第13話 力量

「イスターツ! いや、イスターツ……殿」


 会議を終えて与えられた部屋へ戻ろうとしていたユイは、突然背後から彼を呼び止める声を掛けられた。


「えっと、確かレリムさん……だったかな?」


 振り返ったユイの視線の先には、先ほどの会議に出席していたやや気の強そうな若い女性の姿がそこにあった。


「イスターツ殿。申し訳ないが貴方の力を見せてもらえないだろうか……でなければ、私は納得ができない」

「納得? 一体何のですか?」


 言葉の意味が理解できなかったユイは、疑問符を脳裏に浮かべながら首を傾げる。

 すると、そんなユイの仕草に明らかな苛立ちを覚えたのか、レリムは彼に向かい自らの内心を叩きつけた。


「わからないか、貴方の考えた作戦に従うということがだ」

「ああ……つまりは力を見せてみろと、そういうことですか」


 先ほどの会議の際から、レリムはユイに対してあまり好意的ではない態度を示していた。それ故に彼は、面倒なことになったとばかり頭を掻く。


「私は私の納得する相手の下でしか働きたくない。クラリスの英雄か何かは知らないが、貴方の指示に従う価値が有るのか、この私に示して欲しいだけだ」


 ユイに向かってはっきりとそう告げると、レリムの双眸はより険しいものとなった。

 そんな彼女の言葉を受けたユイは、彼女に悟られないよう注意しながら、小さな溜め息を吐き出す。


 作戦が実行されるまでの間に延々と突っかかられ続けるよりも、この手の種類の人間に対しては早めにケリを付けておいた方が効率的。

 今の面倒と将来の面倒を効率という名の天秤にかけた彼は、いやいやながらも一つの結論を導き出す。


「ふむ、そこまで言われるなら、ちょっと広い場所に移動しましょうか。さすがにここでやりあうのは、他の人に迷惑ですから」


 何度か両手のひらを握っては開いてという動作を繰り返した後に、最低限の力が伝わるところまで自らの体力が回復していることを確認すると、ユイは目の前の女性に向かってそう口にした。



 この館についたばかりで手頃な開けた場所の心当たりを有していなかったユイは、レリムに先導される形で館の裏にはへと移動すると、そこで彼らは正面から対峙する。


「確認するが、イスターツ……本当に構わないんだな?」

「ええ、別に遠慮は不要ですよ。というより、貴方が言い出したのですよね?」


 自分で言い出しておきながらも戸惑いを見せるレリムの反応。

 それを前に、意識的ではないにしろ彼女は断られることを前提にして喧嘩を売ろうとしてきたのではないかと、ユイは考えた。


「そ、そうだな。ならば遠慮はしない!」

「もちろん。別に全力でかかってきてくれて構わないですから」


 過去に自分に向かって何度も挑みかかってきた銀髪の魔法士との戦闘経験から、これ一度きりにしたい。

 そんな考えが脳裏をよぎり、ユイはレリムに向かって全力を出せと告げた。


 一方、レリムはわずかに眉間にしわを寄せる。


 いくら英雄などと称されているとはいえ、まだ体調が明らかに万全ではなく青い顔をしたままの男。

 そんな彼に、格下を相手にする時のような言動をとられたことに自然と腹を立てていた。


「くそ、ならば行かせてもらうぞ、イスターツ!」


 キッと前方を睨みつけ、レリムは両手を前につき出す。そして彼女は、あっという間に風の魔法を眼前へと構築していった。


「なるほど、さすがは元宮廷魔法士長……か」


 レリムの魔法構築の早さとその緻密さを目の当たりにして、ユイは目の前の女性の評価を改める。そしてそれとともに、まだ十分以上に若いと言って差し支えない年齢にもかかわらず、彼女が魔法士長の職についていたことに納得をした。


「喰らえ、トゥールビヨン!」


 唸りを上げる風の束を編み上げたレリムは、ユイをまっすぐに睨みつけながら、彼目掛けて躊躇なく解き放つ。


「うん、魔法構築の質といい速度といい、一流と呼んで差し支えないレベルだ。誰かがラインドルは魔法後進国と言っていたけど、とんでもない話だね」


 かつてワルムという男との間で交わした会話を思い出しながら、迫り来る風の束を前にしてユイは思わず苦笑する。そして彼は二発目の魔法を編み上げようとするレリムを視野に収めながら、最低限の動きで風の束を回避した。


「まだまだ!」


 最初から一撃で片がつくなどとは思っていなかったレリムは、すぐさま二発目の風の束を解き放つと、間髪入れず三発目の魔法構築を開始する。

 そうして彼女が目の前の現実から、魔法を編み上げることに対して意識の比重を大きく移した瞬間、その刹那の時間に予期せぬ事態が彼女へと襲いかかった。


「な……我が国の風魔法だと!」


 意識を前方へ戻した彼女が目にしたもの。

 それはユイ・イスターツから彼女に向かって疾走する、先ほど彼女が操ったのと同じラインドル式の風魔法であった。


 一体何が起こったのかわからなかったレリムは軽いパニックを起こす。しかし自らの身に危険が及んでいる事実を理解すると、迫り来る魔法を相殺するため、彼女は自らの手元に構築している風魔法を解き放った。


 二つのまったく同じ威力を有した風の束は、正面からぶつかり合う形となり、そして破裂音を生み出して消失する。


「危なかった……あれ、奴は……イスターツはどこだ?」


 ラインドル式の魔法を、対峙しているいけ好かない男が操るのではないかという疑い。そんな雑念を抱きながらとっさの対応を行ったが故に、レリムは自らの視界からユイ・イスターツの姿を見失ってしまった。


 そして次の瞬間、彼女は左側面から何者かが迫る感覚を覚える。レリムは自らの直感を信じて、視線を動かすよりはやく、腰に備え付けていたショートソードを側方に向かって振るった。


「おっと、気づいていたのか。今のは完全に死角に潜り込んだと思ったんだけどね」


 レリムはその声を耳にして、ようやく自らが剣を振るった方向へと視線を動かす。

 その視線の先には、彼女の剣を後方に飛び退ることで回避したユイ・イスターツの姿があった。


「……貴様、我が国の魔法などどこで覚えた?」


 レリムは先ほど自ら目掛けて迫ってきた風の束を思い出すと、その威力と質が彼女の扱うレベルに到達していたことを理解し、軽く唇を噛む。

 すると、そんな彼女の心境を理解したのか、ユイが申し訳無さそうにネタばらしを口にした。


「はは、残念ながら私はほとんどの魔法が使えないのでね、ラインドルの魔法どころか、クラリスのものさえ扱えないのさ。今見せたのは先程の会議で説明した、魔法改変の親戚みたいなものだよ」

「馬鹿な……いや、認めざるをえないか」


 会議の際に、自らの手札としてユイが提示した魔法改変。

 彼がその能力を告げるや否や、レリムは一層彼のことを疑いの目で見るようになった。しかし、実際に彼と対峙してその能力に触れたことで、彼女は事実を受け入れる。


 一方、レリムの出方を伺っていたユイは、自らへと向けられるレリムの視線からわずかに棘が少なくなったことを感じとった。

 もちろんその理由はユイにはわからない。だが生死を掛けた戦いを共にすることとなる仲間から、一方的に向けられていた憎悪が薄れたことに対しわずかに安堵した。そしてそれと同時に彼は、すでに目的は果たされたかに見えるこの不毛な戦いに終止符を打つ事を選択すると、レリムに向かいまっすぐに駆け出す。


 普段より明らかに重い体と足。

 現在の体の状態で、長時間の戦いは不可能であることを、あらかじめユイは理解していた。だからこそ彼は、戦いが始まると同時に魔法改変を使用し、そして魔法士相手に近接戦闘を挑みかかったのである。


 たちまち二人の間に存在した距離は消失し、もはや至近距離というべき間合いにユイは入り込む。

 するとその瞬間、レリムは自らのショートソードを振りかぶりながら、一つの呪文を口にした。


「アスィエ!」


 レリムが高速で編み上げたその魔法を目にして、ユイは思わず目を見開く。そしてそれとともに。彼は自らの危機を理解した。


「付加魔法か!」


 ユイは舌打ちを打つと前進運動を中止し、前のめりになる体を静止させるよう全力で踏ん張る。そしてレリムの手にした剣の間合いぎりぎりのところで、彼は踏みとどまった。

 次の瞬間、ユイの前髪の一部をレリムの剣が撫でる。


「ちっ!」


 迫り来るユイの軌道を計算に入れた上で、勝利を確信し剣を振りきったレリムは、手応えがなかったことに表情を歪める。しかし彼女はこの機を逃さないとばかりに、更に一歩前へと踏み出し、そのまま突きを放った。


「素晴らしい。今の速度で付加魔法を使われると、改編する暇もなかった。だけど!」


 ユイはそう言い放つと、体を回転させて半身になりながら迫り来る剣の一撃をスレスレのところで回避する。そして彼はそのままさらに前方に踏み込むと、剣を握るレリムの右腕を掴んだ。


「なっ!」


 思わぬユイの行動にレリムは驚きの声を上げる。

 そして次の瞬間、更に前進しながら体をクルリと入れ替え、レリムの腕を捻り上げながら、ユイは彼女の背後へと回り込んだ。


「勝負あり……かな」


 腕をねじり上げたまま組み伏せたユイは、レリムに向かってそう告げると、もうこれ以上は無意味だとばかりに彼女を解放する。

 途端、レリムは痛む右腕を胸の前で抱え、対峙していたユイの顔をまじまじと見た。


「イスターツ、貴様はそれで本当に病み上がりなのか?」

「まあ、体の動きが鈍いのは本当さ。たぶん長期戦に持ち込まれていたら、少しまずかったかな」


 もっともその場合は、更に積極的に自分から仕掛けにいっただろうと内心で思いながら、ユイはそう返答する。

 すると、そんな彼の発言を聞いたレリムは、唇を噛みながら悔しそうな表情を浮かべた。


「そう……か。私の負けか」

「ああ。でも、君の魔法は素晴らしかった。特にあの付加魔法。正直言ってあれは、本当に危なかった。君は攻勢魔法より付加魔法のほうが得意なんだね」


 ユイは自分を慌てさせた先ほどの付加魔法を思い出すと、迷うことなく彼女を賞賛する。

 レリムが扱った付加魔法。それは剣の長さ自体を、重量を増加させることなく延伸させる魔法の一種であった。


 彼女はこの付加魔法を使用することで、普段腰に備えたショートソードを小回りの効くまま、必要時はロングソードのような間合いでも使用することができる。

 その魔法特性の面白さと、そして魔法の構築までの速度を目の当たりにして、ユイは彼女が付加魔法士だと判断した。


 しかしそんな彼の予想は、あっさりとレリム自身によって否定される。


「違う。私はあくまで攻勢魔法士だ。あれは昔学生時代に作った、遊びの魔法にすぎない。そして何より、私が扱う付加魔法はあれだけだからな」

「あれを学生時代の遊びで……本当かい? いや、対峙した感想としては、もちろん攻勢魔法士としての君は一流だと思うけど、先ほどの付加魔法はそれを上回る代物だと思う。きっと君は付加魔法を極めれば、より高みにたどり着けると思うよ」

「付加魔法……か。ふん、しかし偉そうに」


 思わぬものを目にした興奮から、やや上から目線の発言をしたユイに対し、レリムはそれが癇に障ったのか、わずかに目つきを鋭くさせる。


「ごめん、勝ったからってどうこう言うつもりじゃないんだ。それだけあの魔法の出来が面白かったものでね」


 彼女の視線の中に、棘が再び含まれ始めたことに気がついたユイは、しまったとばかりに頭を掻く。

 するとそんな彼の仕草に毒気を抜かれたレリムは、少しその場で黙り込むと、後にユイの想定外のことを言い出した。


「ならばイスターツ。この戦いが終われば、私は付加魔法に再び取り組んでみせる。貴様の目利きがほんとうに正しいのか確かめるためにな。そしてだ、貴様と対峙するに足るレベルまで付加魔法を極めたあかつきには、私ともう一度戦え」

「え、ちょっと待ってくれ。また戦わなきゃだめなのかい?」


 思わぬ申し出を受けて、ユイは困惑の表情を浮かべる。

 しかしそんな彼に向かい、更に強い剣幕でレリムは迫った。


「当たり前だ! 付加魔法を扱えばより高みに辿り着けると、貴様が言ったんだろ。忘れたとは言わさないぞ」

「いや、別に戦いに強くなるという意味で、高みと言ったわけではないんだけど……まあ、いいか。わかったよ、その時は御相手することにしよう」


 大使の任を終われば、再びラインドルに足を運ぶことはないだろうとユイは考えた。それ故に、目の前の女性と今後二度と出会わない可能性が十分にあると思い、彼はその申し出を表面上受け入れる。

 そんなユイの打算を知る由もないレリムは、不敵な笑みを浮かべると、すくっとその場から立ち上がった。


「ふふ、楽しみにしている。その際は、この私が貴様に手加減してやるからな。覚えておけ」


 レリムはそう言い残すと、意味ありげな笑みを浮かべたまま、その場から立ち去っていった。


「はぁ……しかし、一体彼女は何だったんだ……」

「あの子は、昔から強いものに挑むことが好きでな」


 肩を落としながら虚空に吐き出した呟きに対し、意識外の方向から応じる声が返された。

 思っても見なかった反応に、ユイは意外そうな表情を浮かべると、声のした方向へと彼は視線を動かす。そして彼の視界は、ゆっくりと歩み寄ってくる一人の老人の姿をそこに捉えた。


「見ていらしたんですか?」

「まあ、私はあの子の親代わりみたいなものだからな」


 ユイの側まで辿り着いたビグスビーは、あごひげを撫で付けながらそう返事を行う。

 一方、そんな彼の発言にユイは眉をわずかに動かすと、そのまま彼に向かって疑問を口にした。


「親代わり?」

「ああ。あの子の両親は、どちらもこの国の優秀な魔法士でね、私の友人だった。だが、クラリスとの同盟が締結される直前、国境線をめぐる小競り合いで二人共帰らぬ人となってしまった。君に対して噛み付いたのも、きっとそれが一因だったのかもしれんな」


 わずかに遠い目をしながら、ビグスビーはゆっくりと言葉を紡ぐ。

 そんな彼の話を受けて、ユイは納得と疑問を同時に覚えた。


「なるほど……しかし、そんな話をどうして私に?」

「君は他の選択肢も存在するということをあの子に示してくれた。だからかな」

「……それは付加魔法のことを言っているのですか?」


 ビグスビーの発言の意味を咀嚼したユイは、さきほど彼女に告げた付加魔法の才能のことを指していると考えた。

 するとビグスビーは、そのとおりだとばかりに大きく頷く。


「その通り。あの子は実に不器用な子だ。一つのことに頭がいっぱいになると、他のことをすぐに切り捨てようとする。そしてその判断基準は、効率という名の呪いだ」

「効率……ですか」

「ああ、効率だ。例えばあの子がなぜ攻勢魔法士になったのか、君にはわかるかね?」


 突然ビグスビーから振られた問いかけに、ユイは首を傾げる。


「そうですね。例えば、両親が攻勢魔法士だったとか?」

「ふふ、残念。あの子の両親は治癒魔法を専門にしていてな、攻勢魔法とは無縁なのだ。正解は、それこそ効率というやつだ」


 ビグスビーの回答を耳にして、ユイは一体何の効率なのか疑問を抱く。しかし、彼女の役職を思い出すと同時に、彼はその答えへとたどり着いた。


「なるほど……つまりは出世の効率というわけですか」

「その通り。我が国だけでなくどの国においてもそうだと思うが、軍の魔法士は常に攻勢魔法士がいつの時代も花型だ。そして出世も最も早い。仮に戦場に出たとしても、その成果が評価されやすいのも常に攻勢魔法士だからな」


 レリムのことを語るビグスビーの表情は複雑であった。それは友人の娘を再び戦場で失う可能性のある職種へ付かせてしまったという、彼自身の後悔から来たものであったのかもしれない。


「だからこそあの若さで、宮廷魔法士長にまで上り詰めることが出来たというわけですか」

「ああ。アルミム陛下は、他国との戦いを平和交渉でできるだけ排除していった。それ故に残された戦場であの子は戦い続けたのさ」

「残された戦場?」


 他国との戦争のない国において、攻勢魔法士の働き場の思いつかなかったユイは、そのままビグスビーへと問い返す。

 すると、ビグスビーはユイに向かって一つ頷いてみせた。


「ああ、海賊との戦いさ。この国の北西部には、北の国から頻繁に海賊が押し寄せてくる。そんな彼らとの戦いの最前線に、あの子は十代の頃から身を投じていたのだよ」

「そうだったのですか。しかし、一つ気になるのですが、彼女が真の効率主義者なのだとしたら、なぜ彼女はムラシーンの側に付かなかったのでしょう。いや、あなたがいるからだとは思うのですが……」


 ビグスビーの語る話を聞いたユイは、効率よく軍の中で生きていきたいのならば、ムラシーンの側に付いているべきではなかったかと考える。そしてそれ故に、父親代わりであった目の前の男がその理由ではないかと結論づけた。


「確かに。当然私が誘ったからこそ、あの子はここにいる。だが、さっきも言っただろう。あの子は昔から強い者に挑むのが好きなのさ。だからこそ彼女はムラシーンと戦うことを選んだのだと私は解釈していてね」

「強い者に挑みたい効率主義者か。なんだか矛盾していますね」


 世の中を効率よく渡って行きたいのならば、強者の下に付いているべきだとユイは考える。だからこそ、彼はそんな彼女の考え方に矛盾があることを指摘した。

 そしてそんな指摘は、彼女の父親代わりでもあるビグスビーの見解とも一致をみる。


「ああ、あの子は矛盾している。そしてそんなあの子の気質が、あの子自身をずっと苦しめているのだ。例えば、誰よりもムラシーン達と戦いたいにもかかわらず、結果が見えているから戦いを挑めないという……ね。だからこそ先ほどの会議でも、リスクのある提案には、尽く反対意見を述べていたはずだ」

「確かに」


 先ほどの会議での記憶を思い起こしたユイは、父親代わりである目の前の男の発言に、苦笑を浮かべた。


「あの子は頭がいい。そしてだからこそ、ほどほどには先も見える。それ故にあの子は、自分で自分の選択肢を狭めてしまっているのだよ。だが、君は効率を追求する以外の選択肢が、あの子の中に秘められていることを示してくれた」

「たまたまですよ」


 首を左右に振ると、ユイは謙遜してみせる。

 そんなユイの反応に目を細めると、ビグスビーは改めて感謝を口にした。


「別にそれでも構わない、あの子にとって前に進むきっかけとなるのならな。そしてきっと君との出会いは、あの子にとって大きな一歩となる。親代わりの老人としては、感謝の一つも言いたくなったとそういうわけだよ」


 そう口にすると、ビグスビーは先ほどの会議の時の厳粛な表情はどこへやら、柔らかい笑みを浮かべながら再び口を開く。


「さて、それではイスターツ殿。私もこれにて失礼させて頂こう。何しろ、集められる限りのレジスタンスを、ムラシーンに気取られることなくこの場に集めるという大仕事があるのでね」


 それだけを言い残すと、ビグスビーは頭を一つ下げユイの下から歩み去っていった。

 そうしてその場に残されたユイは、虚空に大きな溜め息を吐き出すと、体を覆う倦怠感をどうにかごまかす。


 そして彼はとぼとぼとした足取りで、自らの部屋に向かい歩き出した。

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