第6話 境遇

「いろいろ聞きたいことはあるけど、君がどうして貴族院の幹部の中に、その名を連ねているのか教えてもらえるかな」

 手近な部屋へとフェルナンドを連れ込んだアレックスは、彼を部屋の壁へと押し当てた上で、剣を喉元に添えたまま問いかける。その表情はいつものニコニコしたものであったが、その狐目の奥に潜む狂気をフェルナンドは感じ取らずにはいられなかった。


「……それは僕の先代が貴族院の中核にいたから。より正確に言うならば、先代がブラウ公に取って都合の良い駒だったことが理由です」

「ふぅん、だから君がその立場を継承したと……つまりそういうことかな」

 フェルナンドの表情を覗き込むかのように、アレックスは顔を彼へと少し近づける。そのアレックスが纏う冷気にも似た殺気に、フェルナンドは声を震わせつつもどうにか返答を口にした。


「は、はい。その通りです。それ以外に理由がないわけではありませんが……大貴族でもない若造の僕が、貴族院の中枢に名前を連ねているのはそれが理由です」

「なるほどね。それで他の大貴族連中に並んで、君がブラウ公の自宅で開かれる円卓会議に名前を連ねていると、そういうわけだ」

「ど、どうして貴方がそれを? 貴族院の方針を実際に決定している円卓会議の存在なんて、王国貴族の中でも極々限られた一部の者しか知らないはずです。ましてやその内部構成まで……」

 アレックスがさらりと口にした円卓会議という言葉に、フェルナンドは思わず動揺する。

 すると、アレックスは首を左右に振って彼に微笑みかけた。


「間違えないでくれるかな、フェルナンド君。今ここで尋ねているのは、君じゃなくて僕さ。ふふ、まあでもいいか。そりゃあ、ユイの周りをうろちょろする連中を捕らえれば、半分くらいは君たちの組織の者だったからね。中にはいろいろと歌ってくれる鳥もいるということさ」

「……そうですか。ユイさんへの監視員が尽く失踪していたのは、あなたの仕業だったわけですか」

 ユイの行動を監視するために、貴族院が送り込んでいた密偵の数はこれまでに二桁に上る。しかしそのほとんどは、何一つ報告することさえできず、いつの間にか姿を消していた。

 それ故に、これまでユイたちが何らかの対策をとっているのだと貴族院も考えていたが、それを目の前の男が担っていたと理解すると、フェルナンドは納得とともにますますその恐怖を深める。


「正確には、僕以外にもう一人いるんだけどね。それはともかく、ユイの監視については君たち以外にも、帝国やフィラメント公国、キスレチン共和国の人たちも努力しているよ。まあほとんどはただの使い走りなんだけど、中には意外に情報を持っている奴も紛れ込んでいてね、なにげに効率のいい情報収集になっているのさ」

「……貴方が密偵を排除していることは、ユイさんもご存じなんですか?」

「ユイかい? どうだろうね。でもたぶん気づいてはいるんじゃないかな。彼に必要な情報は厳選して報告しているし、その情報の出元に気づかないような愚鈍さは、彼とは無縁だからさ。もっとも、そのあたりは僕に一任しているみたいだから、特に何も言ってはこないけどね」

 アレックスは顔に張り付いた笑みを一切崩すことなく、フェルナンドに向かって返答する。

 一方、その答えを耳にしたフェルナンドは、恐る恐るアレックスに向かって口を開いた。


「しかし、しかしです。どうしてアレックスさんがこんな仕事を……だってあなたは剣の道ではまがう事なき我が国の第一人者じゃないですか。もっと陽の当たる所へ出てもおかしくないのに、どうして貴方ほどの人がこんな汚れ仕事を……」

「ふふ、ユイの奴は甘いところがあるからね。彼以外の誰かがこういった仕事をしなくちゃいけないのさ。能力的にはリュートでもかまわないんだろうけど、性格的に彼には任せられない。彼はある意味、ユイの光だからね。だからユイの陰を担う僕が、彼が最良だとわかっていても性格上できないことを代わりに行う。例えばユイと親しい君を、ここで亡き者にするとかね」

 アレックスが平坦な口調でそう言い切った瞬間、フェルナンドは目の前の男が冗談ではなく、本気で自分を殺しうることを理解する。

 それ故に、彼は少しでも思考の時間を稼ぐ為、アレックスに向かって慌てて言葉を紡いだ。


「じょ、冗談はやめてくださいよ」

「君の中で、僕は冗談が好きな人物だったかな、フェルナンド君」

 氷より冷たく、そしてどんな刃物よりも鋭利な言葉を耳にしたフェルナンドは、迫り来る死の予感を胸に抱く。そしてそれとともに、彼が守るべきものの姿が、彼の脳裏をかすめた。

 その瞬間、彼は一つの覚悟を決めと、目の前の死神に向かい毅然とした口調で問いを口にした。

「……僕にどうしろと言うのですか?」

「ふふ、では質問と行こうか。今回のユイの帝国行きを指示したのは、貴族院で間違いないね?」

 話す気になったと解釈したアレックスは、最初に今回の絵を描いたのが貴族院であるかどうかを問いかける。

 すると、首元に添えられている剣に気をつけながら、フェルナンドは小さく首を縦に振った。


「ええ、その通りです。貴族院としてはレムリアックでユイさんが亡くなれば理想と考えていたようですが……残念ながら最悪の結果となったので、強攻策をとったというわけです」

「最悪ねぇ……そんなにレムリアックでのユイの成功を、君たちは問題視しているのかい」

「領地経営失敗の罪でユイさんを排斥するつもりが、逆に経済的に完全に自立されてしまいましたから。その上、このまま行けばあの土地に埋蔵されている魔石量から言って、下手すれば王国一裕福な貴族になりかねない。これが彼らにとって最悪でなければ、なんだというのですか」

 既にレムリアックは、非常に安い税金とルゲリル病が根絶されたという評判から、労働者の流入が相次いでいた。

 中にはそれを魔石狂時代の再来と揶揄する者もいたが、人と金の集まるところに金はさらに集まる。そしてそれらの流入は、さらなる発展へと繋がりだしていた。そのような良好な循環が回り始めた現在、レムリアックは寂れきっていた時代が嘘のように、まさに急速な発展を遂げ始めている。


「確かに君の言うとおりだ。なるほど、貴族院の連中がなりふり構わなくなるのも無理はないか。ならば次はこれからのことを尋ねようか。君たちは今回、ユイをどうするつもりなんだい?」

「おそらくおわかりじゃないかとは思いますが……帝国に飛ばし、帝国に処断してもらう。それが貴族院の狙いです。うまくいけば、自らの手を汚さず最大の邪魔者を排除できますから」

 フェルナンドの瞳を覗き込んでいたアレックスは、彼の言葉に嘘が含まれていないと判断すると、満足気にゆっくりと頷く。そして目の奥をわずかに光らせると、改めてその口を開いた。。


「恐らくだけど、君はいざという時に暗殺者も兼ねると、おそらくそんなところなのかな? ユイの奴は身内に甘いからね」

「……違うとは言いません。貴族院の連中は、遠回しに僕にそれを示唆していましたから」

「で、どうするつもりなんだい? もちろん返答次第では、ここで消えてもらうことになるけど」

 アレックスは手にしている剣を力強く握り直し、改めて問いなおす。


「だとしたら、僕とすれば回答はユイさんに付くと言うしかないじゃないですか。もしそう言えば信じてくださるのですか?」

「さあ、どうだろうね。それは君の誠意しだいかな?」

 わずかに含み笑いを浮かべながら、アレックスはそう口にした。

 そして同時に、彼の雰囲気が一変する。

 フェルナンドは、自らの死の予感を覚えずにはいられなかった。だが、逆に彼は目の前の死神を睨みつけると、ゆっくりと覚悟に満ちた言葉を発する。


「……わかりました。アレックスさんには全てをお話しします。そして僕の命をあなたに預けます。だからもうしばらくの間だけでいいんです、もうしばらくだけ、この僕に時間をくださいませんか。僕にはまだ、やらなければならないことがあるんです」

 強い意志を含んだフェルナンドの表情と言葉を受け、アレックスは学生時代の彼の姿を思い出す。


 真面目で優秀だが、どこか線の細い印象があった優等生。それがアレックスの記憶にあるフェルナンドであった。

 しかし今、彼の眼の前には、かつての線の細さなど微塵も感じさせず、守るべき何かを背負う男がそこに存在した。


「うん……どうやら嘘を言っているわけではなさそうだね。いいよ、事情を聞こうか」

 アレックスはいつものキツネ目のままわずかに微笑み、手にしていた剣を鞘へと収めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る