13・5
夜半。しじまに満ちた議場室。片隅にて、個室から持ち出してきた蒲団に包まる黒野。何かを、堪えるように身を顫わせている。漆黒の闇の中で目を醒まして以来、まんじりとも出来ずに煝煆の寝息を聞いていた彼だったが、ふと、意を決したように這い出て、そして立ち上がる。
数歩、進んだ彼。
「……△○×!」
母語で呻き声を上げて身を起こす煝煆。あ、と漏らして急いで駈け戻る黒野。
お前、……馬鹿者、なんだ、と、右手を
いや、済みません、……どうしても我慢出来なくなって、と彼。
闇の中で、相手に見えないながら眉を顰める煝煆が、……ああ、厠か?、と小さく叫ぶ。
彼が言い訳する前に、彼女も闇の中で立ち上がる。そうしたら、仕方ないだろう。一緒に行ってやるから付いて来い。
そう述べてから、囁くように呪文を唱える。
金色の炎が、小さく、しかし力強く彼女の右手から立ち上る。妖しげに揺らめくそれの放つ光は、瞬間瞬間、異なる按排で元錬金術師の顔を照らし、か黒き闇の中、彫りが強調された彼女の相好の美しさ、坑道に突如見出された赤銅鉱結晶のようなそれを、生き生きと彼へ明かし示す。
船のトイレは、出島のように飛び出た甲板部分から聳えている、黄色く細長い塔、搭乗前に煙突のように黒野へ見えたそれで、彼には理解の及ばない機構によって衛生や消臭を叶える為に、そのような細高い構造となっている。そんな不可思議な上方部分とは対蹠的に、跨いで海面へ垂れ流すだけの原始的便器――若しくは単に「穴」――でことを済ませつつ、彼は、遙かに高い天井や、そこから、或いはそこへ、複雑に伸びている管、そしてそれらの間に思わせぶりに排置されているタービンを仰ぎ見て、その仕組みを少しは想像してみる。
夜の海の差し込むような寒さの中で、決して愉快でなかった排便を済ませ、痛むようになってしまった腹を庇いつつ、なんとかという体で塔から出てくる彼。
臍の前の辺りで炎を持ちつつ、ぼんやりとやや斜め上に見上げている煝煆。不知火の如く、彼には幻想的に見える。
暗闇の中海へ落ちないよう気をつけながら、済みませんこんな寒い中、と歩み寄る彼へ、不思議そうに首を傾げると、金赤に照らされた頰を持ち上げる彼女。ああ、それに関しては心配するな。人鳥よりも、私は寒さに強いぞ。
それよりも、見てみろ、と、眺めていた先を顎で促す彼女。
見定めようとする彼だったが、しかし、夜空に名も知らない星座群が泛かんでいるのだけを認める。
何事ですか、と、彼が問おうとしたその刹那、東の空から曙光が及び始める。そうして得られた朧げな視界の中に、シルクハットのようだと譬えられた船の本体部分が現れて、白い非現実的な威容が空を劃す。
そしてその屋上、彼女が示した場所には、人影が一つ佇んでいる。
目を
恐らく礼拝だろう、全く、毎日毎日御苦労なことだ、と、呆れたように述べる彼女。
紅紫に耀く薄明の中、さあ、もう一眠りするぞ、と言いたげに彼女は炎を
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