第12話 加勢

「ふむ……どうもその様子だと、エリーゼ様は連れ去られてしまったというところかな」

「……旦那、どうします? なんなら旦那達だけ先行して、後を追って頂いてもいいですぜ?」


 ここまでの道のりに多少疲れていたのか、クレイリーは手に持った槍にもたれかかりながら、そんな提案を口走る。

 しかし隣で息を切らせていたユイは、迷うこと無く首を左右に振って否定した。


「こんなに苦労して登ってきたのに、すぐに降りろっていうのかい? どうせ急いでも、おそらく最後の行き先は一緒さ。だとしたら全員で彼等に対処したほうが安全だし、なにより楽でいい」

「はぁ……全く旦那は相変わらずでやすね。とりあえず奴らのうちで残っているのが、ざっと十二人ってとこでやすか。五人では均等に割れないですが、どう振り分けやすかね」


 敵の人数を確認し、クレイリーは一人あたりのノルマを考える。

 すると、ユイは途端に嫌そうな表情を浮かべ、迷わず抗議の声を上げた。


「おいおい、私も数に入っているのかい?」

「王女を追いかけたくないって、自分で言ったじゃないでやすか。だったら、ここで少しくらいは働いてもらいやすよ」

「いや、それはもう動きたくないって意味でさ、別に戦うつもりで言ったわけではないんだけどな……」


 いつものごとく肉体労働を嫌がるユイに対して成された反論。

 それに対し、ユイは頭を掻きながらそう呟く。


 一方、そんな緊張感とは程遠い会話を前に、タリムの兵士達は若干の戸惑いを見せた。


 まさにわずかに弛緩した空気。

 それを感じ取ったリュートは隣のエインスに目配せし、次の瞬間二本の剣が煌めく。


「ユイ! お前が働きやすいように、キリのいい数にしてやったぞ」

「先輩はまだ何もしてないんですから、ちょっとは働いてください!」


 二人の兵士の首がその場に転がるとともに、彼らは後はユイたちに任せたとばかりに後方へと下がる。


「……仕方ない。今日はチームで動かず、個々人で好きなように。ノルマは二人ね」


 渋々と言った感じで、ユイが彼の部下達に向かってそう告げる。

 しかしその瞬間には、すでに背後からほぼ息継ぎのない矢の連射がユイの右側頭部を掠めるように放たれ、二名の兵士がその矢で眉間を貫かれ崩れ落ちた。


「隊長。オイラのノルマは、これで終わりですね」


 自慢の弓を早々と背中に掛けると、カインスは両腕を組んで高みの見物を決め込む。

 その仕草を目にして、ユイは自分に掠るような矢を放ったことに、文句言おうと口を開きかけた。


 だがまさに狙ったかのようなタイミングで、今度は左側頭部を掠めるように炎の矢の魔法が放たれる。

 その炎はユイの髪をわずかに焦がしながらそのまま直進し、ユイ達と対峙していた二名の兵士をその場で炎上させた。


「さて、アタイのノルマもこれでおしまいだね」

 ナーニャはそう言って、炎の矢を放った右手の人差し指に息を吹きかける。

 そしてもう働かないよとばかりに、背中を向けてそのまま後方へと下がってしまった。


「ああ……私の髪が。あのさ、君達。どうしてもう少し上司を敬おうという気持ちをさ、持つことが出来ないのかな?」


 わずかに焦げてしまった自らの髪を触りつつ、ユイは悲しそうな表情を浮かべて溜め息を吐き出す。


「旦那。そんなことを言っている間に、奴ら目の前まで近づいて来ましたぜ」

「まあ飛び道具が無くなったと思ったんだろうねぇ……じゃあ、フートもいいかい?」


 ユイは背後に控えていたフートに視線を向けると、彼女は抜き身の剣を肩に乗せたいつもの姿勢でコクリと一度頷く。その彼女の仕草を合図に、ノルマを残す三人は一斉にその場を駈け出した。


 まず最も長い獲物を持つクレイリーが、先頭の兵士に一突きにして絶命させる。しかしその一撃を繰り出した隙を敵の別の兵士が狙う。


 まさにあわやという状況。

 しかしそれは予め予期されたものであり、クレイリーの背後から出現したフートが剣光を一閃させると、隙を狙おうとした兵士は正中から二つに切断された。


 そうして一体また一体と、反乱軍兵士の遺体が大地に転がっていく。


 それはたちまちと言うべきほんの僅かの間。

 その間に八名の兵士を失ったタリムの兵士たちは、確実なる自らの死と敗北の予感に、我先にと反転して逃亡を始めた。

 だがそんな彼らを逃すまいと、クレイリーとフートはその場を駆け出し、更に一名ずつを仕留める。


 結局、反乱兵において幸運に愛されたとも言うべき生き残りはたった二名。

 彼ら二人はもはや恥も外聞もなく走りながら剣も兜も全て投げ出し、転げるようにその場から逃げ出していった。


「あらら、行っちゃったか……」


 苦笑を浮かべながら、ユイは腰に手を当てつつのんびりとした口調でそう口にする。

 その言動と行動にイラッとしたナーニャは、つかつかと彼のそばに歩み寄ると、右のこめかみに容赦ない裏拳を見舞う。


「おいおい、痛いじゃないか。一体、何をするんだよ」

「あんた、さっきノルマは二人だって言ったじゃないか!」

「いや、別に仕留めろとは言ってないし、それに戦わずして勝つことこそ至高の勝利だと思わないかい。ノルマと言う意味でも、私の相手は逃げ出したわけだから、いわば不戦勝のようなものさ」


 なんの恥じるところもないという表情でそう言い切ると、ナーニャの裏拳が再度彼目がけて振りぬかれ、ユイは再び側頭部に直撃を受けてうずくまる。

 そんなとても戦場とは思えぬやり取り。

 それをユイたちが行っている間に、傷つき後方へと下がっていたリュートとエインスは、一行の下へと歩み寄って来た。


「先輩……先ほどまでいた魔法士はどうしました?」

「ああ、あのお前達相手に偉そうに喋ってた奴か。彼は私達が到着したら、真っ先に逃げ出したよ」


 まだ痛みが残る側頭部を何度もさすりつつ、我先にと逃亡していった魔法士のことをユイは口にする。


「……そうですか。あと先輩、ここに来る最中にエリーゼ様を連れた兵士の姿を見かけませんでしたか?」

「いや、私たちは通常の工房への舗装路から登ってきたからね。残念ながら出会わなかったよ。まあ普通に考えれば、山火事を起こして麓から駆け上がってきそうなルートは避けるだろうし、妥当な結果だろうけどね」

「確かに……おっしゃる通りです。しかし、これでエリーゼ様を追跡することは困難ですね」


 ユイの言葉に納得すると、エインスは苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべる。

 一方、そんな彼の表情を目にしたユイは、曖昧な笑みを浮かべながらエインスの肩にポンと手を置いた。


「確かにこのまま追跡することは困難……かな。でもそれは、たいした問題ではないさ。それよりもこの山中で一体何が起こったのか、それを教えてくれるかな?」


 ユイがそう尋ねると、エインスはくぐもった声で、工房を視察に来て横流しの証拠を押さえたこと、そして帰る直前に山火事に遭ったこと、またそれがタリム派の仕業であり、護衛の近衛兵を分断された上でエリーゼ様をさらわれてしまったことを彼は口にしていく。


 そんな今にも責任の重みにつぶされそうなエインスの言葉が途切れると、すぐ側に立っていたリュートが、突然ユイに向かって頭を下げた。


「……すまん。俺はお前が護衛を解任された時、俺だけで十分やれると甘く考えてしまった。だが連中は俺達のサンドバックではなかったんだ。冷静に考えれば、反撃がある可能性くらい考えて然るべきこと。にも関わらず、地理に明るい現地の者を追い払い、自分達だけで見知らぬ山中を行軍するとは……ユイ、愚かな俺を笑ってくれ」


 誇り高いリュートが自嘲気味に語るのを始めて見て、ユイは弱ったような表情を浮かべながらゆっくりと首を左右に振る。


「リュート、別に気にすることはないさ。まだゲームは終わったわけじゃない。私の考えが確かならば、まだいくらでもひっくり返すチャンスはある」

「だが、すでにエリーゼ様は……」


 リュートは沈んだ表情でそう呟くと、ユイはあえて彼に向かって笑みを浮かべる。

 

「既にと、まだは意味が異なるよ。私はまだチャンスがあるといっているんだ。なにしろエリーゼ様の居場所ははっきりしているのだからね」


 突然飛び出した予想外の言葉に、リュートとエインスは驚きその目を見開く。

 一方、そんな二人の反応を前に、ユイは苦笑いを浮かべながらゆっくりと頭を二度掻いた。


「取り敢えず今は、エリーゼ様のことは心配しなくてもいい。それより君達の部下や侍従達は大丈夫なのかい?」

「エリーゼ様の護衛にあたっていたものは残念ながら……ただ、工房の方に残った兵士や侍従達に関しては大丈夫だろう。今回の山火事を引き起こした炎の魔法使いは、既にエインスが仕留めている。奴がいなくなれば、うちの部下ならこの程度の火事は何とかするはずだ」


「なるほどね。では、後方の事は気にすることなく、私達はエリーゼ様を助けに行くとしようか」

「ユイ先輩……先ほどからの口ぶりだと、先輩はエリーゼ様がどのルートで連れ去られているかわかっているように聞こえますが、なぜ先輩はそれがわかるのですか?」


 ユイの発言に対し、先ほどから気になり続けていた疑問をエインスは口にする。

 しかしその問いかけに対するユイの答えは意外なものだった。


「いいや、正直どのルートで連れ去られたかはわからないな」

「え、そんな……」


 希望もかけらもない返答を耳にして、エインスは世界の終りが訪れたかのように表情を曇らせる。

 しかしそんな彼に向かい、ユイはあえて明るい笑い声を上げてみせた。


「はは、エインス。そんなに先走るんじゃないさ。私は彼女が連れ去られたルートはわからないと言ったけど、彼女がどこへ向かって連れ去られているかわからないとは言っていない。つまりエリーゼ様が最終的に連れ去られる場所さえ押さえれば、それでいいんだ」


 何でもない事のようにユイがそう口にすると、リュートとエインスはお互い顔を見合わせ息を呑む。


「旦那……エリーゼ様が最終的に連れ去られる場所ってのは、一体どこなんですかい?」


 皆の疑問を代弁するかのようにクレイリーがそう尋ねる。

 その場の全ての視線はユイに向かって集中し、そして彼はゆっくりとその口を開く。


「それは簡単さ。この計画には首謀者がいるだろう? その首謀者の所、つまりクレハを張り付かせている男がいる場所さ」

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