第27話 噂と嫌がらせ

情報収集はいつの時代も重要だ。


「情報を制する者は世界を制す」などという格言があるように、知識や情報は財産であり生命線でもある。


まだ学生とはいえ幼い頃からの教育で貴族子女たちにもそれは身についていたようだ。

翌日からサーシャは遠巻きに他の生徒から避けられ、痛いほどの視線を浴びている。


(前回の時の噂とはレベルが違う……)


玄関口から教室に至るまでの間でサーシャはすでに疲弊していた。


「サーシャ様、大丈夫ですか?」

心配そうに声を掛けてくれたベスの声に強張った気持ちが少し緩んだ。


「お気遣いありがとうございます」


大丈夫だとは言えないがそんな風に声を掛けてくれることが有難い。とはいえサーシャはそれに甘えてもいられない状況であることも認識していた。


「ベス様、お願いがございます」


声を落とすとベスは何かを察したかのように、内緒話が出来る距離に身体を寄せた。


「しばらく私に近づかないでいただきたいのです。皆様を巻き込みたくはありません」


「サーシャ様、私たちがそんな薄情だと思ってらっしゃるのですか?」


ベスの口調は責めるものではなく、サーシャの不安を取り除こうとあえて軽い口調で告げられる。その心遣いは本当に嬉しかったが、サーシャも引くわけにはいかない。


「私といると高位貴族の方々に目を付けられるかもしれません。学園内のこととはいえ、ご家族にご迷惑をおかけする可能性がある以上、甘えたくないのです。どうか、お願いいたします」


「サーシャ様!――分かりましたから、頭を上げてください。ですが、本当に困ったときはご相談くださいね。私たちはサーシャ様の味方ですから」


何度も念押しするように言われて、サーシャもそれには了承した。

名残惜しそうに去っていくベスにはミレーヌやリリーにも伝えてもらうように頼んでいた。


(お義兄様だけは巻き込んでしまうけど、殿下とも親交があるから嫌がらせを受ける可能性は低い。あとは自衛に専念するだけ)


サーシャは昨日の義兄との会話を思い出していた。


ミレーヌを落ち着かせて先に帰らせた後、サーシャはシモンにアーサーとの会話を正確に伝えた上で、謝罪した。


「申し訳ございません。私が言葉の意味に気づかなかったばかりに、殿下に先手を打たれてしまいました」


「いや、アーサー様は何というか、ちょっと独特の考え方をなさるから慣れていないと普通は気づかないよ」


シモンはサーシャを責めることがなかったが、難しそうな表情から状況が好ましくないことが分かった。


「あのお義兄様、私もう一つ見落としていたことがありまして…」


アーサーはソフィーが知っていると言っていたが、ソフィーがどう思っているかについては言及しなかった。


「ソフィー様とは親しくしていただいているのに、もし今回のことで不快な思いをされていらっしゃるのなら、私は学園を去ることも視野にいれたいと思います」

「サーシャ、それは流石に先走りすぎだ」


ジョルジュの件からずっと考えていたことでもあった。

ヒロインがいなければ攻略対象たちは婚約者と良好な関係を築いていたのではないか。シモンとミレーヌだけがやや例外的にサーシャがお節介を焼いたことで交流を深めるきっかけになったようだが、元々相性が良さそうなので遅いか早いかの違いだけだったように思う。


譲らないことを主張すべく、じっとシモンの瞳を見つめ続けていると、諦めたようにため息を吐かれた。


「サーシャの気持ちは分かったけど、あくまでそれは最終手段だ。ソフィー嬢には僕が確認するからサーシャは大人しくしていること。それから……嫌がらせを受けたらすぐに教えてくれ」


アーサーと挨拶程度の会話を交わしただけで、嫌味や陰口を叩かれることになったのだ。今回はその比ではないだろう。真剣な顔で告げるシモンにサーシャは表面上おとなしく頷いた。


それはサーシャが食堂に向かう途中での出来事だった。


見るからに上級生と思われる3人の女性に声を掛けられ、そのまま近くの準備室に連れ込まれたのだ。5分ほどサーシャを一方的に誹謗中傷した彼女たちは、鍵をかけて嘲るような笑い声を残して去っていった。


(はぁ、うるさかった。それにしても生徒が簡単に鍵を持ち出せる管理体制ってどうかと思うわ)


閉じ込められたことへの恐怖感も困惑もなく、のんきな感想を抱いた。というのもこれはサーシャの予想内であり、むしろ誘導した結果ともいえるからだ。

ポケットから取り出した焼き菓子をもそもそ食べていると、開錠音が聞こえたので扉に視線を向ける。


「助かりました。ありがとうございます」


「……驚かないんですね」

ヒューが眉をひそめてサーシャの手元の菓子を見つめている。


「……よろしかったらいかがですか?」

「結構です」

じっと見ていたので欲しいのかと思ったが、食い気味に拒否された。


「そうですか。それでは失礼します」


早く解放されたのなら食堂に向かいたいのだが、ヒューはドアの前に立ったまま動こうとしない。首を傾げるとヒューの眉間の皺が深くなった。


「貴女の周辺に気を配るよう殿下が私に命じることを、想定されていたのですか?」


平然とした様子の自分に疑問を抱いているのだとサーシャは遅まきながら気づいた。確かにアーサーが何かしら手を打つ可能性は一応考えていたが、正直期待はしていなかった。


「ヒュー様のことを想定したわけではありません。自衛のために何かあっても大丈夫なように準備していただけです」


食堂に向かう際に人気ひとけの少ないルートで、かつ危険度の少ない場所を選んで誘導したことは黙っておく。

ヒューが来なくてもここは1階で、少々位置は高いが窓から抜け出せるような部屋なのだ。サーシャは少し時間をおいて出るための暇つぶしとして菓子を口にしていた。


「間に合わないことだってありますから、なるべく誰かと一緒に行動するようにしてください。あの方も一応気にされています」


「お気遣いありがとうございます」


おとなしくそう答えたが、その通りにするつもりは欠片もなかった。巻き込まないために友人たちを遠ざけたのだし、アーサーの思惑通りに動くのも癪だった。


(お義兄様にこれ以上余計な負担を掛けられないし、ある程度の嫌がらせなら受けてたってやるわよ)


そんなサーシャの内心に気づいたのかどうか分からないが、ヒューはため息をついて道を譲った。

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