第17話 興味の行方
アーサーたちの姿が見えなくなると、思わず安堵のため息が漏れた。普段以上にマナーが気になったというのもあるが、やはり王族と接することはなかなかの緊張を強いられるものだった。上に立つ者としてのオーラとでもいうのだろうか、滲みでる気品と威厳にサーシャはすっかり圧倒されてしまった。
「お義兄様はすごいですね。私は殿下と同じ空間にいるだけでとても緊張してしまうのに、普段はご友人として接していらっしゃるんですもの」
「僕だって最初からあんな風に気安く接していたわけじゃないよ。それよりサーシャは殿下に敬意を払いつつ、自然な気遣いが出来ていたね。急な訪問だったのになかなか出来ることじゃない」
そんなシモンの態度にサーシャは僅かに期待を抱いた。
「ありがとうございます。――そろそろお茶の時間なのでイリアの分を準備してきますわ」
このままなかったことにしようと立ち去りかけたサーシャだが、しっかりと腕を掴まれてしまった。
「サーシャ?さっきの木登りについて、まだ話が終わってないよ?」
(うっ、やっぱり見逃してくれなかったか)
笑顔から一転、まじめな顔つきに変わったシモンからサーシャは小一時間ほど説教を受ける羽目になった。
「ヒュー、さっきのは冗談だ。そんなに怒るな」
先ほどから無言の抗議を示す幼馴染を宥めるため、アーサーは申し訳なさそうな口調で言った。もっともこれぐらいで絆されてくれるような男でないことは分かっている。
「…冗談だろうが二度と他の女を婚約者として世話するような真似はするな」
敬語を止めて幼い頃と同じような口調で話すのは、本気で怒っていることを伝えるためだと分かっているから、わざわざ咎めはしない。他の人間がいれば別だが、周囲に人の気配がないことを確認した上での言動であることは互いに理解している。
「分かってるって。お前は本当にディアーナが好きだな」
揶揄うつもりはなくむしろ感心したつもりだったのに、ヒューは無言で馬を進めた。まだ10歳になったばかりの妹姫を妻に迎えるべく、ヒューは侯爵令息でありながら婚約者がいない。周囲からなんと言われようと、頑なに拒み唯一の存在以外受け入れようとしなかった。
初めて会った時から惹かれていたと言い放ち、少女趣味があるのではと疑ったことはあるが、そのブレない姿勢に今ではディアーナを心から大切に想っていることを知っている。
「自分が気に入ったからと言って他人に与えようとするな」
不貞腐れたような声だが、ようやく会話をするまでに機嫌が直ってきたようだ。
「いや、だってなかなか興味深い令嬢じゃないか。感情をほとんど表に出さないから冷たい性格なのかと思いきや、身内を素直に褒めるし、木登りしてまで猫を助けるぐらい優しくて、面白い」
先ほどのサーシャの顔を思い出すと自然と顔がほころんでいく。
初めて会った時もそうだが、王子である自分と対面しても緊張や恥じらいを見せず淡々と言葉を交わす様は堂々としていた。気位が高いわけではなく、意識していない――他の貴族と同じ扱いなのだと悟った時は呆気に取られてしまった。
それでも嫌な気持ちはなく、会えば会うほど興味を惹かれていく。
自分の皮肉に気づきながらも、歯牙にもかけず令嬢として正しい答えを返した彼女。
(もっと違う表情を見たいなんて、私も大概ひねくれた性格をしているよな)
心の中で苦笑していると、不意に真剣な顔つきでヒューが言った。
「……もしもソフィー嬢と婚約していなかったら、お前はサーシャ嬢を選んだか?」
「残念ながら子爵令嬢とは家格が釣り合わないね」
興味を抱いていることと婚姻は別物だ。子供ではないのだから王族貴族の責務など分かり切っている。何故そんな当たり前のことを聞くのかと目線で問うと、溜息をつかれた。
「ソフィー嬢には訪問の件、絶対に黙ってろよ。面倒なことに巻き込まれたくない」
「勿論だよ」
貴族らしく多少高慢なところはあるが、勉学の傍らで王妃教育もこなすソフィーは努力家だ。それなりに敬意を払っているし、将来のパートナーなのだから上手くやっていくに越したことはない。
(でもあの焼き菓子は美味かったな)
アーサーはしっとりと柔らかく優しい甘さを思い出しながら、コベール家へと向かった。
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