苦笑を浮かべる。
「ただレムリアックの人たちじゃない。あんな無骨な服装は、この街の人達には不似合いだからね。いや、移住が上手く行ったことの証明ではあるのだけどさ」
そう、ユイの目に映る街の人々の大多数は、帝国謹製の明らかに物々しい装備に身を包んでいた。
そうして二人が新たに建築が終わったばかりとなる街の外壁をくぐり抜けたところで、突然彼らは声を向けられた。
「遅かったな、ユイ」
「……はぁ。なんで君がここにいるんだい?」
彼らの前方で腕組みをしながら不敵に笑う人物。
その姿を目にしたユイは、額を抑えながら正直な感想をその口にした。
「わからないか? それは俺が帝国軍の名代であるからだ」
「危険だとあれだけ言っていただろう。それとももう歳で物忘れが酷いのかな?」
「ふん、忘れるわけはないさ。だが世界の変わり目に居合わせられないなど屈辱だ。少なくとも西方に冠たる我が帝国の後継者としてはな」
ユイの皮肉を軽く鼻で笑い飛ばすと、ノインはむしろ胸を張りながらそんなことを口にする。
そんな彼の堂々たる反応を受け、ユイは思わず溜め息を吐き出した。
「別に後継者なんてものは関係ないと思うけどね」
「ともかく、ご覧のようにうちの部隊は既に駐留させてもらった。ここまでスムーズだったのは、優秀で美人な領主代理殿の手配のおかげだったがな」
そう発言したノインは、探るような目で眼前の黒髪の男を睨みつける。
その視線の意味がわからなかったユイは、わずかに首を傾げてみせた。
「……気のせいか、何か言い方に棘を感じるんだけど」
「それはもちろん、貴様の心臓に棘を突き立てたい心境だからな」
「それは穏やかじゃないね」
「俺の心が穏やかではないからな。ユイ、うちの妹のこと、忘れたとは言わさんぞ」
ノインの口から吐き出されたその言葉。
それを耳にしてユイはようやく、目の前の男の危惧を理解する。しかしながらユイは、そのことをあまり深刻に捉えることはなかった。
「なんというか、兄というのは心配過剰な人種だね」
「ふん、何とでも言え。ともかく正妻はうちの妹だ。それは譲らん」
腕組みをしながら、叩きつけるような口調でノインはそう言い切る。
それに対しユイは軽く頭を掻くと、そのまま話題の矛先を変えてみせた。
「まあそのあたりは、全てが終わったあとの話さ。彼らを乗り越えない限り、未来なんて無いのだからね」
「はぐらかすつもりか?」
「だから本音だって。まったく普段は皇族と言うより軍人気質だというのに、なんで身内が絡むとこうなのか……」
疲れた口調でユイはそう口にすると、小さく首を振った後に改めて別の話題を切り出す。
「ともかく、どれだけの部隊を連れてきたんだい?」
「全部で二千。事前の約定どおりだ」
「約定における最大数だよね、それ……まいったな、他の国の数次第では野宿して貰う人が出そうだ」
如何にレムリアックが急速に発展し、中央都市であるアモキサート市の人口が急拡大していたとしても、あくまでここは地方都市。
だからこそ、それまでの建築物を全て軍用転化したとしても、各国の駐留軍を大規模に受け入れることは明らかに困難であった。
「まあそのあたりは、領主が……いや、元帥どのが責任持って上手くやってくれ。俺はきちんと約束通りに動いただけだからな」
「君がここに来るのは約束に含まれていなかったけどね。ともかく――」
「イスターツ閣下、よろしいでしょうか?」
ノインとの会話を遮る形で突然発せられた声。
それは通常の帝国兵では、あまりに恐れ多くとても行い得ない行為であった。しかしながら実際にそれを成し得た人物は、彼ら両者の部下であり、そして同時に黒髪の男のやり口に染まりつつある人物でもあった。
「えっと、何かなロイス君」
「ラインドルからの派遣部隊が国境に到着したとのことです。現在はセシル代理とクレイリー四位が応対されております」
ロイスからの報告を受け、ユイは満足そうに一つ頷く。
「思ったより早かったね。ふむ、さすがカイル。実に優秀だ」
「まあ俺よりは遅いがな」
僅かに張り合うようなその言葉は、ユイの眼前に立つ帝国の後継者の口から発せられた。
そしてだからこそ、ユイは呆れるような口調で彼をたしなめる。
「はぁ……君の場合は意思決定権を握っている当人が、そのまま向かってきたんだろ。あそこの王家は独善的に動けないからね。送り込む部下の選出やら何やらで、時間がかかるのが普通だよ」
ユイの見解は至極まっとうであり、全くの一般論のように思われた。
しかしながらノインは、そんな彼に向かい思いもかけぬ予測をその口にする。
「さてどうかな、俺がもしカイラ国王なら、同じ判断をしていると思うが」
「は?」
「その……皇太子殿下のおっしゃられるとおりでして、どうもラインドル軍を率いていらっしゃるのは、カイラ国王ご自身とのことです」
そのロイスからの報告を受けたユイは、もはや呆れたとばかりに深い深い溜め息を吐き出す。
「……はぁ、なんというか、西方にまともな指導者は居ないのかな。本当にこれでは先行きが不安だよ。もっと指導者というものは私欲と思いつきを排して動くべきだと思うな」
「ふふ、ユイ。この場に居ないものに代わって、俺がお前に言ってやる……お前が言うな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます