あの「花(こ)」みたいになりたかった

柏梛蓮華

あの「花(こ)」みたいになりたかった

6月の梅雨の時期。

この頃は、よく雨が降る。

街中では傘を差している人もいれば、カッパを着ている人もいる。

しとしとと降る雨の中、ある花屋に初めて行く。

不安と緊張がする。

そんな気持ちを抱いたまま、お店の中に入る。

すると赤、ピンク、黄色、緑、青、白……等々と沢山の色の花達がいる。

とても色鮮やかだ。

店内にいるお客様は、とても楽しそうに笑顔で花達を見ている。

僕には、とてもこんな事はできない。

そう思い、店内の花達を見回した。

暫く見ていると、僕とは正反対のとても無邪気な君を見つけた。

こんな『こ』がいるんだ……ということしか思わなかった。

僕には関係無いことだ。

ある日、いつもの花屋で君から声を掛けられた。

(こんにちは)

(私の事……気になりますか?)

僕は突然声を掛けられて驚いたが(いえ、気になりません。何ですか?)と返答した。

(そうですか……。冷たいこと言わないでくださいよ)

君は少し悲しそうにそう言った。

(私は貴方のことが気になっています)

僕は (えっ?)と驚いた。

すると君から(せっかくなので、お話しましょう?)と言った。

僕は(……分かりました)と返答した。

それから僕達は色んな話をした。

といっても殆んどは君が質問してくることを僕が答えていくだけで、時々君が自分のことを話してくれる。

そんな会話を君と毎日するようになった。

勿論、いつも君から話し掛けてくる。

相談をされたこともある。

だけど、僕の返事はいつも素っ気ないものになる。

こんな僕と会話をして飽きたり嫌にならないのか何度も思った。

だけど君は、楽しそうに笑顔で話掛けてくれる。



ここの花屋で君を見かけて話をする仲になってから随分時が経った。

相変わらず君は僕に話し掛けてくるし、相談もしてくる。

君が他の『こ』と話をしている時に僕は何故だか気になって盗み聞きのように聞いてしまった。

(ここずっと、あの人と話してるけど仲良いの?)

(うん! 仲良いよ!)

(えっ……でも、あの人はあまり話し掛けてないよね?)

(たまに聞き返すことはしてくれるよ)

そんな会話が聞こえた。

君の言うとおり、最初の頃と比べてここ最近は聞き返している。

(そっか。でも大丈夫なの? あの人、冷淡な性格なんでしょ? 無情とかも言われてるし)

まただ……。

こんな性格だから、昔から周りの花仲間から言われる。

自覚はしているし、こんなことを言われるのは慣れているけどな。

すると、君はこんなこと言い始めた。

(何言ってるの? 確かに花言葉通り冷淡だとか無情かもしれない。でも……それは少ししか関わっていないからだよ。私は、そんな事ないと思う)

僕は、何を言っているのかと驚いた。

更に君は続けて言った。

(本当に冷淡とか無情なら、私の相談にのってくれないよ。返事は素っ気なくても、私のこと考えてくれる。あまり関わっていないのに、一方的に言っちゃ駄目だと思うな……。あとね、他にも良いところあるよ。彼は知的なの。私の知らない事を教えてくれるよ)

それを聞いていた花仲間が(そうなんだ……。ごめんなさい……)と口々に言った。

(私に謝るんじゃなくて彼に謝らなきゃ)

君に言われた花達は僕に謝ってきた。

こんなことを言われた事がなかったから、僕は驚いた。

花達と別れた後、君は僕のところへ来た。

(君って無邪気なだけじゃなく、親切なんだね……)

すると君は驚いてこう言った。

(えっ! そんなこと思ってたの?嬉しい! そうそう……さっきの話は全部、本当の事だからね。他の花達も勿論、君も気付いていないだけ)

僕は(ありがとう……)と言った。

君は笑顔で(ふふっ。胸張りなよ。って胸はないか。茎を張りなよ!)と言った。



あの出来事があってから僕は少しずつ性格を変えようと思った。

始めてあんなことを言われて嬉しかったし、君みたいになりたいと思ったから。

強い根拠があるわけではない。

ただ、そう思った。

流石に君の花言葉みたいに無邪気にはなれないが、せめて親切でありたい。

だけど……なかなか、この性格は治せなかった。

僕の昔からの性格、花言葉が邪魔をしてくる。

そして突然……君はお客様に買われてしまった。

君……いや、カスミソウさんは人気の花だからね。

いつか買われて別れの時がくるということは分かってた。

最後にカスミソウさんと会話をした。

(君……いや、紫陽花君とは今日でお別れだね。沢山話ができて楽しかったよ。相談にものってくれてありがとう)

(こちらこそ、ありがとう。カスミソウさんは、あんなこと言ってくれたのに性格を直すことはできなかった……)

こう言ったあと、僕は少し悲しくなった。

すると、カスミソウさんが(焦る必要はないよ。ゆっくり直していけば良いよ。新しい家に行くまでは直せると良いね。まぁ……そのままの紫陽花君が好きだけど)と明るく言ってくれた。

その言葉を聞いて、僕は気が少し楽になった。

(ありがとう。少し気が楽になったよ。新しい家でも元気にやってね)

(ありがとう。紫陽花君もね。じゃあ……バイバイ)

(うん……バイバイ)

そして、僕達は別れた。


あれから僕はカスミソウさんが言ってくれたとおり、焦らず少しずつ直せるようにした。

前の僕と比べると良くはなっていると思う。

だけど……まだまだだ。

何日もこの花屋にいる。

まだ冷淡さや無情さが、周りに伝わっているのかもしれない。

今ではお店の外は、快晴で気温は高く人間達は涼しそうな格好をしている。

梅雨の終わりが来たと理解した。

蝉の声がする。

夏が、すぐそこまでやってきたんだな……。

僕は買われないまま少しずつ枯れ始めた……。


僕は思った。


もう少し早くカスミソウさんに出会っていたら、少しは変わっていたのかな。

君と同じ花だったら、君みたいになれたかな。

あの『花(こ)』みたいになりたかった……。

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