第22話 パレードの傍らで

 首都ミラニール。

 この日、この街を包むのは人々の歓喜の声であった。


 なぜならば彼らを、そして国を守った兵士たちが、この首都へと凱旋する日であったからだ。


 ミラニールにおいてクーデターを引き起こし、あまつさえ突然の領土侵攻を開始したクレメア教団の撃退。

 首都決戦さえ囁かれていたこともあり、市民たちの感動と喜びが街中に溢れかえり、ミラニールはまるでお祭りのような様相を呈していた。


 そんな中、いよいよ兵士たちが街へと入ってくると、人という人が建物の中から飛び出し、彼らの凱旋を歓迎する。

 中でも、歓声が一際大きくなったのはこの国ではない者たちが姿を現したときであった。


 隣国であるクラリス王国の中の小規模な一地方領主。

 そう、そんな彼が率いていた一団が姿を現したときである。


「大したものだ。まさかこの国の兵士たちよりも歓声を浴びるとはな」

 自由都市同盟本部の一室から窓の外の光景を眺める、髪を後ろへと流した威風溢れる壮年は、隣に立つ黒髪の男に向かってそう口にする。

 それを耳にして、隣の男性は頭を掻きながら苦笑を浮かべた。


「はは、クラリスの田舎者がお上りさんで入ってきたわけですからね。きっと珍しいものを見る感覚でしょう」

「ふん、そんなわけがあるか。で、なんで凱旋中のはずのお前がここにいるのかね」

 元大統領にして自由都市同盟の代表であるフェリアム・グルーゼンパークは、やや苛立たしげにユイへとそう問いかける。

 すると、ユイは軽く肩をすくめながらさらりと言い訳を口にした。


「私のことを目障りだと思っている人が多いでしょうから、ちょっと気を使っただけですよ」

「目障りと思っているもの……か。ふん、これを見てみろ」

 そう口にしたフェリアムは、机の上に置かれていた一枚の紙を彼へと見せつける。

 それを目にした瞬間、ユイは眉間にしわを寄せ、低い声でフェリアムへと問いかけた。


「……なんですか、これは」

「政府による調査結果だよ。そして最も大きい数字は貴様の支持率だ。良かったな、この俺を抜いて大統領候補筆頭だ」

 フェリアムの言葉を受け、ユイはその内容へと目を通していく。すると確かにそこには、市民調査の結果として次期国家元首として最も支持されている者の名としてユイ・イスターツの名が記されていた。


「はぁ……私は他国の人間なんですがね。と言うかそもそも、なぜ私が調査対象となっているんですか」

「西方会議と今回の戦い。二度もこの国を救った張本人だ。流石に調査対象に加えたのは国務省の担当者の独断だろうが、いずれにせよ俺から見れば妥当な結果とは思っている」

「だからこそ、余計に政治屋の皆様には嫌われていそうな気がしますがね」

 二度に渡ってこの国の危機を救ったことは確かに事実ではあった。

 しかしながら、自分自身は王政で育った人間であり更に当然のことながら被選挙権も存在しない。

 だからこそ、彼にとって何の意味もないこんな調査結果は、やっかみを買うだけで彼にとって全くもって望ましいものではなかった。


「まあ貴様を引き込めば十年は政権は安泰だからな。少なくとも次のこの国の頂点を目指すものたちは、本気でお前を取り込みたいと思っているだろうよ」

「頂点を目指すものねぇ。それはあなたもですか?」

「ふん、誰が貴様みたいな詐欺商人を政府に取り込むか」

 軽く鼻で笑い、フェリアムはユイの問いかけを軽く一蹴する。そして彼は再び外の凱旋パレードへと視線を向けると、仮面を付けた一人の青年が最大の歓声を浴びながら、市民たちに向かい手を振りながらゆっくりと馬を進めているところであった。


「以前連れてきた少年か……かわいそうに手が震えているぞ」

「はは、大丈夫です。おつきの二人はしっかりしていますから」

 ユイは苦笑を浮かべながら、両脇を固める赤と銀の髪の男たちを視界に収める。

 そして彼らが窓から覗く視界の中から過ぎ去ったところで、フェリアムは改めてユイへと疑問を投げかけた。


「それで凱旋までサボって私のところまできた狙いはなんだ?」

「悲しく、そして望ましくないことですが、たぶん今晩から私は身動きが取れません。ですので、今のうちにこれをあなたへと渡しておきたかったのですよ」

 この国の現政権とクラリスの代表達によって作られた過密という次元ではない予定表。

 それを思いげっそりした表情を浮かべながら、ユイは懐から紙の束を取り出すとそのままフェリアムへと手渡す。


「何だこれは?」

「残念ながら、貴方の支持率の調査では無いです。ですが、今後貴方と私にとって必要となるものかと」

 意味ありげな笑みを浮かべながらユイはそう告げた。

 一方、訝しげな表情を浮かべたフェリアムはゆっくりと視線を紙の束へと落とす。そしてほぼ同時に、その頬を引きつらせた。


「……俺は野党の党首だということを理解しているか?」

「ええ、もちろんです。同時に、レームダックとなった現代理政権と異なり、唯一話が通じる交渉相手ということも」

 フェリアムの問いかけに対し、ユイはあっさりとした口調でそう告げる。

 途端、フェリアムは深い溜め息を吐き出すと、小さく首を縦に振った。


「いいだろう。トルメニアとの和平交渉のためにお前が作ったこの仮案、参考にはさせてもらう。あくまで参考にな」

「もちろん参考で結構です。押し付ける権利なんて、この国の民ではない私にはありませんから」

 軽く肩をすくめながら、ユイはそう答える。

 それに対し、フェリアムは軽く鼻息を立てると、ユイに向かい一つの問いを発した。


「ふん……で、お前はこのあとどうするつもりだ?」

「どうすると言われましてもね。基本的にそれはトルメニアに聞いて下さい。私の手元には何らの選択肢もありませんので」

「そんな先のことではない、凱旋パレードを抜け出してきた英雄は、このあとどうするつもりだと聞いているんだ」

 この場所を出たあと、彼がどのように動くのか気になったフェリアムは改めてユイへと問い直す。

 すると、ユイは軽く顎に手を当てながら苦笑い混じりに答えた。


「現代理政権主催の夜のパーティは流石にフェルムくんに押し付けられませんからね、それには出ますよ。ただその前に、ちょっと捕虜と会ってこようかとは思っています」

「噂の魔法ではない魔法を扱うとされるトルメニアの助祭だな」

「魔法ではない魔法ですか。ふむ、確かにそんなところですかね」

 フェリアムの口にした言葉に対し、ユイはわずかに言葉を濁しながらそこで口を閉じる。

 だがそんな彼に向かい、フェリアムはさらなる問いかけを重ねた。


「それであいつみたいな……いや、お前みたいなやつがあの国には他にもいそうなのか?」

「カマをかけようとされているのはわかりますが、残念ながら外れですよ。彼と私が扱っているものは違います」

「本当か?」

「ええ、本当です。むしろこの上なく相性が悪いと思っていただければ良いかと」

 ゆっくりと頭を掻きながら、ユイはフェリアムに向かってそう答える。

 一方、その回答を受けてフェリアムは、あえて質問の切り口を変えてみせた。


「ふむ……で、他にいるかどうかに関してはどうなのだ」

「おそらくいるでしょうね、少なくとも二人以上は。それに……」

「それに?」

 言いよどんだユイに対し、先を促すようにフェリアムはそう問いかける。

 だがユイは首を軽く左右に振ると、それ以上の言及を避けた。


「いえ、仮説の域を超えませんので、また確信が持てたらお話しますよ」

「ふん、まあ良い。今は我慢してやる」

「納得してくれたわけじゃないんですね、まったく」

 そう口にしたユイは、頭を掻きながら踵を返す。

 そして彼が扉に向かって歩みかけたところで、背後から小さな声が発せられた。


「イスターツ……助かった」

「いえ、これも仕事のうちでしたから」

 それだけ述べると、ユイはそのまま廊下へと出る。そして後手で扉を閉めたところで、彼は虚空に向かって呟いた。


「いや、仕事ではないな。仕事なら私がするわけがない。あくまでこれは、けじめ……だな」

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