第四話「敵」
「おばあちゃん?」
「う……うん」
美奈子は頷いた。
「桜井美那って、確かに私のおばあちゃんの名前」
「いくつで亡くなったの?」
「……確か」
美奈子は指折り数えた。
「75……だったかな」
「早死にだね」
「―――そう?」
「桜井美那の子……“の”が小さいのと、“那”の字が曖昧な書き方しているから、おばさん、“美”と“子”だけで桜井さん宛の荷物だって思ったんだね。きっと」
「で……でも」
美奈子は、泣き出しそうな顔で水瀬に言った。
「ど、どうしてお母さんに?」
「……」
水瀬は、首を横にふった。
「おばさんに心当たりがあるかもしれないし、ないかもしれない」
「―――答えになっていない」
「……桜井さん」
水瀬は、包み紙の宛先をもう一度、見た。
「何?」
「桜井さんのお父さんって、もしかして婿養子?」
「―――う、うん」
美奈子は頷いた。
「お母さんは家付きの一人娘だったんだよ?この家と、隣近所は全部、ウチの土地だったって聞いたことが」
「―――成る程ね」
水瀬は、しきりに感心した様子で言った。
「相手は、かなり古い情報しか掴んでいない―――そう判断して良いね」
「古い……情報?」
「そう」
水瀬は頷いた。
「多分……ううん?これ、送ってきた人が知っていることは、桜井さんのおばあさんに子供がいる事と、ここに住んでいることだけ。この情報の中に、桜井さんのお母さんや、桜井さん自身が含まれているかといえば……」
「お、お母さんが!」
美奈子は怒鳴るような声で水瀬の声を遮った。
「お母さんが何したら、こんなモノを!?」
「それはわからない」
水瀬は平然と答えた。
「何を考えて、こんなモノを送ってきたのか。どうして、桜井さんのおばあさんやお母さんが相手なのか。どうして、桜井さんのお母さんの名前を、相手は知らないのか」
「……」
少しだけ冷静に、美奈子も考えてみた。
宛先は美奈子の母―――らしい。
だが、宛先に祖母である“桜井美那の子”と書いている。
意図的に書いたのでなければ、相手はその名を知らないことになる。
送りたい相手の名前を調べないなんて、バカな話は考えられない。
しかも、中身は人間のミイラの一部。
美奈子には、相手の意図が、まるで分からない。
「理沙さん起こして、桜井さんとおばさんの警備を頼むよ」
「え?」
「何かあってからじゃ遅いから」
水瀬は、そう言うと、不意に美奈子の左手を掴んだ。
ひんやりした水瀬の手の感触。
そして、その手がしたことは―――
「―――えっ?」
水瀬の手が離れた左手の薬指。
そこには、銀色に輝く何かがはまっていた。
―――指輪だ。
「あ、あの!み、水瀬君!?」
美奈子は右手で左手ごと指輪を押さえると、顔を真っ赤にしてその場にへたり込んだ。
「こ、こここここここここ」
「……コケコッコー?」
「こ、こ、こういうのは困るっていうか嬉しいけど、なんだかどさくさっぽいし、お母さんいるし、まだプロポーズしてもらってないし、こういう大切なモノをくれる時は、雰囲気というか、場所を選んで欲しいというか、特に私にも心の準備が必要だというか……(中略)……まだ私達高校生なんだし、婚約までする必要は、でもやっておいてくれると心底安心だというか……あっ、めまい」
「……どうしたの?」
「だ、だって」
美奈子は呼吸を整えながら、震える声で言った。
「あのね?突然、指輪もらったから……」
「……そんなに嬉しい?」
「……」
首を傾げる水瀬と指輪を交互に見た美奈子は、呼吸を再び整えると、感情のない、冷たい声で言った。
「水瀬君?」
「何?」
「この指輪……どういうつもりで私の指にはめたの?」
「あっ、それ?」
水瀬は自身満々に答えた。
「追跡装置に反応する機能が仕込まれてるんだ。僕の自信作」
「……」
「……どうしたの?」
「……」
「さ、桜井さん?どうして包丁なんて持ってきたの?あ、あのね?文化包丁って刺されたら危ないんだよ?」
「……」
「さ、桜井さん?ぼ、僕、何かした?」
水瀬は文化包丁からしたたる自らの血で、以下の一文を美奈子に書かされた。
贈与証明書
『私こと水瀬悠理は、桜井美奈子に対し、
下記を贈与したことをここに証明します。
贈与品 婚約指輪(追跡機能付)一式
以上』
「ひ……ひどい目にあった」
理沙の部下達が桜井邸周辺を見回っていること。
そして指輪に仕込んだ追跡装置が正常に機能していることを確認した水瀬が、ボロボロになった体を引きずって桜井邸を出たのは夜の11時を回った頃だった。
人気のない夜道を歩きながら、水瀬はずっと考え込んでいた。
桜井美奈子。
少なくとも両親に至るまで犯罪記録はない。
ごく平凡な家庭の、何の取るに足りない少女。
近衛でさえ、そう認めたはずだ。
その子に、ミイラの手首を?
一体……何が目的だ?
警告?
水瀬が最も最初に連想したのは、それだ。
じゃ、何の?
もし、警告だとして、何故、ミイラの手首でなければならない?
第一、あのミイラは誰?
気が付けば、水瀬は公園にさしかかっていた。
公園の入り口にある電話ボックスの灯りが暗闇の中でもの悲しい光を産み出している。
「―――いけない」
水瀬は、ルシフェルに連絡をいれるのを忘れていることに気づいた。
「連絡いれないと、お小遣いへらされちゃうからね」
水瀬が電話ボックスのドアを開いた、まさにその時。
ズンッ!!
鈍い音を立て、電話ボックスは粉々に吹き飛んだ。
―――まいったな。
水瀬は宙を舞いながら舌打ちした。
破壊され、炎上する電話ボックスが足下から遠ざかっていく中、水瀬が心配したのは己の身の安全ではない。
―――あれ、僕が弁償することにはならないよ……ね?
そういうことだ。
近くに監視カメラはなかったはずだから、
―――とっとと逃げる。
これに勝る対応はない。
一度、民家の屋根に着地、再び跳躍しようとした瞬間は、その時だった。
「っ!!」
シュンッ
水瀬の頬を何かがかすめた。
とっさに体が動いたから助かったようなものの、反応が少しでも遅れていたら、今頃、水瀬の命はなかったろう。
「―――くない?」
騎士としての水瀬の“眼”は、飛来した物体の形状を把握していた。
「くないなら忍び……だけど」
違う。
何か、今、飛んできたモノは、何かが違う。
飛び道具というか、投擲出来るナイフなのは間違いない。
ただ、柄についた金属製のU字は一体?
どこかで見たけど、思い出せない。
水瀬は大きく後ろに飛び去りながら、敵の位置を掴んだ。
前方に2人、後方に3人の5人。
敏捷性、攻撃の命中精度云々、どれをとっても、戦闘能力はそれほど高くない。
敵としての脅威は低い。
「殺しちゃ……まずいか」
水瀬は“魔法の矢”の出力を低めに設定することに決めた。
夜の住宅街。
街頭と家々の窓から漏れる灯りが、宝石の海さながらに飾り立てる中、水瀬は宙を異動する。
敵を殺さないと決めた。
その理由の一つが、敵の狙いを知ること。
そしてもう一つが―――
トンッ。
トンッ。
屋根を跳ねる複数の音。
敵が空を飛べないことは、跳躍を繰り返す動作から間違いない。
つまり、敵は魔法騎士ではない。
だから、水瀬は同じように跳躍を繰り返し、“ここ”に来た。
ここ―――つまり、廃工場だ。
長い間放置され、屋根に大きな穴が開いた、さび付いた工場跡。
穴から入る月明かりが唯一の照明の世界。
まるで青白いスポットライトを浴びる俳優の様に、水瀬はその中へと降り立った。
タッ―――ズサッ
タッ―――ススッ
同じように降り立つ音は恐ろしく軽い。
「……あのね?」
水瀬は、抜刀しない状態の霊刃を片手に、闇の中へと語りかけた。
「僕―――女の子を殺したくないの」
返答はない。
「僕、ここまでされる恨み買うような覚え、ないんだけど」
シュン―――シュシュシュシュンッ!!
返事の代わりは、得体の知れない飛び道具。
キィンッ!
水瀬はそれにたじろぐ様子もなく、ただ元の姿勢のままでいる。
起きた変化は、その周囲に、砕かれた飛び道具の破片が散乱しただけだ。
「答えて―――僕に何の用?」
「―――ミナセ」
正面の闇の中から、女の声がした。
まだ年は若い。
「―――28年前を忘れたとは言わさないぞ」
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