第7話 オマケの物件探し

それから、私たちは土日ごとに、遊びに出た。


行ったこともないテーマパークだとか、近場のドライブだとか、ホント、しょーもないところばっかりだったけど、二人で行くと全然違ってた。


楽しい。


たかが道の駅でも、へんな特産品でも、面白い。おいしいよ。


「瑠衣ちゃんと一緒だと、なんでも楽しい」


ジュンくんが目尻にシワを寄せて笑いながら言った。




しかし、自宅に帰ると現実が待っていた。


「……狭いね……」


「うん……」


美味しそうだからって、いっぱい買い込んじゃった桃を入れる場所がない。冷蔵庫、小さい。


「瑠衣ちゃん、遊んでる場合じゃなかったねー。これは、真面目に家を探さないと」


ま、まさか、この前お会いしたお義母様が、自宅を購入せよとか言ってたけど、まさか?


「いやいや、まだ早いよ。それは子どもが生まれてからでいいんじゃないかな? どう思う?」


えへへ……そうだよねー


あっ、ダメだ。デレちゃダメだ。お姉さんなんだもん、キリッとしなくちゃ。



「僕もさ、考えるところがあって……」


スッと手を伸ばすジュンくん。


彼の手のスマホには、候補の新居の一覧がズラリと並んでいた。


「どんな家がいい? 僕としては、リビング広めのコッチを考えてるんだけど。とにかく、いっぺん見に行かないとねー?」


うん。


ジュンくん、なんか怖い。


「せっかくのお休みだけど、次は物件探しになりそうね」


そうだよね、と笑うジュンくんは、とっても嬉しそう。


……手の内で転がされてる感がハンパない。

いいのか、これで……疑問。



人間、幸せすぎると不幸になる……つっーか、私の場合は、悩み始めた。


「それ、全部高すぎない?」


「大丈夫だよ。おばあちゃん、いるしね」


おばあちゃんて、あの、ちんまい、楚々としたお婆さま?


五百万のお祝儀袋を、お義母様がかっさらってくれたので、ことなきを得たと言う?


高瀬家は謎だ……




「予約してた高瀬です……」


お店に入った途端に、お待ちしてました!みたいに、黒服(正体は不動産屋の担当者である)に案内されて、私たちは強引に(ジュンくんは嬉しそうに)物件めぐりの旅に出ることになった、その帰りのある日のこと……


「では、高瀬様、こちらの物件で……」


お値段的にまあまあな、つまり何とか自分達で支払いが出来そうな家に口説き落として、話はまとまりつつあった。


私たちは並んで座って、部屋の見取り図をにらんで、家具の置き場に悩んでいた。



「ねえねえ、しゅうへいタン、家みてこーよ、家!」


甘えた甲高い声。


ドアが開くと共に、暑い空気と、それから強い香水の匂いが流れ込んできた。


「あ、いらっしゃいませ……」


不動産氏はあわてて後ろの事務員に目配せをくれた。


「いらっしゃいませ。どんなお住まいをお探しですか?」


「二人で住める家探してるんですぅ。ね? しゅうへいタン?」


しゅ、しゅうへいタン?


まさかね?


私はおそるおそる目線を動かして、様子をうかがった。



一見、地味目なワンピを着た小柄な女の子だった。ただ香水がキツイ。


顔は可愛いよね。


まあ問題はそっちじゃない。


隣の男だ。


世界で一番会いたくない人物だった。


その名を藤堂周平という……。



「家なんて見ないよ」


一生懸命断っていた。


「だって、見ようよ。楽しくない? どんな家がいいか、悩むのって楽しーよ?」


「あの、オレ、ついこの間、住んでるマンションの更新したばっかりで……」


目のクリクリした彼女は、周平をにらんだ。


「やだあ、そんなこと言って。更新料の方が大事なの? 二人で住む新しい家よりも?」


「だって、カネかかるでしょ? それとも、出してくれるの?」


普通そうな声を懸命に出してるけど、私にはわかる。あれは相当、苛立っている時の周平……ではない、藤堂さんの声だ。


「大企業に勤めてますって、自分で書いてたわよね? あと、収入も!」


洒落た2LDKの写真と地図に、うっとり眺めいっていた彼女が、パッと目線を戻して言った。


「結婚を前提に交際を検討してくれる方希望、とも」


うん。

なんだか読めてきた。

アプリだ。アプリで探したんだ。


「あなたなら十分払えると思うの。結婚って、お金も大事なのよ。相手を満足させることも。自分の都合ばっかりじゃ成り立たないのよ」


うんうん。


「相手の気持ちを読むの」


そうそう。


「何かしてもらおうじゃなくて、何が出来るか」


その通りよ!


「私としては、この家がいいの!」


……なんか突然、自分の都合に話が飛んだけど。



その物件は、ジュンくんお気に入りの、駅から十分徒歩圏内で、なおかつ隣が緑でいっぱいの墓地という……




「緑が多くて管理が行き届いている。公園と違って、治安がいい」


そう言って、墓地を推してきたのはジュンくん。合理的だよね、ジュンくんは。お化けとかどうでも良さそう。


まあ、彼女は現地を知らないので、隣りが墓地とは知る由もないが。


「デザイナーマンションとは謳ってないけど、センスいい!」


その分、ちょっとお値段がね?


「しかも割安!」


え? そうきたか。


それは、隣が墓地だからですよ、お嬢さん。



「結婚するって、まだ決まってないから。もう少し考えて……」


私よりずっと若い女の子は頭を振り立てた。


「じゃーどうしてアプリ登録なんかしたの? セフレ探し?」


「や、そんな……」


ああっ それ、私も言ったわ!


もしかして、事実なの?


「どう暮らすか、何を役割分担するか、あなたから、そんな言葉を聞いたことがないわ」


ギク。


鋭い。


でも、それは、ジュンくんと私も考えていなかった。ただただ、一緒にいるのが楽しいだけで。


「たとえば、私はこのマンションに住みたい。譲歩してよ!」



あの周平が困っている。


これまでずっと、私に譲歩させることしかしてこなかったのだ。


女性といえばそんなもの…と思わせていたのだったら、本当は良くなかったのかもしれない。


「瑠衣ちゃんのせいな訳ないでしょ?」


ジュンくんが冷たく言った。


「だから、彼はダメなんだよ」


彼は、やおら立ち上がった。



わわわ。見つかるじゃないの?



「コンニチワ、藤堂さん」


そう言うと、ジュンくんはニコっと笑った。


周平は、お化けでも見たかのように驚いていた。さすがに誰だかすぐにわかったらしい。


「新しい彼女、見つかったの? 早いね」


そう言うと、ジュンくんは不動産氏に声をかけた。


「コッチのにして」


そう言うと、藤堂氏と連れ立ってやって来た女の子が狙ってたマンションの写真を指した。


「え?」


「このマンション。気に入ってたんだ」


ジュンくん、それ、めっちゃお高いやつ……


「瑠衣ちゃん、譲歩してよ」


じょ、譲歩なの?


「だって、今の彼女が言ってたじゃない。譲歩も必要だって。僕のお願い」


それは……私だって住めるものなら、そのオシャレで広めなマンションの方がずっといい。だけど、それはお値段に譲歩したんであって……。


「大丈夫。高瀬家はそんな家じゃない」


彼は小声で言った。


「ごめんね、藤堂さん。狙ってたもの、次々と。でも、そこの女の子は君のものだよ」


いや。


なんだか違うと思うな。


「彼女さんと一緒なんですかあ?」


途中から甘えた声が割って入った。さっきと明らかに声の調子が違う。


それと、この子、胸でかいな。


腕を前でモニョモニョさせると、余計デカく見えるな!


「私、この人とは、アプリで知り合っただけなんです。何の関係もない人なんです」


それを聞くと、藤堂さんが行動を起こした。


「瑠衣! いつまでそんな男と一緒にいるんだ! 家の借り換えぐらい、してやるから……」


「え? この家と?」


ジュンくんがニヤリとした。


「ぐっ」


女の子の方が、甘えた声でジュンくんに話しかけ始めた。


「その、彼女さんと、どこで知り合ったんですか? なんか藤堂さんによると、知り合って、まだ一月なんでしょ?」


その話はしたんだ。

しかも、しれっと嘘が混じってるし。


十年前からの知り合いですっ!


「セフレじゃないですか。藤堂さんの話だと」


これを聞いた途端、グイッと、ジュンくんが前に出た。


目が真剣に怒っている。


「妻に失礼なことを言うな!」


女の子に本気で怒鳴った。


「お前もだ。藤堂!」



しかし、ここで登場したのは不動産氏だった。


「お二人ともお帰りください」


彼はアッサリと言った。


「まだ、お話がまとまっていなんですね? まとまってからお越しいただけると幸いです。あ、それから、おふたりとも」


二人をドアのほうに押し出しながら、彼は言った。


「こちらのお客さまに、一言お詫びをおっしゃってくださいませ。当店へお住まいを探しに来られた、普通のご夫婦、大切なお客さまでございます」


私はスッと立ち上がった。


そうよ。普通のご夫婦に、何てこと言うんだ!


「ご、ごめんなさい」


「も、申し訳なかったです」



不動産氏の圧は、なかなかどうして凄みがあった。


曰く、当分あの方たちが当店のお客さまになる予定はない、とのこと。


「あのお嬢様に至っては、物件探しにまでたどり着けるかどうか……」


さらに彼は付け加えた。


「こちらの奥様とは違ってね」


ニカリとお愛想の微笑みを披露してくれたが、正直、冷や汗をかいた。


商売人の値踏みである…



あれから、藤堂さんは見たことがない。


ても、思い出すことさえなかった。


だって、私の目の前にはジュンくんがいるのだもの。


独占して、自分の思うように、私を動かそうとするんじゃなくて、独占欲は強いけど、私の好きにさせてくれるジュンくんが。


そんな独占欲なら、私は嬉しい。



______________________________


「墓地じゃないよ」


「え? じゃあ、あれは何?」


「隣、神社だもん。石碑かな?」


「神社?……じゃあ、何で安かったの?」


もしや事故物件とか?


ジュンくんは、にっこり笑った。


「僕のおばあちゃんの土地だからだよ」


「え?」


「最初からここにして!って言えばよかったんだけど、やっぱり瑠衣ちゃんの意見も聞かないといけないと思って……」


「ね、ねえ、高瀬家って……」


「おばあちゃんち、神社なの」


都内に神社! (結構な敷地の!)




高瀬家の謎、解けました。






______________________________


どうしても、憧れの物件探し、やりたかったんですぅ



「完結」入力忘れていました。

これにて終了でございます。


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「まだ結婚なんて考えてないよ」その答じゃ困るんです! buchi @buchi_07

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