第7話 調査

 ユイたち三人はゼミ室に戻ると、ユイが残りの二人にコーヒーを入れ、一息つけた所でアレックスが口を開いた。


「そろそろいいかな。じゃあ、先ほど言っていた誘拐事件と、不正経理事件について教えてもらえるかな?」

「ああ、まず誘拐事件だが、この数年で魔法科の生徒を中心に、毎年数名ずつの生徒が行方不明になっている」

 ユイが大きな声でその事実を告げると、リュートの眉がわずかに釣り上がった。


「なんだと、魔法科がか? それは本当なんだろうな」

「ああ。今年になっても、これまでに二名の生徒が、行方がわからなくなっている」

 ユイの答えに、リュートはいつも以上に表情を固くする。その姿を見たアレックスは、ユイに疑問をぶつけた。


「へぇ、でもそれが本当だったら、もっと早くに調査の手が入っていたんじゃないかい?」

「それはもっともなんだが、もともと魔法科などは、授業が厳しくて、夜逃げ同然で逃げ出していく学生がいただろ。お前たちも、この士官学校から抜けていった奴は、何人か記憶にあるんじゃないか。そんな夜逃げが日常茶飯時になっている体制も問題なんだけど、そう言った逃亡学生と区別がつかなくてね。これまでまともに調査さえされていなかったんだ」

 ユイが語る逃亡学生とは、軍隊式の訓練の厳しさのあまりに、毎年数十名の学生が、学園から逃げ出して親元などに帰っていく者たちを指していた。そしてその中には、実家に顔出しできず、そのまま姿を隠し、仕事を転々としているものや、傭兵などになったものも含まれており、追跡調査は行われていなかった。


「なるほどね。ユイもよく授業を抜け出していたから、ある意味では逃亡学生だったけどね」

「私は学校自体からは逃げていないよ、授業からは逃げていたけどね。それはともかく、事務部の段階で、その後の調査がされずに放置されていたのを、ラインバーグ校長が気づいて、調査を命じる予定だった。そしてその調査命令が出る直前に、帝国軍の襲来だ。結局は調査が行われぬまま校長は学校を去り、この問題は現在も宙に浮いたままになっている」

 ユイは二人にそう告げると、頭を二度掻いて、ため息を吐いた。


「へぇ、それをユイが引き継いだのかい?」

「ああ、ラインバーグ校長からの引き継ぎ資料に、調査をお勧めするという名目の命令書が入っていたよ」

「はは、あの親父さんらしい」

 笑い出したアレックスに向かい、ユイはジト目で見ると、アレックスは肩をすくめた。


「それで不正経理の方はどうなんだ?」

「それに関しては、どうも毎年かなりの使途不明金がこの学校にあるようなんだ。おそらく、この学校を隠れ蓑にして、かなりの資金がプールされているんだが、これまた事務部が非協力的でね。やはり人の金の問題に首を突っ込むのは抵抗が大きいね。実際にまだほとんど調査できていない」

 リュートの問いに対して、ユイは肩をすくめてそう答えた。


「そうか、財務省の方からも査察が必要だろう。とりあえず俺の伝手にあたってみよう」

「ありがとう、リュート。どちらにせよ、これらの調査はまだ始まってもいない段階だ。私も校長職を行いながらということで、すこしずつしか動けないと思うので協力を頼む。それじゃあ、今日は一度解散しようか」

 ユイが大きな声で解散を告げて、椅子を動かすと、ドアの外から慌てて走り去る足音が聞こえた。ユイはその音を確認すると、改めて椅子に座り直し、その場に座ったままの二人に苦笑いを浮かべる。


「しかし、すごい勢いで走って行ったね。それでこんな茶番までして、彼らに首を突っ込ませて良いのかい?」

「ああ、剣技や魔法は、お前たちがいたら、いくらでも鍛えられるさ。だけど、彼らが士官として求められるのは、それだけじゃない。おそらく今回、彼らは自分たちの足で調べ、自分たちで考えて判断し、その結果として真実にたどり着こうとする。実践的ないい授業だと思わないかい?」

 ユイのその言葉に、アレックスはその危険性を口にした。


「だが、深入りし過ぎたら、彼らにも危害が及ぶこともあるよ」

「その場合に何とかできるように、お前たちに声をかけたんじゃないか。まぁ、万が一のために、あいつもつけているしな」

 ユイのその発言に、アレックスは再び笑みを浮かべ、笑い出した。


「ふふ、始めは君が教師をすると聞いて、笑ってしまったんだが、案外いい先生をしてるじゃないか」

「茶化すなよ。私も自分に似合わないことはわかっている。だけど、放り出すわけにもいかないだろ、仮にも上官の教え子だしな」

 ユイの回答に、アレックスはやや納得いかない表情で口を開いた。


「それだけじゃないと思うけど……まあいいさ。じゃあ、レイスくんは定期的に借りていくよ。僕とフート君で、彼を親衛隊の新兵と一緒に鍛えてみる」

「ああ、助かる。あいつは厳しくやってもらって大丈夫だ。いい素材だと思うから、みっちり鍛えてやってくれ。それとリュートもあの子たちを頼む」

 ユイがリュートに依頼すると、リュートも渋々といった表情で頷いた。


「仕方がない。しかし俺でないとダメなのか? お前のところにいた、ナーニャという魔法士なら十分指導できると思うが?」

「考えないわけではなかったんだけど、あいつの魔法はちょっと特殊だし、この年代の魔法士には基礎をしっかり身につけて貰いたいからね。それにあの性格が移ったら、彼女たちのご両親に申し訳ない」

「……いいだろう。あまりエインスに無理もさせられないから、可能な範囲でだが、協力はしてやる」

 リュートのその返答に、ユイは喜びを表情に出すと、再度口を開いた



「ありがとう。では、現在判明している、事件の本当の状況について話そうか」

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