ワタシの後のアナタのために

七取高台

ワタシの後のアナタのために 序

 ゆらゆら。ふわりふわり。ゆらふわり。耳を打つ海鳥の声に、波を打つ音が交わる。窓際の背もたれに身を預け揺れるこのひと時はすぐに終わりを迎えるという確信がある。何年も変わらぬ船内アナウンスと甲高い笛の音が、帰ってきたという実感を呼び起こす。こうして俺、弘久ひろひさは本土にほど近い、故郷の島に帰ってきたのだった。


 寝ぼけ眼のまま上陸した故郷は、年々綺麗に新しくなってゆく。幼い頃にあった山頂へのリフトは何年も前に撤去され、山は元ある姿に戻り、今は開けた港正面には観光案内所と綺麗に整えられた駐車場が待ち構えている。昨年か、その前か、さらにその前の年に本土と島をつなぐ橋が島の北端にかけられ、島中央西側で玄関口としての役割を抱えていたこの港も、今や島の観光拠点として立派に近代化を遂げていた。

 時刻は夕暮れ、には少し早い時間か。今から家に帰ってもいいが、さて。あのあたりは人気が少ないし、両親はきっと出かけているだろう。この時期は周辺近所の住民が、自然と集まって宴会場を借りて飲み会をしていたし。

 まあいいか。その辺歩いていれば誰かに会うだろう。島民なら大体知り合いみたいなものだし。それに、島の若い連中が例年たまり場としている小料理屋バーに行けば誰かいるだろう。そうして島の中央部に向かい、島一番の交差点を眺めていたらようやく馴染みの顔を見つけた。

 この島で、古くから雑貨店を営む家の娘、れいだ。片手で数えられるくらいの同級生のうちの一人で、今でも島に残っている若い人間は彼女を含めた数人くらいしかいない。連れ立って歩いていた両親と別れ、ちょこちょこと歩いてきた彼女に手を挙げる。彼女はにっこりと笑みを浮かべて言った。


「おかえり」


 彼女ほど、この言葉に含みを持たせられる人間も、そういないだろう。


 礼と共に島を歩く。得意先の個人宅や、卸先の食堂などに挨拶をしつつ、島の中央からやや南東にある漁港から道を一つ挟んだ店についた、のだったが。


「リフォームしたんだ」

「うん、キレイなお店」

「礼のは?」

「古い感じのも、味があっていいと思うんだけどなあ」


 まあ、礼のものでもないし、あくまで店舗というだけで住んでいる家は北の山の斜面にある。古民家というほどではないにしても、年季を感じさせる家だったはずだ。

 この島において好立地といえば島の北部にある山の斜面だ。標高はさほど高くなく、頂上近くでも3キロ程度の道のりでついてしまう。それでいて眺めも良く、南を見下ろせば島の東西にある港、砂浜の全てを視界に収められる。

 俺の実家も同じ山の斜面だが、礼の家より少し西寄りだ。山の麓から分かれる道が、所謂いつもの分かれ道になっている。


 さて、目の前の話に戻ろう。大きな平屋の店は一階部分をグレーの、招き屋根の間は白の、ぺスカストーンの壁。店前のウッドデッキに並ぶテラス席がすでにいっぱいになっている。木製のラウンドテーブルにパラソルが西日を遮っていて、ふと店のカフェボードを見れば、本日休業の文字。その下に島民貸し切り、歓迎と派手に描かれている。

 大きなガラスがはめ込まれた店の引き戸をくぐれば、梁とエアコンが剥き出しになった開放感のある高さと、導線を確保しつつ目隠しするように設置された手作り感のあるマガジンラックが奥行きを演出しており、ガラスから差し込む光を反射する白い内壁に、作られたコーナー部分はスポットライトによって暗い壁紙が映し出されていた。

 俺の残念な語彙力では総じてオシャレ、くらいしか出せないが。

 島民でにぎわう店内をするりと抜けて奥へ。すると、懐かしい顔が、今度は二つも出てきた。


「おお! やっときたか!」

「やっほ。この間ぶりかな?」


 地元の若手漁師で兄貴分の永嗣えいじと、元島民で本土に店を構えた両親の手伝いをしていたはずの姉貴分の洋子ようこだ。

 小麦肌の永嗣と真珠の如き輝きの白き肌の洋子姉。教育の差が出ているなと思う。


「おまたせ」

「いーのいーの。あ、お土産あるから後で渡すわね」


 洋子姉のお土産とは、店の料理だろう。この時期に頻繁に作るものもあることだし、例年通りだろう。俺の家は大抵早い時間に両親が受け取っているらしい。


「すんませーん!!」

「うるさ」

「何はともあれ乾杯からじゃ!」

「はいはい」


 そう言いつつも、酒の飲めない俺はエアーで乾杯をするのみだ。今年も会えてうれしいよ、我が兄妹たち、なんてね。

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