ごめんね、もう少し
仲町鹿乃子
全てのはじまり
耳障りなブレーキ音とともに訪れたのは――静寂。
無。
光も温度も匂いも。
何もない世界。
このまま、わたしは消えてしまうの?
そのとき、ものすごい力で、わたしのその意識がどこかへと持って行かれるのを感じた。
――お姉ちゃん、ごめんね。
妹の声がする。
わたしは彼女に必死に手を伸ばす。
笙子!
笙――
「――子、笙子!」
声がした。
誰かが妹を呼んでいる。
ゆっくりと瞼を開ける。
――やけに白くて、眩しい。
あぁ、ここは、光のある世界。
それを合図に、一気になだれこんでくる音と、消毒薬の匂い。
母がいた。
わたしの手を握る母、そのやわらかな体温。
「あぁ、笙子! あぁ、神様! 先生! あぁ、笙子!」
涙でぐちょぐちょになった顔で、母がわたしの顔を覗き込んでいる。
お母さん、泣かないで。
わたし、大丈夫だから。
そう言いたいのに、声が出ない。
でも、母にはわかるのだろう。
泣きながら、何度も何度も頷いている。
母がまた妹の名を呼ぶ。
そうか、わたしの隣には妹の笙子がいるんだ。
よかった、笙子も助かったんだ。
ねぇ、笙子。
わたしたち、早く元気になろう。
そして、家族そろってお父さんの退職と再就職のお祝いをしよう。
そんな、少し先の未来を思い描きながら、わたしは再び眠りに落ちたのだ。
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