第6章 レンド編

第1話 それぞれの道

 エルトブールの北に存在するオルミット地区。

 士官学校や王立大学が存在することから、比較的若い人々の姿が目立つ地域であった。


 そんなオルミット地区の歓楽街に、グリーン亭と呼ばれる安酒場が存在する。

 すでに夜も更け、そろそろ店じまいにしようかと思っていた店主のロダックは、こんな時間に思わぬ客を迎え入れることとなった。


 そう、こんな安酒屋に存在してはならない立場の三人を。


「こうして三人でこの店に来たのはいつ以来かな」

「さあな」


 右手の席に腰掛ける赤髪の男の言葉に対し、目の前のエールをあおりながら、銀髪の男は興味なさげにそう返答する。

 一方、彼の左手の席に腰掛けていた黒髪の男は、軽く頭を掻きながら二人に向いその口を開いた。


「初めて来たのは覚えているけどね。君たちが私の仕事を邪魔しに来たあの日のことはさ」

「……お前が偽名を使ってこの店で働いていた時か」


 黒髪の男の言葉に、銀髪の男は懐かしき記憶が蘇ったのかそう言葉を続ける。


「はは、懐かしいね。しかし久々に来ると、なぜか僕たちばかり歳を重ねた気になるよ。マスターは全然変わわっていないのにさ」

「アレックス、店長の頭を見ながらそういうことはやめた方がいいかな。また出禁にされるよ」


 目の前のエールを空けてしまったユイは、オレンジジュースを嗜むアレックスに向かいそう忠告する。

 途端、銀髪の男もそんな彼の発言に同意した。


「あの時は本当に迷惑したんだ。俺の目が黒いうちは、お前に一滴たりとも飲ませんぞ」

「はは、こわいなあ。別に飲みたいってわけじゃないけど、一杯くらいならどうってことないと思うんだけどな」

「頼むからやめてくれ。特に腰に剣を下げてきた時はね」


 アレックスの言葉を耳にするなり、この酒場で繰り広げられた惨劇の夜のことを思い出し、ユイは慌てて彼を静止する。

 すると、空になったジョッキを回収に来たロダックが、それまでの沈黙を破りその口を開いた。


「赤いの。先に行っておくが、お前に出す酒はないからな」


 それだけを告げると、ロダックはそのまま新たなエールを注ぐために、彼らのそばから歩み去っていく。

 そうして立て続けに三人から非難される形となったアレックスは、小さく息を吐き出すと軽く肩をすくめてみせた。


「君たちだけでなく、まさかマスターにまで言われるとはね。みんな心配症なんだから」

「まあ店長も昔のことを忘れるほどボケてないってことさ」


 苦笑を浮かべながら、ユイはそう口にする。


「確か、あの人もアーマッド先生の同期にあたるのだったな」

「ああ。そうだよ、リュート。あのエレンタム先輩の同期でもあるか」

「まあそれぞれってことだな……歩く道のりは」


 ポツリと、リュートは虚空に向かいそうつぶやいた。

 一瞬の沈黙が場を包み、そしてその後に赤髪の男が彼の方にポンと手を置く。


「だね。でも、僕たち三人はまた同じ道を歩いている」

「一度はバラバラになったけどね。世の中わからないものさ」

「できれば、またここに集まりたいものだな」


 アレックスとユイの言葉を受けて、リュートは何気ない口調でそう口にする。

 それを耳にした瞬間、アレックスは驚きながらも嬉しそうに微笑んだ。


「へぇ、君がそんなことを言い出すなんてね。じゃあ、その時は僕も一緒に飲ませてもらうよ」

「だから君はダメだって。どうしてもって言うなら、絶対に剣を下げてこないこと」

「はは、厳しいなぁ。ナーニャ君にはあんなに甘いのに」


 重ねてとなるユイの抑止に、アレックスは頭を振りながらそうこぼす。

 一方、ユイはそんな彼に向かい、改めたはっきりと最大の懸念事項を突きつけた。


「彼女は止めることができるからね。で、君がまたご乱行に及んだら、誰が止めるっていうんだい?」

「君が本気になったら可能なんじゃない?」

「やだよ、僕が怪我するのはさ」


 何気なく口から飛び出したユイの言葉。

 それを耳にした銀髪の男と赤髪の男は、思わずお互いを見つめ合いニヤリとした笑みを浮かべる。


「ふふ、なんか懐かしい反応だね」

「ああ、まったくだ。生意気な同級生がいつもそんなことを口にしていたな」


 アレックスから自分へと標的が変わったことに気づき、ユイは首を左右に振りながら頭を掻く。


「はぁ……からかわないでくれよ。まったく」

「ふふ、ともかくユイ。君が何をやらかすつもりかは知らないけど、約束は守りなよ」

「約束……か。ああ、わかっているさ」


 その約束がなにを指しているのかは明白であった。だからこそ、彼は一切ごまかすことなく首を縦に振る。


「本当だろうな? お前のわかっているは、一番信用ならん」

「おいおい、私が約束を破ったことがあるかい?」

「ない……ただし騙したりごまかしたりは無数にあるがな」

「はは、まあそれはね」


 リュートの突きつけてきた過去の事実を前にして、ユイは頭を掻きながら苦笑いを浮かべる。

 そんな二人のやり取りを横目にしながら、アレックスは微笑みながら、一つの提案を口にした。


「ともかくさ、二人とも。全てが終わったら、再び集まるとしよう」

「そのためにもだ、負けるわけにはいかんな」

「そうだね。まあ、やれるだけのことはやるとしよう。また三人で同じ道を歩けるように……ね」


 ユイはそう口にすると、軽く右拳を握り、そのまま二人に向かって突き出す。

 すると、瞬く間に三人の男の拳が重ねられた。


 そう、いがみ合っていたあの頃とは異なって。

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