第54話 卒業
「お父様、いい加減泣き止んでください」
「だって…本当はまだ1年あるはずだったのに…」
2枚目のハンカチも既にぐっしょり濡れている。
「サーシャ、これ以上構わなくていいわ。お待たせしてしまってはいけませんよ」
マノンがきっぱりと言い放ち、サーシャを促す。義母にお礼を言ってその場を離れる前に振り返ると、マノンは新しいハンカチをジュールに渡していた。
(何だかんだ言ってお義母様はお父様に甘いのよね)
「サーシャ」
いつもより興奮したミレーヌの声に立ち止まれば、シモンと一緒に階段を下りて来るところだった。
「とても綺麗ですわ。遅くなりましたが、ご卒業おめでとうございます」
「サーシャと一緒に卒業するとは思わなかったよ」
苦笑するシモンの言葉にサーシャも同意するように頷いた。
エリアスの留学期間は半年間で、それ以上延長することは王太子の立場上難しかった。卒業までの1年間離れ離れで過ごすという選択肢もあったが、エリアスから懇願されたためサーシャが折れることにしたのだ。せっかく通わせてもらったけれど仕方ない、そう思っていたがアーサーから思わぬ情報がもたらされた。
「卒業試験に合格すれば未履修でも卒業はできるよ」
エリアスに教えてもらいながら必死で勉強した結果、サーシャは試験に合格し学園を卒業できることになったのだ。
二人に別れを告げて中庭に向かう途中でジョルジュとレイチェルの姿を見かける。あの後、レイチェルはジョルジュと大喧嘩をしたらしい。喧嘩と言っても事情を打ち明けたジョルジュに対してレイチェルが激しく非難し、一時は婚約解消も囁かれたが元の形に収まったようだ。
以前よりもレイチェルに頭が上がらない様子のジョルジュだが、幸せそうな表情でレイチェルに話しかけている。
遠くから歩いてくる友人を見て、サーシャは最上級のカーテシーを取った。
「サーシャ、今日までは不要よ」
「おや、そのドレスはとても似合っているね」
アーサーの揶揄に気づいていたが、受け流してお礼を言った。
ソフィーとアーサーはさりげなく互いの瞳の色のピアスを付けている。互いの色を纏うのは想い合っている証と言われており、サーシャのドレスは淡い紫を基調としたもので誰の色を意識したものかは明らかだ。
「あの方らしいな」
「ふふ、愛されていますね。サーシャさん」
振り向くと穏やかな表情のユーゴとアヴリルが寄り添って立っていた。率直な感想に恥ずかしくなって、挨拶を終えると早々にその場を離れた。
季節が変わり春を待つ中庭は落ち着いた色合いを帯びている。そんな中でエリアスの姿ははっきりと浮かび上がっているように見える。
「サーシャ」
名前を呼ばれるだけで、ふわりと温かい気持ちに包まれる。
「お待たせいたしました、エリアス様」
「綺麗だな。出会った時も可愛かったが、俺の瞳と同じ色のドレスを着てくれるなんて思わなかった。嬉しすぎてこのまま連れて帰りたいぐらいだ」
「あら、私はエリアス様と一緒にダンスを踊りたいですわ」
「君が望むなら何度でも」
差し出された手を取って卒業式の会場へと向かう。
この結末は強制力の結果なのだろうかと思ったこともある。だがエリアスは番の本能に抗い、サーシャも運命に流されるままでなくエリアスを知り、心から愛しいと思ったのだ。あらかじめエリアスと結ばれる結末があったとしても、それでもこの決断は自分とエリアスが互いを想い合って生まれたものだと胸を張って言える。
一緒に幸せになることを決意したサーシャは愛しい人へ満面の笑みを浮かべた。
『良かった、あの子幸せそうだよ』
『どうなるかとドキドキしたけどうまくいって良かったね』
『ふふ、僕たちの眷属を命懸けで助けてくれたんだもの。せめてこっちでは幸せにならなくちゃ』
『ねえ、もう一人の子はどうなったんだっけ?』
『意地悪な子は知らない。でもあの子を傷付けようとした悪い子だよ』
『悪い子は嫌い。懲らしめちゃおう』
くすくす笑う幼い子供のような声は誰にも聞こえずに、風の中に消えた。
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