第13話  アレックスの弟子

 研究室の前で一人残されたレイスは、心配をしながらも、中の様子がわからず、入口の前を当てもなくグルグルと円を描くように歩き回っていた。そうして何十周も回り続けて、ふと足を止めた時、突然建物の中から爆音が響き渡った。


「な、何事だ!」

 レイスは慌てて、研究室の入り口に向かうも、扉は鍵が閉められており、中に入ることはかなわない。周囲を見渡し、裏口を探すしか無いと判断したレイスは慌てて建物の周囲に回るために、その場から駆け出す。

 そして四歩目を踏み出した所で、突然後方からドアが開く音を認めたため、足を止めて振り返ると、そこからワルム研究所の講師であるホクナルが姿を見せた。


「君がレイス君かな。悪いが少し事情が変わってね、ここで君に死んでもらうよ」

 ホクナルは、無表情のままそう言い放つと、魔法の術式を編み上げていく。


「くそ、あんた確か講師のホクナルだったな。あんたもグルかよ」

 レイスは慌てて携えていた剣を構えると、魔法の的にならないよう、その場を駈け出した。

「エクレール!」

 ホクナルの手元から、直前までレイスがいた場所に稲妻が走り、レイスはなんとか間一髪で躱す。躱されたことを知ったホクナルは、二発目の稲妻の魔法を生み出すと、再度レイスに向けて解き放った。しかし、これもレイスは掠めながら右前方に前転して躱し、一足飛びにホクナルに飛びかかった。


「ちっ、グラースミュール!」

 ホクナルはその前進を阻むため、レイスの前に氷の壁を生み出すと、レイスは前進することができなくなり、慌てて距離をとった。


「魔法の使えない学生のくせに、意外と魔法士相手に戦い慣れているな」

「へへ、こちとら鬼のような師匠のもとで、何度も魔法士相手に模擬戦闘をさせられているからな」

 レイスがわずかに口角を吊り上げてそう言い放つと、無表情のため推し量ることは困難であるが、どうもホクナルの癇に障ったようであり、再度魔法式を編み上げていく。

「フウァールウインド!」

 ホクナルの前に急速に大きな風の束が生まれ、ある程度の規模になった段階でレイスに向けて風の束が疾走する。レイスは慌てて横っ飛びに避けようとしたが、完全に避けきる事ができず、レイスはその場に転がった。


「ちぃ、風の魔法。しかもうちの国の魔法かよ。ワルムのやつはともかく、あんたまでそんなもんを使えるのかよ」

「ああ、この国の魔法式は大体見させてもらった。だからこんなものも作れるぞ。アイススピアー!」

 ホクナルがクラリス式の魔法呪文を唱えると、彼の前に巨大な氷の棘が生み出されていく。


「畜生、あんなので体を貫かれたら死んじまう。やるしかないか、あれを」

 レイスはその巨大な氷の棘を見て、先日のアレックスとの訓練が脳裏をよぎっていく。





 四日前の夕方、レイスは、アレックスが連れてきたナーニャと対峙させられることになった。目的は遠距離から魔法を連発するタイプの魔法士への対処訓練である。

 訓練開始後の最初の数分間は、その場を逃げまわることで、魔法を躱しきっていたが、ナーニャがだんだん飽きてきたためか、早く終わらせるために魔法の繋ぎの速度を上げていく。そうなると絶え間なく回避が必要となり、レイスはあっという間に息切れすると、ナーニャの放った氷の弾丸がレイスの腹部に直撃し、その場にうずくまった。


「いいですか、レイス君。魔法士を相手にする時、我々剣士は圧倒的に不利です。その理由は、遠距離攻撃にさらされた時、自衛の手段が限られることです。君は今、避ける以外の方法が思いつきましたか?」

「……いいえ、なにも」

 痛みを必死にこらえながら、アレックスに向かって返答すると、アレックスはいつもの涼しい顔を浮かべ、再度口を開いた。


「だとしたら、あのままでは君は永遠に彼女の的になっていたわけです。その程度では、君がいくら剣がうまくなろうと、所詮剣士相手にしか戦えない、ただ強いだけの兵士です。いいですか、私の教えを受けるからには、魔法士などに負けない剣士になってもらいます。いわゆる魔法士殺しですね」

「ですけど、師匠。あれだけ連発されると、どうしても躱すだけで精一杯で……」

 レイスが情けない声で、そう話すと、アレックスは思わず首を左右に振った。


「いいえ、できますよ。まぁ、彼女ほど強力な魔法士は少ないので、普段は数発避ければ間合いまで踏み込めますけど、彼女のような優秀な魔法士と戦うときは、何らかの魔法に対抗する手段や技が必要です。いい機会ですからそのうちの一つをお見せしましょう」

「へぇ、アレックス。あんたやる気なんだ?」

 仕事が終わったとばかりに、ナーニャが酒瓶を口にしながら二人を見つめていたが、アレックスの言動を耳にして思わず笑みを浮かべる。


「ええ、彼にとお願いしてお招きしましたが、私にも少し稽古をつけてもらえますか?」

「おもしろい、いいよ。一度あんたとやってみたかったんだ。それに既に契約料代わりに二本分もオー・ド・ヴィを貰ったんだ、これくらいサービスしてやるよ」

「それはありがたい。では、お願いします」

 アレックスがその言葉を吐くと、ナーニャは一気に氷の魔法式を編み上げていき、アレックスに向けて次々と解き放った。しかしアレックスはそれらの軌道を冷静に見極めて、最小限の動きで躱していく。

 このままでは埒が明かないと感じたナーニャは、通常の倍ほどのサイズの氷の弾丸を生み出し、アレックスに狙いを定めた所で、アレックスは突如ナーニャに向けてまっすぐに駆け出していった。





「あれと同じ事をやるしか無い、チャンスは一度きりだ。行くぞ」

 レイスはそう呟くと覚悟を決め、自分の身の丈よりもはるかに大きな氷の棘を、今にも放たんとするホクナルに向けて駆け出す。


「玉砕覚悟かね。ならば死に給え!」

 その瞬間、氷の棘は解き放たれ、レイス目がけてまっすぐに疾走する。

 その飛んでくる氷の棘の軌道を冷静に捉えながら、先日見たアレックスの剣閃をイメージし、剣を上段で構えると、一切のブレ無く、棘の先端に垂直に剣を振るい、そのまままっぷたつに切断した。


「な、なんだと……」

 予想外の光景に、ホクナルは思わずうめき声を上げると、わずか一瞬のうちにレイスが距離を詰め、横薙ぎにホクナルを一閃した。


「はぁはぁ、なんとか、うまくいった、かな……」

 剣を杖代わりにして、レイスはようやく姿勢を保つとその場に突然拍手の音が響き、やる気無さ気な黒髪の男が姿を現す。


「いい戦いだったよ、レイス。この十日程の間に見違えるぐらいに成長した。今なら私でも危ないかもしれないな」

「へへっ、お世辞はいいですよ、先生。自分の実力は、自分が一番良くわかっています。でも、いつか先生を越えてみたいと思っています。そしてあの人も……」

 レイスは、ユイに対して初めて勝負を挑んだ時のようなニヤリとした笑みを浮かべると、ユイも思わず彼に微笑み返した。


「いい心がけだ、その時が来ればまた相手になってやるよ。だから今はここで休んでおけ。あとで迎えに来てやるから」

「分かりました。あいつらのことをお願いします」

「ああ、任せておけ」


 ユイはひとつ頷くと、その場から駆け出していく。レイスはそのすぐ見えなくなった後ろ姿に満足する。

 そして初の実戦の緊張感から開放されたためか、全身が脱力しその場に座り込んでしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る