第7話 バグの表出

 どこまでも無限に存在するかのような砂の海。

 それがとある街の周囲に延々と広がっていた。


 そんな砂漠に囲まれた街の名はタファリーズ。

 一般的には、ゼルバイン王国の王都として知られる緑が溢れた街のはずであった。


「次第に侵攻してきているとはいえ、王都周囲は野原に囲まれていたはずですがね……それがここまで荒れ果てるとは。いやはや、システムの中でさえ人の欲とは罪深いものですね」

 街の入口に立つ銀髪の少年はそう口にすると、小さく吐息を吐き出す。

 するとそんな彼に向かい、背後に控えていた背の高い黒髪の少年が声を掛ける。


「我が国にも因幡に大きな砂丘があるというが、これはそのレベルではないな」

「まあそちらは未だ理(ことわり)が保たれているようですからね」

 背の高い黒髪の少年に対し、もう一方の銀髪の少年は肩をすくめながらそう答える。そしてそのまま視線を眼前に広がる砂漠へと向け直すと、彼はつかれたように呟いた。


「やはりもはや時間の問題ですか。でも、僕は彼らを手助けする必要がある。本来の僕らの役目はそうなのですからね」

 少年はそう口にすると、右手を前方へと掲げる。そしてそのまま虚空に向かい、力ある言葉を呟いた。


「Magiccode access……start a recovery program」

「……母さんと似て非なる技か」

 ゼスと名乗る銀髪の少年の扱う術。

 それを目にした黒髪の少年は、目を細めながらそう評する。


 一方、そんな彼らの眼前ではまさに恐るべき変化が生じ始めていた。

 そう、街の中を今にも飲み込まんと広がってきていた砂漠が緩やかに後退を開始したのである。


「過去のデータに損失がある。戻せるところには限界があるか……」

 ゼスはそう呟くと、わずかに荒い息を繰り返す。

 だがそんな疲労感漂う彼とは異なり、少年たち二人の後方では、彼らを見守っていた人々が一斉に歓声を上げ始めていた。


「さ、流石我らが英雄、クリストファー様だ」

「土の地面だ。砂ではない大地が広がっていくぞ!」

「またしても街が救われた」

「ありがとうございます、ありがとうございます!」

 口々に発せられる感謝の言葉。

 それに背を押される形で、一人の身なりの良い老人が、少年の下へと歩み寄った。


「またしても、街を……いやこの国をお救い頂き本当に有難うございます」

「別にそんな大層なものではないさ、カストリフ王。いつも言っているだろ、僕は役目を果たしているだけだって」

 少年はそう口にすると、目の前で頭を下げるこの国の王に向かい微笑みかける。そしてそのまま僅かに表情を曇らせると、彼は虚空に向かい呟いた。


「それにもう元の姿までリカバリーできない……残念ながら、個別のバックアップまでもがバグによって侵食されかかっているようだ」

「は、何か言われましたか?」

 意味の分からぬ単語を口にした少年に対し、ゼルバイン国王カストリフは眉間にしわを寄せながらそう尋ねる。

 すると、銀髪の少年は薄く笑ってみせた。


「いや、なんでもないさ。それよりも、これからどうするつもりだい?」

「クリストファー様のお陰で、またしばしの時間は稼ぐことができました。ですので、今の内に遷都の準備を行います」

「遷都……か。それで候補地はあるのかい?」

「いえ、それがまだ……」

 銀髪の少年の問いかけに対し、カストリフはその表情を曇らせる。

 すると、傍に控えていた黒髪の少年がポツリと呟いてみせた。


「この土地のことは知らないが、これだけの街の人々を食わせられるだけの土地。そんな場所、なかなかありはしないだろうな」

「まあね。それに問題は此処だけじゃない。周囲の衛星都市もギリギリのはずだ。そうだろう、カストリフ王?」

「……仰る通りです。でも、それでもやらねばならぬのです。そのためならば、私はどんなことでも行うつもりです」

 はっきり口に出されたその決意。

 それを耳にした銀髪の少年は、口元に冷たい笑みを浮かべる。


「どんなことでも……か。ふむ、その決意に二言はないかい?」

「もちろんです。いえ……神が封じし魔法を使うことだけは行いませんが」

「当然だね。その禁断の果実に手を出すつもりなら、僕はこの国を見捨てる。その瞬間からね」

 その言葉は冷たく、そして有無を言わさぬ口調で発せられた。

 だからこそ、カストリフは目の前の少年が本気であることをすぐに理解する。


「わかっております。それが貴方の定めだということも」

「……ならば王。一つ提案がある。この国の民を救うための提案が」

「お伺いさせて頂きます」

 これまで何度もこの国を救ってくれた銀髪の英雄に対し、カストリフは深々と頭を下げてその先を促す。

 すると銀髪の少年は、彼が思いもしない提案をその口にした。


「西にこの国の民を食わせられるだけの豊かな土地がある。そこへ遷都するのはどうかな」

「西に……ですか。しかし我が国の中にそのような豊かな土地はもう……まさか!?」

 自分で口にしている最中に、カストリフは一つの可能性がその脳裏をよぎった。

 そしてそれを肯定するかのように、銀髪の少年は頷く。


「ああ、多分そのまさかさ。この国の中になければ、外に求めればいい」

「で、ですが、そんなことをすれば余計に我が国の民は――」

「大丈夫だ、カストリフ王。その為に一つの国を用意したからさ」

「く、国を用意ですと!?」

 自身の言葉を遮る形で発せられた言葉に、カストリフは驚愕の表情を浮かべながら一歩後ずさる。

 だが彼の眼前に立つ少年は、まるでなんでもないことのように言葉を続けた。


「ああ。既に先方には連絡をしてある。君たちの準備が調えば、いつでもトルメニアに向かって大丈夫だ」

「クリストファー様、貴方様は一体……」

「ふふ、僕はこの世界にとって正しくある者の味方。そして世界をハックするものたちの敵。いつだってそうだ。これまでもこれからもね」

 恐れおののくカストリフ王に対し、銀髪の少年はその口元を歪めてみせる。

 すると、そんな彼の背後に立っていたもう一人の少年が、納得したようにその口を開いた。


「なるほど。だからこの僕に協力を求めたわけだ」

「否定はしない。だけど、元々君たちの宿願だろう? あの女の息子を狩ることはさ」

「狩るという言葉は気に食わないな。あくまで課せられた使命はあるべきものをあるべき場所へと戻すこと。彼に制裁を課すのはあくまでそのついでだ」

 銀髪の少年の言葉に対し、それまでとは異なりやや強い口調で黒髪の少年はそう答える。

 途端、銀髪の少年……ゼス・クリストファーは軽く肩をすくめてみせた。


「ついで……ね。まあそれは別にかまわない。東方は東方のルールで動いているようだからね」

 それだけを口にすると、ゼスはその視線をカストリフ王へと向け直す。 


「さて、カストリフ王。君たちに国を与える代わりに、一つお願いがあるんだが聞いてくれないかね」

「……何でしょうか。英雄殿の頼みとあらば、如何なるものでも従いますが」

「ふふ、素晴らしい回答だ。ならば、是非にお願いするよ。遷都以外にもう一つの準備をしてほしいんだ」

 ややもったいぶって発せられたゼスのその言葉。

 それを受けて、カストリフはやや戸惑いながら改めて聞き返す。


「もう一つの準備ですか」

「ああ、準備。とあるところで楽しげな祭りをしている人たちに、その目を覚まさせてあげる為の準備を……ね」

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