トイレにこもると異世界転移

ヒヨコの子

第1話

その日はひどくお腹の調子が悪かった。


「ノアール皇帝妃殿下、あなた様の多大なる御恩情に感謝致します。我らが一族、子々孫々にいたるまで絶対的な忠誠を誓わせて頂きましす。」


名前を呼ばれて、意識が覚醒する。元々寝ていたりなどしてないのだが。頭の中のモヤが晴れたような意識がクリアになったそんな気がした。

辺りを見回すと、大きなホールのような場所。

自分は座っている。手は黄金の少しヒンヤリとした肘掛の上に置かれ、おしりを包むクッションは硬すぎすやわか過ぎず、ピッタリとフィットしている。背もたれは頭を通り越して続いているようで、深くもたれこんでも頭がガクッと落ちない。

目の前の赤い絨毯は一直線に伸びており、遠くに見える扉まで続いている。

自分は少し高い位置に座っている様で、眼下には膝をつき頭を垂れる2匹。いや2人のリザードマンが居る。

そう、ここは玉座の間。

アストラル帝国、皇帝妃ノアール・フォルト・バーニーズ・コースター・マウンテンの御前である。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


茹だるような夏の暑さ、トイレの個室と言う最悪のロケーションに汗が止まらない。

(アイスコーヒーを調子に乗って3杯も飲んだのがダメだった?)

刺すように、痛いお腹を擦りながらもう15分もトイレにこもってる。締め切っている扉のせいで部屋を冷やしている冷房の空気は入ってこないし、閉め切られた密室は蒸し器の様に暑い、加えて内蔵をつねられている様な腹痛から脂汗までかいてきた。

せめて、換気扇を回してとくべきだった。と後悔しても遅い、突然お腹の痛みを覚えてトイレに駆け込んでから立ち上がる事すら出来ていない。

そう、下痢なのだ。ええ、そうとも下痢なのだとも!

明日香は大きなため息を吐いて、お腹に力を入れる。出してしまえば楽になる事を知っているのだから。


「妃殿下、ノアール皇帝妃殿下!!いかが致しましょうか」


突然名前を呼ばれて、ノアールは視線を向けた。

横に立っているのは、三角形の耳がペタンと垂れ、口周りは見事な髭と見紛う毛で覆われている犬だ。いや、手足は人間の物なので、犬人?シュナイザーと言う種類だったなぁとノアールは思う。

いや、確かに彼の名前は、ルーム・シュナイザー・ウィザードこの国の宰相。

なぜ種類だと思ったのだろうとノアールは首を傾げる。


「妃殿下、私の毛に何かついておりますか?」


彼に向かって首を傾げたわけでは無いのだか、いつの間にか視線が向いていたのだろ。ノアールは「いいえ」と小さく答えると手元に目を向けた。


(えっと、確か今はリザードマンの国に進行しているのよね、ん? 進行?こんな戦争の無い平和な国が?んん??違う、万国統一を掲げる皇帝陛下の指示で今は軍事進行を行っている途中でしょ?)


ノアールは頭を降って椅子から立ち上がり、手を持ち上げると、腹部をさすった。どうもおかしい、さっきまで腹を壊しトイレに居たはずだなどと思うのだから。

疲れているのかもしれない。

なぜなら、陛下が最前線で動かす軍の指揮を一任され休む暇もなく働いているのだから。

リザードマンの国。国と言っても大きな都市ぐらいの大きさで排他的に生活水準の低い国家である。

食料は主に魚や虫。通過などは存在しなく物々交換などを行っている。いや、もしかしたら彼ら独自の通過はあるのやもしれないが、こちらに流通してくることはまずない。

生活水準は低いが武力に置いてはそうでも無い、彼は硬い鱗を持ち鎧などを必要としない。また、水上での移動にかんしては右に出るものなどなく一度水中戦に引き込まれては勝ち目は無いに等しい。そのため、彼らは湖に囲まれた陸地に国家を築いている。

そう、そして彼らは籠城と言う選択を選んだのだ、そのため進軍は難航しているのか現状だ。


「やはり、……魔導部隊に湖を氷漬けにさせる他ないのでしょうか?」


ルームがノアールが先程見ていた書類を手に呟いた。ペタンと垂れた耳をよりタレ下げてしっぽは小さく丸まっている。

そんな事をしては、彼らの主食である魚が取れなくなり、種の存続が出来なくなることを知っているからである。


「当たり前で…?ん?いえ、えっ?ん??少し、待って」


当たり前のはずだ。だって我が愛しき皇帝陛下の慈悲深い降伏勧告を無視して、籠城をきめこんでいるのだ。

そんな種など滅びた方が、帝国の為だ。

愛しき陛下の顔が思い浮かぶ。その力強き瞳の前えでは皆無力なのだ。陛下こそ絶対なのに。

なのに何故か。そう、何故かそれはいけない事だと心が言っている。


(なぜ? リザードマンが滅びる事が帝国の不利になる?いいえ、そんなはずは無い。それは調べ尽くしたはず…… なにか見逃している?違う、もしかしてコレは神のお告げ??)


ノアールは考える。

彼女は皇帝妃だと同時に信仰を司る神殿長を務める身。故に回復魔法には秀でている。色々と厳しい条件や対価なども必要となるが、死者を蘇らす事すら出来る神の加護を受けている。

今までだって無理な進軍はして来た。時には種を滅ぼしたことだってある。しかし、その時にはこんな感情は浮かばなかったのだ。

もし本当に神のお告げであるのであれば、従わなければならない。神の加護を失っては困るのだ。

万が一皇帝陛下にもしもの事があった場合。神の加護を失ってしまいましたでは済まない。

ノアールは頭をブルブルっとふり、ルームが手に持つ書類をひったくる。


「妃殿下?」


「森の中……湖………とすると……いや……でしたら」


困惑するルームを無視してノワールは考える。どれが最前線なのか。どうすれば良いのかを、そしてひとつの結論にたどり着く。


「即刻、魔導部隊に作戦の変更を伝えなさい。そして召喚部隊に準備をするように連絡して!話機の使用を許可するわ!」


ノワールの気迫が伝わったのか、ルームは弾かれた様に「ワン!」と吠えると早足で部屋から退出した。

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