8・香奈→対決②
緊張しつつ過ごした楡井先生の授業は、何事もなく無事に終わった。
拍子抜けするほどに。
「笙子、このあと時間があったら進学相談会に行かない?」
和可奈に誘われた。
「進学相談会?」
「うん。塾の卒業生が、どんな授業をとって、どんな勉強をしたかを教えてくれるっていうか」
座談会みたいなかんじだよ、と説明してくれた。
ふっと、視線の先にいた楡井を見る。
楡井が頷く。
「いいよ、出る」
わたしと和可奈が進むと、楡井もあとをついて歩き出した。
楡井先生の講座から、その座談会までは時間があったので、和可奈と喉が渇いたから何か飲もうという話になった。
そして、この階に設置された自販機に、買いに行くことにした。
和可奈の話だと、その自販機には、一つだけいろんな飲み物がランダムに入っているところがあるらしく、それが塾生の中では「おみくじ」の役割を果たしているらしい。
出てきたものによって、大吉とか中吉とかあるらしい。
自販機の前は少し狭くなっていて、その先には薄暗い内階段が見えた。
わたし達の前に、二人組の男の子がいた。
けれど、わたしたちが来たのを見ると、缶を手にした男の子たちは、さっとその場を譲ってくれた。
「笙子、なに飲む? わたしはグレープジュース」
「わたしは、その、おみくじのやつにしようかなぁ」
「え、ほんと? あのね、すっごい苦い、ええと、なんだっけな、変わった飲み物も入っているって話だよ」
和可奈がくすくすと笑う。
「苦いかぁ。……うん、それ出たら、お父さんへのお土産にしよう」
「お父さん、苦いの好きなの?」
「どうかな? 最近、今まで試していない味にトライしているから、飲ませてみたい」
「そっか。今日は、わたしはグレープジュース気分だけど、いつか、わたしがもしおみくじを押して、苦いお茶が出たら、笙子にあげるよ」
「ほんと? よろしくね。お父さんへのお土産にするよ」
わたしが笑うと、和可奈も笑った。
和可奈が、グレープジュースを買う。
そしてわたしが、自販にお金を入れようとしたとき「田辺 和可奈さん、だよね。ええと、事務の人が、呼んでるよ」と、そばに来た子が知らない女の子が、和可奈に告げた。
「え? なんだろ……。受講の手続きのなんかかなぁ。ちょっと行ってくるね」
和可奈は、開けてないジュースをわたしに預けるとパタパタと廊下を駆けていった。
和可奈に用件を伝えに来た子に少し緊張したわたしだけど、その子もまた、そのまま戻って行った。
自販機の前は、わたし一人になってしまった。
ちょっと、これはあまりよくない展開だ。
楡井の姿も見えない。
なので、わたしも飲み物を買い一旦教室に戻ろうと思った。
手には、コイン。
これを自販機に入れようと、ふと体の向きを変えたとき、――あの薄暗い階段の踊り場に、白い封筒が落ちているのを見つけた。
心臓をばくばくとさせながら、ふらふらとそれに吸い寄せられるように、近づく。
そして、屈んでその封筒を手に取ろうとした途端、さっと腕を掴まれた。
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