第12話 ワルム

「エミリー、レイス、どうする?」

 本校舎に向かってゆっくり歩く最中、アンナは前を行くエミリーとレイスを呼び止めた。その声を受けて、二人は足を止めると、アンナに向けて振り返る。


「そうね、どうしましょうか」

「さっき、突然アズウェル先生の所へ訪問して、あんなことになったばかりだし、今回はあのワルムよ。少し計画を立てましょう」

「確かにさっきのような、考えなしなことは危険よね……」

 アンナの慎重論に対して、エミリーも先ほど突っ走ってしまったことに対する負い目があるのか、自己反省を口にした。


「あのさぁ、お前たち二人って、ずっとワルムのやつに勧誘されてたじゃないか。それを使って、見学に来たとでも言えばいいんじゃないか?」

 レイスの提案に対して、アンナはなるほどとばかりに頷くと、その提案に賛同を示した。


「なるほど、それはありね。そして隙を突いて中を調べるというわけね」

「ああ。それだと、うまくいけば確実な証拠が手に入るだろ。それと、まだ夕方のこの時間なら校内にも人がたくさんいるし、ワルムがもし何かを仕掛けてきても、その音ですぐ騒ぎになる。仮に危ない橋を渡る羽目になっても、この時間帯なら奴も下手なことはしてこないだろ」

 レイスの指摘に、アンナは頷くと、エミリーに確認した。


「レイスのいうとおりね。エミリーもそれでいい?」

「わかったわ。じゃあ、早速あいつのゼミを見学に行きましょうか」





 三人は校内の最も奥地にあるワルムの研究所の前に着くと、大きく深呼吸してからエミリーがドアをノックした。

「すいません、ワルム先生はいらっしゃいますか?」

「どなたですか? ああ、君たちか! 私のところに来てくれるのは初めてじゃないか。一体どうしたんだい?」

 ドアから顔を出したワルムは一瞬やや驚いた表情を浮かべたが、その後いつもの笑みを浮かべ直すと、エミリーたちに向かって問いかけた。


「前々から、先生が私たちを誘ってくださっていたので、エミリーと話し合って、一度見学だけでもさせてもらえたらと思って」

「おお、そうかい! それは素晴らしい。では、早速中へ入り給え」

 アンナの言葉に一層の笑みをワルムは浮かべると、ドアを開けて、二人を招く。しかし、レイスも中に入ろうとした所で、ワルムはその眼前に立ちはだかり、彼の行く手を阻んだ。


「おっと、君が誰かは知らないけど、僕は関係のないものを研究室に入れるのは嫌いでね。申し訳ないが、入室はご遠慮いただこうか」

 レイスは困ったように中に入ったエミリーを見たが、エミリーはため息を一つ吐くと口を開いた。

「レイスは外で待っていてくれる? 今日は見学と少しお話を聞かせてもらうだけのつもりだから」

 エミリーの言葉がレイスに届くと、ワルムはもう満足だろといった表情を浮かべ、ドアを閉めた。そして彼は、研究所内に入った二人に向けて微笑むと、奥の教授室に向かって案内していく。


「素晴らしい機材の数々ですね。うちのゼミとは大違いです」

「そうだろう、魔法の研究と訓練はどれだけいい機材を使うかで大きく違うからね。ここが最高の環境だということは紛れも無い事実だよ」

 ワルムが誇らしげにそう語り始めると、二人はやや嫌そうな表情を浮かべながら、相槌を打っていく。そうしてしばらく歩いた所で、講師のホクナルに廊下で会うと、彼に二人分のコーヒーを持ってくるように指示し、そのまま教授室へと足を進めた。そして彼は教授室の見るからに重そうな木製のドアを開くと、二人を中へと勧めた。


「さあ、中に入ってくれたまえ。そこのソファーに掛けてくれたらいい」

「ありがとうございます、失礼します」

 エミリーたちはワルムの勧めに応じて、手前に備え付けられたソファーに腰掛ける。ちょうどそのタイミングで、ホクナルがコーヒーをトレイに乗せて運んできた。


「ホクナル君、ありがとう。では、これでも飲んでいてくれるかな。今からうちのゼミの案内を持ってくるから、少し待っていてくれたらありがたい」

 ワルムはホクナルから受け取ったコーヒーを両手に持ち、二人の前にコーヒーを置くと、そのまま部屋から出て行った。


「今しかないわね。アンナは教授の机周りを調べて。私はそちらの戸棚を調べるから」

「わかったわ」

 二人はワルムが部屋から出て行くと慌てて室内の調査を開始しようと立ち上がった。しかしふたりがそれぞれの場所を調べ始めた瞬間、いきなりドアが開け放たれると、そこには顎に手を当てたワルムの姿があった。


「ふふふ、なにを始めるのかな、君たち? まったく、他人の部屋の物を勝手にさわるなと教わりませんでしたか?」

「えっ……」

 二人はワルムの余裕あふれるニヤけた表情に、薄気味悪いものを感じ、その場で硬直した。


「おかしいと思ったんだよ。あれだけうちのゼミに来るのを嫌がっていた君たちが突然訪問してくれるんだからね。君たちが探しているのはこれかな?」

 ワルムはそう話すと、手元のクラリス王国の魔術の写本を二人に見せた。


「えっ、王家の図書館に収蔵されているはずの魔術写本。そんなものまで……」

「あれ、その反応だとこれじゃなかったのかな? ああ、分かった。あの子たちを探しているんだね」

 ワルムは間違えてしまったと苦笑いをしながら、動揺するエミリーたちの反応を楽しむかのように観察してきた。


「……あの子たちって、やはり先生が魔法科の生徒を」

「うん、僕の国が今ちょっと大変なことになっていてね、彼女たちには貴重な奴隷魔法士として、働いてもらっているはずだよ。そして君たちもそうなって貰う予定なんだけどね」

 まったく悪びれること無く、ワルムは二人にそう語り、エミリーたちは慌てて身構えた。


「最初からそのつもりで、私たちをゼミに誘っていたんですか?」

「ああ、君たち二人には、去年から目をつけていてね、いつか手に入れようと思っていたんだが……しかし、最後にこうやって私の所へ飛び込んできてくれるとはね」

「でも、私達がここに来たことを知っている人物が沢山いますよ。ここで私たちを誘拐したら、さすがに貴方も逃げ切れないんじゃないですか?」

 やや挑発じみたエミリーの発言に、ワルムは思わず頭を振ると、乾いた笑いがその場に響いた。


「ふふふ、君たちを手に入れたら、私はここを引き払うつもりだったからね。もともと夏前にラインバーグが、僕の調査を始めているって聞いていてね。そろそろ限界かと思っていたんだ。あの戦争のおかげで、わずかに準備の時間が手に入ったけど、さすがに救国の英雄は打つ手が早そうでね。後はいつここを抜け出すかというタイミングだけだったんだよ。本当はもう少し我が国に、魔法技術と人材を送りたかったけどね」

「貴方って人は!」

 思わず激昂するエミリーに対して、アンナは素早く視線を送ってそれを制すると、ワルムに対して問いかけた。


「それで、私たちをどうするつもりですか?」

「君たちが私にたどり着いたということは、イスターツのやつもそろそろ私のことを調べあげている頃だろう。だから今日限りで、この国にはもう用はない。君たちを縛り上げて、私自らが、君たちをラインドルへ案内してあげるよ」

 ワルムはそう言うと、薄気味悪い笑みを浮かべたまま、一歩ずつ歩み寄ってくる。


「そう簡単に私たちを誘拐できると思っているんですか? それにこの時間だったら、もし魔法を使ったりすると、すぐに人が集まってきますよ」

「はは、人が集まる前に、僕が君たちの自由を奪えないとでも? どうせ後は逃げ出すだけなんだ、あっという間に終わるよ。もちろんそのコーヒーを飲んで眠っててくれたらベストだったのは否定しないけどね。さて、じゃあ覚悟を決めてくれるかな?」

 近づいてくるワルムに対して、エミリーは彼をキッと睨み、片手を体の前に出す。


「ライトニング!」

 エミリーの手にまばゆい光が集積し始めると、ワルムは初めて動揺を見せた。


「覚悟ならとっくに決めていたわ。先手は取らせていただきます!」

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