17
上着を剝いて壁へ
「辛抱するんだ、すぐに済むから。」
白沢は、患者へ向き合う医療者に相応しい態度でそう小さく𠮟ると、喇叭のような形の聴診筒を、彼の「杖」として握りつつ、
其方の創られしこの美しき命、其方の偉大を学ばす為、今暫し持たせん!
詠誦の後、痛ましく青赤の斑に色づいていた彼女の腕を、柔らかい光が覆い始める。より正確に言えば、氷織の腕へ注入された豊満な癒やしの力を、彼女の肉や皮膚が留め切れぬことによって、それが表へ漏れ出てきているのだった。
白沢の手が覆い切れない部分の、異常な発色や腫れが見る見る内に収まって行き、満足したらしい彼が手を外せば、そこには、日頃体を覆い隠す習慣の賜物か、未踏の砂丘の如き、染み一つ無い美しい白腕が現れるのだった。
すぐにもう片方も治されると、そうして動くようになった腕を早速働かせて、眼前へ掌を持ってきつつ、ぼんやりとそれを、まるで不可視の心臓を動かすかのように閉じつ開きつする彼女へ、蟠桃が、
「成る程なぁ。女への
氷織が、素早く首を動かした。彼女自体の両目も恐らくそうしているのだろうが、少なくとも、頭から生えている無数の瞳は明らかに蟠桃を睨み付けている。
「なんですか、……なんですか蟠桃その態度は!?」
この錆びた怒声へ、何がだよ、と蟠桃があっさり返せば、氷織は、しどろに立ち上がりながら、
「何ですかその態度! ……第一に、私が皆様を殺めかけたのに、そして更に、私がこんな醜い化け物であるのに、何故、貴男はそんな、まるで安っぽい大道芸の仕掛けを見抜いたかのような、軽々しい態度なのです!」
蟠桃は、ふ、と苦く笑い、なんだよそんなの、と、恐らくは大物らしい言葉を述べようとしていたが、しかし、氷織がその襟首に飛び付いた。
おわ、なんだ、と彼が喚いたり、夫に危険が及んではとイロハが真剣な顔で再び緊張したりする中、氷織が、
「私が、……人間でないからですか!?」
彼女のゴーグルから漏れ出てくる涙滴は、決して、痛みなどによるものではなく、またその、耐え切れずに溢れるという様子は、彼女の、血の滲むような吐露にも良く符合しているのであった。
蟠桃は、善かれと選択した軽薄な態度を、後悔するように顔を顰めると、
「取り敢えず、落ち着けや。」
わずか一言諭された氷織は、既に精根が尽きていたのか静かになって、蟠桃から彼女を引き剥がす煝煆によって、糸の切れた人形のように無抵抗で椅子へ置かれる。
「急にあんな出力、困憊するのも当たり前だろう。馬鹿者。」
そうやって、蟠桃と同じく
「おい、……大丈夫か?」
椅子の上で今にも眠りに落ちそうな氷織を、彼は気遣った。
「はい、……なんとか、話は聞けそうです。全身が怠いですが、」
蟠桃は、一瞬目を游がせて躊躇うも、しかし、
「そうか。ならば、そのまま聞け。
いいか、まず俺は、お前も知っているような出自であるのだし、人種や種族なんかで、誰かを値踏みなんかしない。そりゃ、そこらの犬を人間と等しく扱えと言われたら困惑するだろうが、しかし、人らしい知性を持ち、人らしい言葉を話すお前を、何か蔑んだりするものか。人と区別なんかするものか。神とか言う幻影へ入れ込んでいるのについては、困ったものだと個人的には思うがね、しかし、そこまでさ。氷術と翼馬術の練達であるスーフィストであり、切れる知性と強かな芯を持つ者。それが、俺からお前への評価であり、人間だろうが
沈んでいた氷織の顎が、僅かに持ち上る。
「それに、だ。俺は、その手のレイシストを絶対に許さんし、これまでの人生にも、時にはイロハさんの力を借りつつ、そういう馬鹿共を数え切れんほど社会的或いは生物学的に
……俺は、この倶楽部の、会長なのだぞ!」
漸く尋常に顔を合わせて来る氷織の両肩を、蟠桃は、がしりと摑んで、
「俺を、そして此奴らを信じろ氷織! 『悪魔』でさえないのなら、何者であろうと、貴様は、俺達の、敬意を払うべき友人なのだ! 人間だとかそうでないとか、少なくともこの倶楽部では、そんな下らねえことで思い悩むな! 俺達を、見下げるな!」
氷織は、暫し痺れたように固まったが、ふとしゃくり上げると、そこから止めどない
そこから蟠桃は、懶気にも見える様子で腕を組むと、
「どっかで寝ていろ、……とも言えねえのが、この情況の辛いところだな。何せ、」
白沢を見やりつつ、
「責めたいって訳ではないが、相方のお前に、訊きたいことが山程有るんだ。」
医師としての責務に集中することで忘れられていた筈の、立場の悪さが意識に戻ったと見える白沢は、渋い顔で、
「ええ。……当然の、扱いでしょう。しかしとにかく、運び出せないにしても、氷織はここで休ませてもらいますよ。」
「ああ、仕方有るまい。」
集まっていた各〻が、どこか落ち着かぬ様子で元の席へ戻ろうとする最中、着座が為される時間も惜しいという体で、蟠桃が、
「さぁ、白沢。教えてくれ。お前の妻は何故、」
そこで一旦言葉を止めてから、怪訝そうに、
「ちょっと待て、……本当に、妻なのか?」
氷織へ毛布を掛けてやっていた白沢は、振り返って眉を上げてから、
「もしも貴男が、『妻』という言葉を、宿命的性交の相手という意味で使っているのならば、ええ、私と氷織は婚姻関係にないのでしょう。ただ、それにしても私と彼女は、本物の愛で
へえ、そうかい。と、蟠桃は渋く返事してから、
「いや、脱線したな。済まない。本題だが、何故氷織の奴は鶏なんか持ち込んで、そしてお前達は、結局礼拝と称して何をやっていたのだ。」
席へ戻った白沢は、寝息を立てている妻を一瞥してから、
「蟠桃。大方貴男は今、何と為しにその二つの出来事を質問として
「要領を得んなぁ。」煝煆が、座る為に椅子を引き出しつつ、「端的に、お願い出来るかい?」
白沢は疲れ切った様子で、額と前髪の間に手を差し込みながら、
「氷織は、と言いますか
そこから先は言い辛そうになって噤んでしまう白沢に取って代わり、未だに、どこか挙動不審で、顔色も悪い不意安が、
「つまり、……あの鶏共は、素朴な食料というよりも、血の生け贄であったのですね。」
「ええ。」逡巡の後、「それよりも不意安さん、……大丈夫、ですか?」
この、言葉上は心配しているのだが、しかしその実、自分の妻を露骨に憚る態度へ釘を刺すような、白沢からの肘打ちを受けて、自らの上体を抱きかかえるような体勢だった不意安は、ぱっと腕を
「ああいえ、勿論、人間だの知的生物だのという以前に、そもそも衆生を哀れむ私共で御座いますから、
肩を、縮めるようにしてから、
「しかし、私側の事情も、理解もしていただきたいのです。急に数多の蛇を見せられて驚いてしまった、未熟さと、そして、血を求めるという恐ろしげな生態を聞いて、……萎縮をしてしまう、愚かさを、」
苦労して「萎縮」という言葉を、せめて無難なものとして選んだらしかった不意安が、一旦そこで口を閉じた、その直後、
「この情況、中々難しいのだろうな。四十八軽戒の『損害衆生戒』によって、猫や犬は爪で人を傷つけるから飼育してはならん、慈悲に背くのだから、などと戒められているお前にとってはな。」
この、煝煆の言葉に、不意安は、己の耳を信じられぬという風情の顔を持ち上げた。
暫し絶句した後、漸く、
「貴女、……煝煆さん、今何を、」
「何って、私以外では見逃しそうな、円頓戒の瑕を
不意安は、憤ろしげに立ち上がり、殆ど絶叫で、
「今! 白沢さんが! 氷織さんの真率な苦しみを、代弁して下さっている最中ではないですか! 何を余計な
「教えてやろう、新入り。」傲岸な声音だけで、煝煆が差し止める。「カハシムーヌの名の下で、論ずると決めて面々が集い、席に着いたのならば、そこから先は、一言一言が真剣勝負さ。ましてや今回のような『悪魔』探しの情況ならば、それは弁舌での殺し合いであり、一瞬たりとも気を抜けないと心得るが良い。」
紅潮した顔を顫わせて黙り込む、不意安であったが、蟠桃から、
「ま、……言葉は悪いが、此奴の言っていることは正しいよ。別に気を抜くのも
彼はそこから、考え込むように見上げつつ、
「それでまぁ、実際面白いな。その『損害衆生戒』とやらだけなら、確かに他者への危害を戒めるという観点で好もしく聞こえるが、しかし不意安、ついさっきお前自身の言った、生命全てを哀れむべきという話と、その戒は矛盾するようにも思えるよ。別に、飼い犬を捨てて野良にすれば、人を嚙まなくなるという法も無いだろうしな。
実際、どうなんだ不意安? 例えば今、血をどうしても必要とする
若い優婆夷は、憤然と着座すると、
「捧げましょう! 私の腕なりを裂き、血を、必要な分だけ氷織さんへ!」
ふむ、と蟠桃は述べてから、
「もしも、それでお前が貧血で耐えられなくなり、健気に現れたとする協力者も二人三人と続けて氷織の為に倒れて行ったら、そういう勘定の合わない犠牲は、はたして正しい行為なのか?」
「あまりに卑劣な問いですよ、蟠桃!」不意安の声が、初めて裏返る。「その問いは、つまり、餓えに見舞われた集団がどう食料を分配すべきか、そして最終手段として人肉食を認めるべきか、などと全く等しい、窮極の問いの一つであり、如何な信仰心や信条の持ち主であろうと、容易に答えられるものではない筈です!」
こう、すらすらと、そして激しく返された蟠桃は、一応周囲の審判を伺う為にと見こう見してから、
「ああ。舌が滑った、最後のは愚問だったな。そこについては謝るし、俺の失点だ。
しかしいずれにせよ、全ての衆生を憐れむという、絶対に不可能な――だって野生の獅子と縞馬をどうやって同時に憐れむんだ――理想を抱えている手前、やはりお前達の信条は何処か、自己撞着を起こしているようには思えるがね。」
本調子でないのか、不意安がこの問いへ答えあぐねてしまうと、漸く機を得た白沢が、
「とにかく、……丁度、不意安さんの言った通りなのですよ。乗船以降の私は、礼拝と称して氷織と二人きりになる際、毎回毎回ではなかったですが、もしも彼女が餓えていたならば、氷の刃で私の腕を裂かせて血を与えていたんです。」
彼の腕の辺りへ、視線が集まるが、
「服を剝いで検めても、無駄ですよ。都度、自分の魔術で癒してしまっておりますから。」
「成る程、……割れ蓋に云々、という言葉ではあんまりでしょうが、しかし、氷織殿を扶ける為に、相応しいお力を白沢殿はお持ちな訳ですな。」
そんな守谷からの素直そうな評を、一応快さそうに受け止めた白沢は、
「とにかくです、……氷織は、そうして血を貪る度に、いとも苦しんできた訳ですよ。何せ、人間ならば必要としない筈の、そして不意安さんにも忌避されてしまったように、あまりに野蛮で反社会的に思われる行動を、しかし取らねば、彼女は生きていられないのですから。それも、誰よりも人間らしくありたく思っている、彼女が、です。」
不意安がばつの悪そうに顔を渋くする中、語られた悲劇への同情により、流石のカハシムーヌの面々も口が重くなったのだったが、
「白沢、」
氷織が、目を醒ましていた。
「氷織、無理は、」
夫の気遣いを無視して、
「そこまで話したのならば、白沢、……全て、明かして下さい。」
彼は、妻の言葉に目を真ん丸に剝いて、
「何を、……馬鹿な! そんなこと、話せる訳ないだろう、」
どうにかという体で話すムスリマは、毛布に巻かれたまま、力なく
「蟠桃は、言ってくれました。俺を、俺達を信じろと、……見下げるな、と。
そして、他の皆様も、ほら、私を忌んで斬り捨ててなど、いないではないですか。それも、追いつめられたからとは言え、皆様を殺めかけた私を、」
それも魔術を使い過ぎた影響なのか、少し咳いてから、
「そんな、……私なんかを、人間らしく扱ってくれる、余りにも有り難い、篤実な方々へ隠し事をするだなんて、そしてそのまま今後お付き合いするだなんて、……私には、とても耐えられないのです。」
語尾を不明瞭にして黙り込んだ氷織を、白沢が慌てて揺さぶる。しかし、どうも再び眠りに落ちただけらしく、彼はほっとしたように自席へ戻って来たのだが、
「おい白沢、」しかし、蟠桃が逃さない。「なんだ、……何が、氷織の心に
白沢は、どうにか免れられないかと知恵を絞る様子であったが、しかしやがて、観念したように、
「私と、氷織の職業を思い出して頂きたいのですがね、……つまり、医者と消防士な訳ですが、」
うわぁ!、と、とんでもない悲鳴をまず上げたのは黒野であった。続いて他の者も、連鎖したかのように、呻きなり唸りなりを不恰好に漏らす。
「まさか、」まともに話せるようになったのは、イロハからだった。「まさか、白沢さん、……それらの職業が救うべき者の命や血を、……氷織、さんが?」
「ちょっと待て、おい、」蟠桃が、壊れたレコード機のような凄まじい吃音と共に、「ちょっと待て白沢! そりゃ、話が変わってくるぜ!? そりゃ、お前、
殆ど終始気弱であった白沢は、しかし寧ろ、今こそ凛然としていた。
怖じず憚らず、彼が、堂々と語る。
「もうどうしても助からない命に、氷織から、止めを刺していただけです。心停止や呼吸の停止と、正真正銘の死、その狭間に置かれた、意識も無い臨終の者を、数分数秒ばかり早く看取っているのみですから、そこだけは誤解無いように願いたいですね。」
「何を言っているのだ!」今度は煝煆が、
彼女は、そこまでで一つ咳いてから、
「確かにお前達の職場においては、誰かしらについて、もう99.9%助からんだろうと言えることは時折有るのかもしれないが、しかし、しかしもしも、千分の一、万分の一を潜り抜けて本来助かる筈だった命が一つでも有ったならば、お前達は、責任を取れるのか!」
ここまで言われた白沢は、しかし、まるで怖じない。恰も、氷織の凍てつく強さを纏うかの如く、露も動ぜずに、
「ならば、どうしろというのです? 鳥獣の惨殺も、また私からの献血も、氷織の餓えを完全に癒すには至らないのですよ。今回のような数日の期間であれば大丈夫でしょうが、しかし、永久には無理なのです。年に何度かは、……人を、或いはそれに相当する知性・『魔力』を持つ者を、殺めねばならない! そういう避けられぬ生態に、氷織は苛まれているのですよ! よりにもよって、誰よりも心優しい彼女が!」
そこから彼は、銃口のような迫力で蟠桃を指差しつつ、
「先程貴男は氷織のことを、
……御存じですかね、皆さん。他宗教の神秘主義にも見られることですが、一般に神秘家達は、マックス・ヴェーバーの言葉を借りれば、『神の容器』になることを目指すのです。つまり、神を受け入れて一体化する為に、自分自身を空っぽにすることを望むのですよ。……こんな、悲しいことが有りますか? こんな、やるせないことが有りますか? 自分の全てを呪う氷織が、自分の、全てを棄てようとしているのですよ!
そして私は、……彼女が彼女自身を呪うのと全く同じく、自分の無力を呪うのです!」
最後の一節は、魂の底から引き出されるような、擦り切れた哀哭であった。
各個が深刻そうに言葉を失う中、頭を振る蟠桃が、何とか絞り出すに、
「不意安、……俺達は、しょうもねえよな。つい先刻俺達が、それは解答不可能だとしっぽを巻いた、命の値段や数を勘定する問題だが、……此奴ら夫婦は、真剣に日夜それへ取り組んでいるそうだ。」
彼は、不意安が返事を為せないことを、ちらと確認すると、
「糞が! ……畜生、卑怯だぜ白沢! 卑怯だぜお前等! 俺達を巻き込みやがって、」
頭を搔き毟ってから、
「そんな話聞かされちゃあ、……共犯になるしか、ねえじゃねえかよ!」
残んの者も特段否定せず、ただ、この蟠桃の呻きが部屋の隅々まで沁み渡り去るのを、石化したように待機している。
静寂の中、息を飲んだ白沢は、緊張の極みという風情から、
「では、……私や氷織を、許すと迄は行かずとも、突き出したりはしないでいただけると?」
「当たり前だ! そんな、真剣に苦しんで、真剣に生きている奴らを、……神官の俺だからって、そうそう公安に売ったり出来るものかよ! お前達夫婦は悪党なのかも知れんが、しかし、それ以前にお前達は市民なのだ!」
そう蟠桃が喚き終わると、他の者からも、やはりなんら異論や軽口は挙がらなかった。成る程、確かに一神教の中でも伊斯蘭は、頭部や目元を隠せるというだけでなく、猶太や基督よりも神の慈悲深さが強調されているという点で氷織へは絶好だったのだろう、などという、黒野が抱いた素朴な感想は、当然他の論者達も思いついた筈だったが、しかしそんな浮ついたことを口にする気分になど、誰一人なれなかったのである。哀悼のようなものに満ちた親身な同情が、周囲から二人へ差し向けられて、そこで焦点を結んでいた。
苦しげに目を閉じて、畜生、畜生、などと蟠桃だけが
「有り難う御座います、皆さん。生涯、私と氷織は今日のことを痛み入るでしょう。
そのついで、と言ってしまっては余りに不躾ですが、……しかし蟠桃、一つ、お訊ねしても良いですか?」
彼が、目を開くだけで応ずれば、
「二点、貴男にお話し頂きたいのです。
先程貴男の述べた言葉、『お前も知っているような』貴男の『出自』ですが、まずその点について、そして、それと非常に関わり深い筈の、貴男とイロハ婦人の馴れ初めの二点について、今一度、話していただけないでしょうか。」
訝しげに、何故だい、と蟠桃が返せば、白沢は存外尋常な様子で、
「まず、私自身が、腰を据えてその話を貴男から直接聞いたことが無いのですよ。無論、伝説というか噂話の程度では知っておりますが、しかし、そんな曖昧なもので、私や氷織を率先して
そして、第二に、……黒野さんへも、きちんと、貴男のことを知らせて欲しいのですよ。」
怪訝そうな顔のまま、蟠桃はやや前傾しつつ、
「煝煆ではなくお前からそんなことを言われるのは只管に意外だが、……それこそ、何故だい?」
「『悪魔』を、狩る為です。」
この端的な一言によって、少なくとも黒野は、自分がどういう情況に置かれているのかを思い出させられることになった。血と殺害への渇望による苦しみから逃れられない夫婦への憐れみへ、溺れている場合ではなかったのだ、と。自分達も、今、充分に窮地なのだと。
「氷織について皆様に理解していただけたのは、この上ないのですが、しかし、とにかく結果として守谷の
「はっきり、言ったらどうだね。」先程までの話題による悄然が、議論の予感による欣然で丁度打ち消されたのか、蟠桃は平然と、「何か、などではなくて、俺やイロハさんが、『悪魔』であった場合の襤褸だろ?」
白沢が、これへ心苦しそうに頷けば、蟠桃は傾いだ頭を片手で抱えつつ、
「突然仇で返すような御挨拶だな、と言いたい気持ちは無くもないが、……まぁ、妥当な要求だろうよ。勿論俺は自分が『悪魔』ではないと知っているし、イロハさんもきっと違って欲しいのだが、しかしだからって、そういう依頼を回避しては不公平だよな。全ての材料は、公明に俎板へ上るべきだ。」
今度はイロハへ何も伺わないまま、彼が、勝手に話を進める。
「さあ、少し長くなるぜ。……お前等、心して聞けよ!」
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