第4話 これは修羅場

佐藤瑠衣、アラサー。独身。


どうして、こんなことになった?


「抱きしめられた? なんと! それで?」


(そのあと、当然のようにキスされた件は黙示権行使だ。なんだか恥ずかしい)



現在、私は、仲良し五人衆に公開尋問を受けている。


「悪いのは麻衣だと思うわ」


私は意見を述べた。コレだけは言いたい! あのライブは、誰が仕組んだのよ?


「チケット、渡してって、頼まれただけよ!」


麻衣は睨んできた。


「私だって忙しいのに!」


私は間抜けな顔をした。高瀬くんに頼まれたのか……。


いや、でもそれって、相当、計画的な?


「それにね! 結婚しぶられたら、誰だって考えるでしょう? 検討すべき問題よ! ましてや高瀬くんは悪い人材ではない」


五人は……万難を排して、子どもがいる華奈の家に集まっていた。この家が一番広いからだ。


緊急事態のため、華奈のダンナは子どもを連れてダンナの実家に避難している。


身重の華奈の家に、全員が集まらねばならないほどの問題って……




「佐藤瑠衣!」


四人が眼光鋭く私を見つめた。


目の前には、男二人の採点表があった。

(私本人ではなく)女友達四人が、二時間かけて、客観的に評価したオトコのお値段表である。


「今すぐ、結論を! 高瀬隼也か藤堂周平か!」





そして、最初の場面に戻る。


いつもと同じコーヒー店の、いつもと同じ席。

彼はアイスコーヒーストレートで、私はカフェラテ砂糖なし。



「こないだの話なんだけどさ……」


おずおずと切り出す私。


さすがに周平の目が光った。


「しつこいよね」


「そうかもね」


「まだ、三十歳にもなってないのにさ。そんなこと、考える方が珍しいよね。いつだって結婚できるのに。まあ、家、一緒の方が楽は楽か。いつでも会えるしね。でも、オレ、契約更新したとこだしさー」


そんな問題か? それに三十歳目前なら考える人の方が多いのでは? これは個人差がある問題だよね。


でも、周平にとっては彼の結論が正解なんだろう。だって結婚するかしないかは究極の個人問題なんだから。


「大体、友達が結婚するからって焦ってどうするの。自分の問題でしょ? 人は人、自分は自分だと思うけどなあ?」


「うーん……」


「はっきりしないなー。ちゃんと自分のことは自分で決めないとダメだよね。そう言うとこ、ダメだと思うな」


「それは、結婚問題について?」


「そうそう。それも含めてね。他人には他人の事情があるってこと。オレたちの結婚は急がなくてもいいと思う」


「オレたちっていうか、それ、周平の結婚だよね」


私はポツリと言った。


そして、結論が出たので、出口の方を確認した。


大柄な人影がやってくる。


店内に入ってくる。


それは空いている私の横の席にシュタッと座った。


周平の目が仰天して、最大限にまで大きくなった。


「失礼します」


高瀬くんは平然としていた。


周平は驚きすぎて口がきけなかった。


「高瀬隼也と言います。佐藤さんの大学時代の友人でした。今は公務員として働いています」


高瀬くんは自分の官庁の名前を言った。


「僕は、佐藤さんに片想いでした。あなたが結婚はお急ぎではないそうなので……」


周平の目が血走ってきて、私の顔を睨んだ。


「そんな意味じゃない!」


「僕が結婚を申込みました」


「そんな……そんな勝手なことを! なんだと?」


「僕は彼女と結婚したいです」


周平の目が私の顔に移動してきた。


「結婚、結婚てなあ……そんなにカタチが大事か! 気持ちじゃないのか、カタチだけか!」


「そうじゃないのよ。結婚てね、家族に続く道なのよ」


私は伝えたが、周平は聞いちゃいなかった。


「お前、お前らは、浮気宣言に来たのかよ!」


浮気……そういうものかも知れない。だけど、七年たったら、夢のカタチが変わったんだと思う。


恋人が欲しかった昔と、その先に続く道。

子どもがいなくても、恋人同士のままだとしても、この世界で、二人で一緒に助け合って暮らしていく。それは家族だ。


頼っていい人が欲しい。


私を必要とする人が欲しい。


「価値観の違いってやつよ」


総括説明したが、総括のしすぎで、周平にはさっぱり伝わらなかった。

本人に聞く気がなかったから、出来るだけ短く説明したんだけど、まあ、話を聞く精神状態じゃなかった。


彼は激怒していた。


当然だ。


普通はもっとコソコソ浮気するものだ。


そして、なんとなくフェードアウトしていく。それが穏当だよね。なんでまた、堂々と恋人宣言みたいなことをやってるのか。


「だって、このまま引きずられたら困りますから」


高瀬くんは、あくまで爽やかだった。


あ、でも、この時点で、私は高瀬くんが爽やかではないらしいって気付き始めた。


周平に一歩も譲らない。


頑として、冷静だった。


「僕は彼女と結婚したいので」


「許されない」


「そんなこと、ありませんよ。あなたが結婚しないなら、僕が結婚したっていいんです。それとも今すぐ結婚しますか?」


「おっ? なんだ、そんなことを言わせたかったのか」


周平は愁眉を開いた。


「こいつは当て馬か。役者を呼んできたのか。結婚をそんなにしてまで急ぎたいのか、瑠衣」


私は曖昧に微笑んだ。


「バカだな。そんな心配いらないのに」


周平が伸ばした手を、高瀬くんが音を立てて弾いた。


「佐藤さんに触らないでください。僕と結婚するんです。あとからあなたがうるさいと嫌なんで、わざわざ言いに来たんです」


周平がまた驚いて目を大きく見開いた。



高瀬くんと周平じゃ、覚悟が違ったんだ。


あの、ライブで再会した時、そのあと何回か会った時、大学の頃の思い出、よくわからない区役所で婚姻届の提出の真似っこ?の時、いつも彼は同じだった。ブレなかった。


周平みたいに迷ったり、逡巡したりしなかった。


今だってそうだ。


まるでブルドーザーみたいだ。


周平は、絶対何か言うに決まっていた。

どんなケンカになるか解りゃしない。


だのに、わざわざ呼んで欲しいと私に頼んだのだ。カタを付けたいからって。


彼は、家族を持ちたい私の気持ちも全部含めて、私を欲しがった。譲る気なんか、一ミリだってないらしい。


「瑠衣、こんなやつと結婚するのか?」


「ええ」


私は答えた。


私だって覚悟を決めた。



高瀬くんが、こんなに怖い人だなんて知らなかったけど。その覚悟の前に、周平なんか、木っ端微塵だった。


その人が私を必要だというなら、ついて行く。


その愛は確かで、値打ちがあると信じる。


「う……早まった結婚だぞ? そんなすぐに申し込んで」


周平のその言葉は、事実上の敗北宣言に近かったろう。


高瀬くんの冷たい目が、冷たいままで、口元だけが少しだけ吊り上がった。


「はい。その通りです。佐藤さんにもあなたにも、絶対後悔させません」


「なんでオレが後悔するんだよ」


高瀬くんが笑い声を立てた。


これは、ものすごく周平の気に障ったらしかったけど。


「そりゃよかったです。後悔しないに越したことはないですよ。あなたより絶対幸せにします。今後、佐藤さんのことは気にしないでください」

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