第59話 朝霞雫は複数人と一緒に激しい運動する
水泳大会当日。
昼休憩を挟んで午後。
俺は整列係を命じられていた。
「せんせー、まだー」
鼻垂れ小僧が俺を見上げている。
どうやら気が付いてないようだ。
ティッシュでチーンと鼻をかんでやる。
俺はただのバイトなのだが、子どもにとってはみんな先生らしい。
保護者からも先生から先生と呼ばれるのだが、ジムに関することを質問されてもだいたい分からないので、保護者からは逃げている。
「うん、君の順番はまだだからもうちょっと待っててね」
子どもの方が順番を守ってくれるから助かっている。
むしろ大人の方が整列せずに、どこかへ行くから困っている。
そういう時はわざわざ拡声器で呼び出さなければならないので億劫だ。
ただ、大人と違って子どもは無駄に話しかけてくるのが気怠い。
「せんせー、彼女いるのー?」
「うーん。いないかな」
「だろうなー。モテなさそうだもん」
「ブン殴――いや、そっかー。ははは」
こういう風に小学生ぐらいの子どもは生意気な口を聞いてくるから拳を収めるこが難しい。
保護者の目が無かったらマシュマロみたいな頬っぺたを抓っているところだ。
午前中はタイム計りの係をしていたが、あっちの方が楽だったな。
ストップウォッチを押して、タイムを記入するだけだったから。
例外の作業はたまに疲れ果ててプールに上がれない子どもを、プールに持ち上げてあげるくらいなものだ。
「あれ? シズクちゃん?」
「はい」
シズクちゃんが並ぼうとしている。
既に競技はいくつか出場しているはずだ。
「シズクちゃん。あれ? そっか、またか」
「はい。あと一競技です」
「頑張って」
「は、はい!」
午前だけでも結構な部を出ていた気がする。
25mフリー、バタ、50mバック、ブレだけじゃなく、400m個人メドレーまで出場していた。
正式な大会だったら出場枠とかあるかも知れないけど、非公式な大会なので本人が希望すれば出場し放題だ。
個人の競技だけじゃなく、チームを組んだ対抗戦のリレーにまで参加していた。
フリー……つまりは自由形、それから平泳ぎで泳げる人は大勢いるけど、それ以外の泳法は難しいからな。
あまりいないから、どうしても全部泳げる人間は駆り出されてしまうのだろう。
いくつかの団体リレーに参加させられていた。
傍目から見ても明らかに泳ぎ過ぎなんじゃないかって思う。
それなのに、午後の部もまた泳ぐのか。
シズクちゃん的には堪えていないのだろうけど、俺みたいな素人からしたら考えられない。
シズクちゃんだけじゃなくて、ここのスクールの上級クラスの人達は毎日何キロも泳いでいるが、俺が泳いだら50mでも息切れするからな。
小さな子どもでも数キロ軽々泳いでいる姿を見ていると本当に凄いと思う。
「せんせー。ほら、オナラー」
「はいはい。すごいねー」
手に口を付け、オナラの音真似をしてゲラゲラ笑っているこの子どもでも、俺よりよっぽど泳げるからな。
実はみんな凄いんだよな。
「せんせー、何しているのー?」
「息してる」
「うわー、つまんねー」
何しているって言われても整列しているだけだ。
このバイトは本当に楽で、やる事は本当にない。
溺れた人に対する救命活動についての訓練も必須であったが、そんなものを生かすタイミングなんてない。
実際、店長が言っていたけど、何年も何十年もジムにいたけど事故らしい事故はないらいし。
プールサイドでこけて血が出たから救急車を呼んだことがあるぐらいらしい。
実際、俺はひたすらプールを眺めている事が多い。
だから気楽なものだ。
「せ、せんせい!!」
別の子どもが駆けて来た。
いつもならばプールサイドを走ってはいけないと注意する所だが、どうやら緊急事態のようだ。
息を切らしている子どもに、俺は落ち着かせるように穏やかに質問する。
「なに? どうしたの?」
「早く来てください!!」
「ど、どうした?」
強引に腕を引っ張られる。
涙まで流している子どもに、俺はただただ困惑した。
「あ、朝霧さんが溺れました!!」
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