第18話 マテリアルコード

「クソッ。奴ら、デタラメにやりおる」

 爆発音と城全体に響く程の衝撃。

 室内にいながら、敵の扱った魔法がとんでもないシロモノだと判断したエレンバウアーは、舌打ちを一つ打つ。


「これほどの魔法を扱う魔法士達を動員するとは、やはり王立軍の連中は本気のようですな」

 城を揺るがすほどの振動から、複数の高等魔法士が一斉に魔法を使ったのだと判断したクルネルソンは、あえて先ほどの会話を蒸し返しながらそう口にする。

 途端に、エレンバウアーのこめかみには青筋が浮き上がった。


「なるほど、連中が我らを無視していなかったことは認めよう。だが――」

「ここまでにしましょう。お互いここで議論している暇なんてないはずです。違いますか?」

 猛るエレンバウアーに対し、クルネルソンはあくまで冷静に彼の言葉を遮る。

 すると、エレンバウアーといえども、すぐに置かれている状況を理解し、その言の正しさを認めざるを得なかった。


「ちっ、分かった。だが今回は私達が相手をする。貴様らは邪魔をしないよう、ここでおとなしくしていろ」

「はいはい、そうさせていただきますよ。くれぐれも私達の出番を作らないでくださいね、エレンバウアー殿」

 あざけるかのような笑みを浮かべながら、クルネルソンはエレンバウアーに向かってそう告げる。

 その癇に障る物言いに苛立ちを隠せなかったものの、エレンバウアーはすぐに踵を返すと、そのまま部屋から駆け出していった。


「クルネルソン様、よろしいので?」

 部屋に残っていたグリセルは、やや心配げに目の前の若い上官に向かい問いかける。


「彼等だけに任せることがか? 要人を人質にした上での争いだ、すぐに戦闘は終わるだろ。彼等にもプライドがあることだし、たまには尊重してやらんとな。そもそも我々の目的は、彼等との主導権争いに勝つことではない。違うかな?」

「……仰るとおりです」

 目の前の上官は、エレンバウアー以上の自信家であるとグリセルは考えていた。それ故に、常に相手の行動基準にプライドといったものを考慮する嫌いがある。そしてだからこそ、グリセルはあえてそのことを刺激せず、ただただ頭を下げる。

 一方、そんな部下の内心を知らぬクルネルソンは、皮肉げに笑いながら再び口を開く。


「おそらく敵の狙いは我々が人質を盾にする前にここを奪還することなのだろうが、エレンバウアーが今動き出したとしたら、十分に間に合うだろう。というわけで、我々はせいぜい高みの見物としようじゃないか」

「間に合う……ですか。何かそう考えられる理由でも?」

 先ほどの巨大な振動から不安げな表情を隠せなかったグリセルは、クルネルソンの余裕の笑みの理由が理解できなかった。

 そんな彼に向かい、若い上官は右の口角を吊り上げると、おかしそうに笑う。


「ふっ、グリセル。君はここの城を作ったのが誰か、覚えているかな?」




「な、アレだけの魔法を直撃させながら、ヒビが入っただけだと……」

 魔法による爆風が静まり返り、マルフェスが目にしたもの。

 それはレリムによる魔法を以てしても、完全に破壊できなかった正門であった。


「はぁはぁ……だから言っただろ、マジでやっても問題になりはしないって。ほんとにあんた、ここの資料を読んできたのかい?」

「もちろんだ。内部の構造から間取りまで、頭に入れてきた」

 レリムの問いかけに対し、彼女に資料を渡した側だったマルフェスは、すぐに反論を口にする。

 だがそんな彼の発言を、目の前の女性は鼻で笑ってみせた。


「はん、ただ図面を読んだだけじゃわかりはしないさ。大事なのは、この城の設計思想だよ。この城は誰が作ったと思っているんだい?」

「そうか、ムラシーンか!」

 レリムのその発言を受けて、ようやくマルフェスは彼女の意図するところを理解した。


 この城は元々魔法士であるムラシーンが、敵の進行を正面の一点に集中させるように設計した城である。

 それ故に当然のことながら、正門は魔法対策が厳重になされていた。


 マルフェスはもちろんこの城の内部構造の図面を把握してはいる。

 しかしそれはあくまでムラシーン亡き後、王都の調査兵がこの城を接収する際に作成したものである。紙面に材質や工法までは記載されておらず、彼の反応は無理もなかったといえよう。


 一方、かつて宮廷魔法士長を務めていたレリムの肩書は、王立大学の魔法科教授であった。

 それはつまり、彼女は教育者でありながら、研究者でもあることを意味している。それ故に彼女は、軍の派兵に関する一切の事務作業に関与することなく、手に入れた図面とこの城の設計者の存在を重ねて十分な考察を行っていた。そして彼女が出した結論が、ムラシーンによる魔法対策が十分以上になされているというものである。

 

「一発目は手加減したのもあるけど、ほとんどヒビさえ入っていなかった。昔のあんたなら、あたしの魔法の派手さなんかに気を取られず、それに気づいただろうにね。将軍とか名乗るようになって、少し老けこんだんじゃないかい?」

 レリムは揶揄するように皮肉げな笑みを浮かべつつそう口にする。

 すると、手厳しい指摘を受けたマルフェスは、軽く肩をすくめた。


「ちっ、まあ言葉で反論するのは野暮ってもんだ……だから、代わりに行動で示すとしよう。まだまだ俺が現役だってことをな!」

 レリムに向かってそう告げると、彼はそのまま真正面に向かい駆け出す。

 その彼の向かう先には、これ以上魔法を放たれては城門が崩壊されると焦ったエレンバウアー配下の兵士たちが存在した。


「将軍、お待ちください!」

 近衛参謀を務めるコルトンは、敵兵に向かい突如駆け出したマルフェスの背に向かい、慌てて抑止の声をかける。

 だが背中越しに返された言葉は、そんな彼の胃を強く締め付けるものであった。


「止めるのではなく、俺の前に出るという気概が欲しいものだな、コルトン!」

 マルフェスは躊躇なくそう言い放つと、ますますその速度を加速させる。

 そして彼は、城から迎え撃ってきた先頭の敵兵目掛けて、自らの剣を振り下ろす。


「甘いな!」

 敵兵の機先を制するかのように裂帛の気合を放つと、マルフェスは最初の兵士を一刀のもとに両断した。

 そしてそのまま右足を引き半身となる。

 すると、先程まで彼の右半身が存在した場所を敵兵の槍が通過した。


「なっ……」

 先頭の男の裏から、死角を突くように槍を放った兵士は、あっさりと回避されたことに驚き目を見開く。

 だがそんな彼の意識は、マルフェスの剣によってたちどころに断たれることとなった。


「……どうだ! 俺もまだまだ衰えてはいまい?」

「たった二人でどうしたって。マルフェス、そこをどきな。トゥールビヨン!」

 自慢げな表情で言葉を向けてきたマルフェスに対し、レリムは嬉しそうな笑みを浮かべながら彼の背に向けて編み上げた風の束を解き放つ。


「おっと、まったくお前は」

 レジスタンスで肩を並べて戦った時の経験から、自分を巻き込む形で魔法を放つ可能性があることをマルフェスは予期していた。だからこそ彼は、苦笑を浮かべながら斜め後方へステップする。

 そして次の瞬間、まさか味方のいる位置目掛けて魔法が使われると思っていなかった敵兵たちは、レリムが編み上げた魔法により弾き飛ばされていった。


「ふむ。どうやら、腕のほうだけは錆びついてないようだね」

 自らの魔法を回避したマルフェスをその目にして、レリムは全く悪びれた表情を見せず、そう口にする。


「当たり前だ。お前の腕も、そのセンスもな。味方まで巻き込んで撃とうとするとこまであの時のままだ。しかしこれで学生の指導をしているっていうんだから、本当に理解に苦しむ。君の生徒たちには心底同情するよ」

「はん、一言多いんだよ、あんたはさ」

 マルフェスの発言を受け、レリムはわずかに口を尖らす。

 そんな素振りを見せる彼女を、懐かしむように笑いながら、マルフェスはその視線を敵兵へと向けた。


「さて、少しは慎重になってくれたかな。これで少しは時間が稼げそうだ」

 そう口にすると、マルフェスは自らの剣を握り直す。

 そして正門の位置で様子を伺ってくる兵士たちを、彼は睨みつけた。





「先生!」

 周囲に響き渡る二度目の爆発音。

 それを木陰に隠れながら今か今かと待っていたフェルムは、隣の木にもたれかかっているアインに向かい声を発する。


「敵の目を惹きつける意味も込めて、二度合図をするとは言っていたけど、この距離でこの音って……一体なんの魔法を使ったんだ、彼女は」

 アインは呆れたように首を左右に振りながら、深い溜息を吐き出す。

 そんな彼に向かい、どのように声をかけたらいいのか迷ったものの、グズグズしていられないとばかりにフェルムは彼を促す。


「と、ともかく先生。急ぎましょう!」

「そうだね。ここからは時間が勝負だし、私達も動くとしようか」

 アインは頭を掻きながら二度頷くと、周囲の気配を探りながらゆっくりと月明かりのもとにその姿を表す。


「ふむ、どうやら完全に彼らの目は、反対側の騒ぎへと向けられたようだね」

 城の後面の城壁を、先ほどまで順番に見回りを行っていた敵兵の姿が、完全に消失したことをアインは見て取る。


 たかだか百人前後の兵士だけで、この城全体に監視の目をおくことははなから困難であると彼はその設計図から見て取っていた。つまり、いくら防衛拠点として優秀な城であろうとも、運用人数の如何では致命的な死角が多数生み出される。


 だからこそアインが狙ったのは、城の構造上の問題ではなく、その高い防衛能力を有した城の運営における、守り手自身が作り出した隙であった。


「さて、フェルム君。いよいよ指導の成果を見せる時が来たよ」

 アインはわずかに右の口角を吊り上げると、ゆっくりと後ろを振り返る。


「先生……本当にこの水掘を泳いで渡るのではないのですか?」

 不安を隠せぬフェルムは、アインに向かって念を押す様にそう問いかける。

 するとアインは苦笑しながら、その問いかけを否定した。


「泳ぐ? 残念ながら、私は肉体労働があまり好きではなくてね。そんなしんどいことはやりたくはないかな。第一、もし泳いで城のところまで辿り着いたとして、あの垂直な城壁をどうやって登るつもりなんだい?」

「それは……」

 そのアインの問いかけを受け、フェルムは思わず口ごもる。


 まるで水面からそそり立っているかのように、垂直に立ちはだかる城壁。

 その表面は容易に敵の侵入を許さぬよう完全に凹凸が廃されており、この距離から見ても、容易に登ることができないことは彼にもわからざるを得なかった。


「ま、君が泳ぐことと壁登りが好きって言うなら止めないけどね。でも時間的な面から、ちょっと止めて欲しいかな。というわけで、ちゃんと槍は持ってきたかい?」

「はい、こちらに」

 アインから問われたフェルムは、袋に包んでいた一本の何の変哲もない槍を取り出す。


「それじゃあ、早速作戦を始めるとしようか」

「せ、先生。たしかに僕は、レリム先生からあの魔法は習いました。でも、ここから城壁まで届かせるなんて無理ですよ」

「うん、知ってる。たとえ彼女がここを担当してもちょっと不可能だろうからね」

 かつて二度対峙した経験から、アインはレリムの魔法の素晴らしさとその限界を把握していた。

 それ故に、あっさりとフェルムの疑念を肯定する。


「でしたら、なぜ?」

「はは、やってみたらわかるさ」

 眉間にしわを寄せながら問いかけてくるフェルムに対し、アインは軽い口調で彼に実行を促す。


「やってみたらって言われても」

「大丈夫。私が何とかするからさ。というわけで、さあ急いで、急いで」

「はぁ……」

 とても実現不可能だと思われる内容を、あっさり可能だと言い切るアインに対し、フェルムは戸惑いを隠せなかった。

 そんな彼の肩をアインがポンと叩く。


 見た目以上に暖かく力強い手。


 その手から目の前の黒髪の男の無言の信頼が、フェルムへと伝わった。

 だからこそ銀髪の青年は、一度大きく深呼吸を行う。

 そして彼は、目の前の男の正体をその脳内で確認し、その上で決意を固めた。


「分かりました。では、いきます」

 フェルムはその目を閉じ、神経を槍を握る両手のひらにすべての神経を集中させる。

 そして彼の中に存在する魔力を、ゆっくりと手を媒介にして槍へと移していくイメージを編みあげると、発動の呪文を口にした。


「アスィエ!」

 かつてこの国の宮廷魔術士長であったレリムが、自らの愛用するショートソードを戦闘中に可変させるために編み上げた付加魔法。

 その呪文が彼の教え子の口より発せられた瞬間、青年の手にしていた槍は急速に延伸していくと、元々の倍以上の長さとなる。


「うん、素晴らしいね。もちろん彼女ほどとは言わないけれど、十分な出来さ」

「でも、先生。僕ではここまでが限界で……」

 魔法を維持するために、魔力を注入し続けているフェルムは、額に汗をかきながら、そう口にする。


「ああ、ありがとう。もう少しの間だけでいい、そいつを維持していてくれ」

 満足そうに一つ頷いたアインは、突然自らのポケットに手を入れると、何かを探り始める。


「あれ、確かこのへんに……ああ、あった」

 アインはポケットから取り出した小さな真紅の水晶を握り締める。そして一度大きな息を吐きだすと、先程までの笑みをその表情から消し去った。


「実践では初めてか……でも、対象を物質に限定さえすれば、問題ないはずだ」

「先生? 何かおっしゃいました?」

「いや、ただの独り言さ。もうしばらく聞き流しておいてくれ」

 そうアインは告げると、彼は手にした真紅の水晶へと視線を落とす。


「マテリアルコードアクセス……パワーリベレーション」

 アインの口から紡がれる意味不明の詠唱。

 それを耳にしたフェルムは、ありえない光景をその目にした。


 アインの手にしていた小さな真紅の水晶が、強く一瞬輝きを放ったかと思うと、次第に透明なただの水晶へと変貌していく。そしてそれとともに、アインの体の周囲に、肌で感じられるほどの魔力が溢れだした。


 驚きを隠せぬフェルムをその目にして、魔力にその身を覆われたアインは薄く笑う。そして彼は青年に向かい一つ頷くと、再びその口から一つの呪文を紡ぎ始めた。


「マジックコードアクセス」


 アインの口からその力ある言葉が発せられた瞬間、フェルムはとっさに身震いする。


 彼は今この瞬間、これまでの人生で感じ得たことのない感覚を覚えていた。

 自らの全身を介して、とてつもない量の魔力が、彼の手にする槍へと流れこんでいく感覚を。


「せ、先生!」

 経験したことのない感覚に、フェルムは堪らず、アインに向かって助けを求める。


「心配はいらないよ。ちょっとばかし扱う魔力が増えているだけのことさ。私がやっていることは、あくまで単なる橋渡しと微調整。全ての根源は、君の魔法にある。だから集中するんだ、フェルム」

「ですが、こんな膨大な魔力なんて、とても僕には!」

「大丈夫、君なら出来る。だからレリムさんは君を受け入れてくれたし、学長もそしてカイルも君を私に勧めてくれた。心を落ち着かせて、イメージするんだ。君の手元から天を貫くほどに伸びゆく槍のイメージをね」

 そう口にしたアインの眼差しは、青年が初めて見る真剣さであった。

 その表情を眼にしたフェルムは、レリムの言葉を思い出す。


 ほかならぬ自分こそが、このアインと名乗る英雄の教え子として選ばれたのだということ。


 その瞬間、フェルムは歯を食いしばると、アインに向かって頷き返す。


 フェルムの覚悟ができたことを、その力強い視線からアインは悟った。

 だからあえて魔法制御を奪うことなく、魔法のコントロールをフェルムに委ねたまま、アインはキーとなる呪文を紡ぎ終える。


「クラック!」


 あふれんばかりの魔力が、急速にフェルムの身体を駆け抜け、一斉に彼の手にする槍へと流れこんでいく。


「くうっ……なんの、これしき!」

 フェルムは目をつぶり全ての神経を魔法の制御という一点に集中させると、これまで得た知識と感覚を総動員して、流れこんでくる力を魔法式へと還元していく。


 恐らく時間としては極々わずかの間であっただろう。


 しかしながらフェルムにとってその時間は、まさに何分にも何時間にも感じられる一瞬であった。  


「フェルム、目を開けてごらん」


 穏やかな、それでいて優しいアインの声。

 それを耳にしたフェルムは、ゆっくりと己が瞳を開いていく。


 そして次の瞬間、彼は驚愕すべき光景をその目にした。


「こ、これは!?」


 膨大な量の魔力が注ぎ込まれた一本の槍。それは彼の手元からミレンベルグ城へと至るまで延伸されると、そのまま深々と城壁へと突き刺さっていた。

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